みえない糸に導かれて 10/凶報

 僅かであった休日を楽しく過ごした数日後、倫道たちは正式に特務魔道部隊に配属となった。

 彼らの部隊は須賀湾からほど近い横浦駐屯地に入り、ここを拠点として任務にあたる。

 しかし、部隊の性質上、この横浦駐屯地にいる期間は少ないだろう。


「おっと、降り出してきたな」

「しっ! 外を見てないで前を向け」


 後ろの席から小声で久重に注意する清十郎。

 快晴の青空の元、気持ちよく入隊…… とはいかず、どんよりとした鉛色の空から、まだ早い冬を感じさせる冷たい雨がポツポツと降っていた。


(本降りにならなきゃ良いけど……)


 倫道も窓の外をちらりと一瞥すると、姿勢を正し前方へ向き直った。


 基地の中の一室。

 人数の割にあまり大きくない部屋では、恐ろしい程の熱気が立ち込めている。

 隊員たちが初顔合わせのため、全員参加のミーティングが開かれていた。

 

「皆、我が特務魔道部隊への入隊を歓迎する。ここへ来るまで厳しい訓練も行ってきたが、脱落者も出さずよくやってくれた。皆を誇りに思う」


 御堂雄一郎少尉。

 背も高く、歴戦の強者を思わせる屈強な体格。

 揺るぎない信念を表す鋭い視線と漂うオーラに室内にいる者全てが威圧されていた。

 この特務魔道部隊の司令となった男の声に、一堂の姿勢は一段と正され、次の言葉を待つ。


「我々が通常の部隊と違う事は山崎隊長をはじめ副長たちからも聞いているだろう。任務に着くにあたり詳しくは話すが、今は割愛する。だが、一つだけ肝に銘じてほしい。我々は、この大日帝国において非常に重要な役割を担う。そして、我々の命は、未来へ託す希望のためにあるのだと。各々が大義を持って任務に準じてほしい」

「「「「はっ!」」」」

 

 小じんまりとした一室で不釣り合いな内容。

 この場所での集会。軍部では特務魔道部隊の位置付けが高くない事を示しており、その編成を疑う者も多いだろう。

 だが、御堂の気迫に自分達が置かれた立場の重要さはヒシヒシと伝わる。

 この場所に招集された選りすぐりの兵たちは、本質を見極め彼の言葉を真正面から受け止めた。


 やがて御堂から引き継いだ山崎が各分隊ごとに人員の説明を始める。

 総勢49名、第1〜第5分隊からなる小隊規模の部隊。

 

「――以上が第4分隊となる。そして最後、第5はゲルヴァニア国との共同部隊とし、副長である柳田を分隊長とした特殊分隊とする。通常は私の直属となる」


 ゲルヴァニア国との共同部隊。

 厳密に言えば、彼女たち2人はゲルヴァニアから派遣された兵士であるが、正式にこの部隊の所属となる。

 この部隊にいる限り、彼女たちは大日帝国の人間となり、帝国軍人として扱われる。

 その為、ゲルヴァニア国との連絡は、彼女たち個人では出来なくなり、定期報告を軍部を通して行う事となる。

 その内情は全員に通達はしていたのだが……。

 室内にいるゲルヴァニア人の2人の女性が頭を下げると、わずかに騒めきが起こった。


「多少なりと驚く者もいたと思う。だが、これは決定だ。皆も彼女たちと仲間として上手くやってほしい」

「お前ら、変に手を出すなよ。彼女たちは強えーぞ。それに、俺とヤマさんは彼女たちの実力と人となりを知っている。文句があるなら俺たちに言え」


 怪訝に思う者、違う国の者と隊を組む現実に抵抗がある者。

 それらは当たり前の様にいたが、山崎に続いてこの隊で2番目の実力者である柳田が後ろ盾になった事で、表立って文句を言う者は出なかった。

 まあ、新人と外人を彼らが面倒を見ると宣言をしたのだから、他の者に文句もないだろう。

 

 こうして神室倫道、堂上久重、十条五十鈴、安倍清十郎、氷川龍士、それにデルグレーネとカタリーナは柳田を筆頭とした第5分隊に配属された。

 一人一人の簡単な自己紹介が終わると、各分隊に分かれて顔合わせを行う。

 柳田を含めた8名は、机を並べ席についた。


「このメンバーは自己紹介の必要は無いな。他の隊員はお前らとは違って現場を経験している。色々と話を聞く機会もあるだろうから、後でしっかりと挨拶をしておけ」

「「はい!」」

 

 柳田が明るく声をかけると、緊張をしていた倫道たちにも少しの安堵感が漂った。


「休みはどうだった? ちゃんと羽を伸ばせたか?」

「はい! ひっっっっさしぶりにすげ〜楽しかったっす! ここ数日は天国でした! なあ、倫道!」

「ああ! そうだな!」


 休日を思い出し、久重が感情をだいぶ込めた返事をすると、倫道もそれに大きく頷いた。

 笑顔だった柳田は、スッと目を細め冷たく鋭い視線を送る。


「ほう? 天国か…… じゃぁ、俺たちの居るここは地獄ってか?」


 柳田の一言にピシッっと音が鳴った様に二人は凍りつく。

 

「いや⁉︎ けっ、決してその様な意味では……」

「そうです! 他意はありません!」


 剣呑な雰囲気に震え上がる久重と倫道。

 その横で一緒の休日をとっていた五十鈴は、我関せずと知らん顔を決め込む。

 冷や汗を垂らし直立不動の二人を見て重圧プレッシャーをかけていた鬼の様な視線は綻ぶ。


「ふん…… まあ、地獄ってものあながち間違いじゃないか……」とポツリと呟き自重気味に軽い笑い声をあげた。


「まあ、リーナさんとレーネさんも満足したそうだし、許してやる」

「「ありがとうございます!」」


 最敬礼の久重と倫道。その後ろから五十鈴も軽く頭を下げる。


「んで、お前らは?」


 柳田から水を向けられ清十郎は軽く頭を下げて報告した。


「はい。お陰様で。実家に戻り、兄の墓前にも報告をしてきました」

「そうか……」


 柳田を見返す清十郎の瞳には、強い力が灯っていた。

 それは彼が自身の抱えていたトラウマを乗り越え前に進んだのだと、柳田をはじめ倫道達にも分かり、嬉しくも頼もしくもあった。


「んで、お前は?」

「…………」


 話を振られた龍士は、ぼんやりと自分の手を見つめていた。

 柳田の問いに気が付いていない彼を、倫道が慌てて肩を揺さぶる。


「おい! 龍士⁉︎ どうした?」

「……ん⁉︎ ああ! すみません‼︎」

「なんだ〜龍士。実家に帰って故郷が恋しくなっちまったか? ――グァ」


 慌てる龍士に久重が茶化すと、五十鈴の手刀が彼の脇腹に突き刺さった。


「ぼ、僕も十分に休養ができました! ありがとうございました!」


 上官の話を聞いていなかった事に狼狽えながら頭を下げると、柳田は苦笑いを作る。

 なんとも言えない空気が辺りを支配した。

 

「ん、ん〜。それにしても人員が少ないですね」


 場の雰囲気を変える様に清十郎が柳田に問いかける。

 これに柳田も乗り、両手を広げ大仰に答えた。


「さっきも御堂指令が仰ってただろ。俺たちの任務は隠密部隊に近い。大規模戦闘を仕掛ける部隊じゃ無いんだ。それとも、何か文句があるのか?」

「いえ! その様な意図はありません!」

「まあ、俺も思うところはあるが…… おっと、お前らの番だ。行ってこい」


 苦笑する柳田は、倫道たちへ支給される装備品の受け取りを命令する。

 柳田に促され席を立ち部屋の最奥まで行くと、そこには見知った女性が満面の笑みで待っていた。


「久しぶり…… でも無いわね。みんな休日はちゃんと休めたかしら?」


 両手に真新しい軍服と装備品を抱えた魔道研究所の沢渡であった。


「沢渡さん!」


 五十鈴が嬉しそうに駆け寄ると、皆もそれに続く。

 ひとしきり挨拶を交わすと、遠野郷での思い出話に花を咲かせた。


「なんだか随分前の気がします」

「私も…… あの移動を思い出すと今でも気分が悪くなるわ」

「沢渡さん、着いた時には酷い顔してましたからね」

「もう! そんな事は忘れて! 堂上くんには装備あげないわよ」

「ちょっ! すんません! 忘れました」

「よろしい」


 そうして沢渡女史より1人ずつ手渡された軍服は、通常の戦闘服とは違っていた。

 基本的な色彩は黒をベースとし、襟やポケットの淵に深紅のアクセントが施されていた。

 訓練所で渡された戦闘服の進化版といった所だろう。


「カッケェな!」

「ああ! これが俺たちの戦闘服……」

「いや、それだけではない、何か魔力も感じる」

「流石、安倍くん。よく分かっているわね」


 沢渡の説明では、この軍服は特務魔道部隊専用に用意された特殊な布地で仕立てられ、魔力の流れをスムーズにするための紋様が全体に施されている。

 また、魔力をまとう希少な金属が編み込まれており、物理攻撃から身を守るだけでなく、魔法士の魔力を増幅する効果も持つらしい。

 

「まだ皆んなの特殊装備は出来上がっていないの。もう少し待ってね」


 倫道たち新人の能力を解析して、それぞれに見合った特殊装備を作るために沢渡は遠野郷に同行したのだ。

 その目的の装備が出来ていない事を言っているのだろう。

 彼女は最後に待つ倫道へ装備一式を手渡すと少し申し訳なさそうに小首を傾げた。


「はい! 楽しみにしています。あっ、そうだ」

「ん? 何か問題でもあった?」


 何かを思い付いた様に声を上げた倫道へ心配そうに目を細める。


「いえ、そうではなくて。沢渡さんは魔道研究所にいらっしゃいますよね?」

「ええ、そうだけど……」

「ゲルヴァニア国から赴任されたバーリ・グランフェルト中尉はご存じですか?」

「――⁈ なぜ、彼の―― ああ、そうでしたね、彼とはカオスナイトメアの時に」

「はい、それと先日、バッタリとお会いして。魔道研究所に配属されたと聞きましたので」

「ああ、そういう……」


 瞠目した彼女は、倫道の言葉を飲み込む様に何度も頷いた。

 先ほどまで輝いていた笑顔は消え失せ、やがて肩を落として神妙な顔つきとなる。

 数秒ほど目を瞑り、重い口を開いた。


「私も詳しくは知らないけど…… 落ち着いて聞いてね。……彼、バーリ・グランフェルト中尉は、赴任直後の帰宅途中、事故に遭われて亡くなったわ」

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