みえない糸に導かれて 9/協力者

「私は―― 協力者アンカーです!」

協力者アンカー……」


 バーリの口から出た言葉、『協力者アンカー

 協力者の存在は、もちろんデルグレーネも知っている。

 彼が本当に協力者であれば、調律者ハーモナイザーの存在を知っていてもおかしくは無い。

 直ぐには信用できないが、彼の言い分を聞くため魔力をセーブする。


「……良かった。一瞬の出力なので彼らには気付かれてはいないでしょう」

「倫道たちはそこまで魔力感知に長けてはいない……」

「いえ、私の言う彼らとは……」


 バーリは軽く後方に顎を向け、彼女だけに伝わる合図サインを出す。

 デルグレーネは、彼のサインに促され視線を雑踏の中へ滑り込ませた。


「ああ…… そういう事」

「ええ、そういう事です」


 彼は翠がかった金髪の頭髪を軽く揺らしてデルグレーネを肯定する。


「私は魔導兵器の共同開発といった名目で来ていますからね。大日帝国のいわば最高機密へ接触する立場にいますから、当然監視が付いています」


 もう一度、表通りへ視線を投げると、距離を取り雑踏に紛れたそれらしい人物を再度確認する。

 一般人に紛れているが、こちらを窺う様な2人組。だが、特に動きは無かった。

 力の抜けた彼女は、軽くため息を吐いて目の前の男に問う。


協力者アンカーの証拠は?」

「貴女の組織、調和の守護者ガーディアンズへゲルヴァニア国のグランフェルトという家名を照会してください。私の家はかなり昔からの付き合いと聞いています。直ぐに確認は取れるはずです」

「今すぐに確認できなければ意味がない」

「確かにそうですが…… 私も実際に調律者ハーモナイザーの方にお会いするのは初めてで……」


 バーリは「う〜ん」と眉間に皺を寄せて腕を組みながら唸った。

 手を伸ばせば届く距離。目の前に魔人がいるのにまるで警戒心がない。

 人が良いのか、間抜けなのか。

 彼の緊張感の無さに拍子抜けしたデルグレーネは、先ほどより大きなため息を吐いた。


「取り敢えず今は信じる…… それで私の正体を知ってどうする気?」

「え? どうする気もありませんよ」


 うんうんと唸っていた彼は、デルグレーネの質問にキョトンとした顔で返す。

 そして、姿勢を改めると引き締まった顔で軽く頭を下げた。


「あの時のお礼をさせてください。命を救ってくれてありがとうございます」

「えっ⁈ ああ…… こちらこそ」


 思わぬ礼の言葉に驚きつつ恐縮すると、バーリは表情を緩め満足げに頷いた。

 

「やっとお礼を言えました」

「そんな…… 気にする事ではないでしょ……」

「いえいえ、ずっと引っかかっていたんです。スッキリしました」

「はあ…… じゃぁ、もう良いでしょ? 倫道たちも待って――」

「いえ、最後に一つだけ。貴女と神室倫道の関係を教えてください」

「関係? 私たち調律者ハーモナイザーの保護・監視対象というだけよ。理由は言う必要が無い」


 拒絶の意思を込めた鋭い視線を送り、この話は終わりにしようとする彼女に彼は首を横に振る。


「貴女と倫道の魔力波長は、余りにも酷似している。肉親だってこれほど似てはいない。ましてや貴女は魔人、彼は人間だ。何らかの因縁があると考えるのは難しくはない」


 彼は真剣な眼差しで続ける。

 

「これは協力者アンカーとしての話ではありません。ましてや魔導技師としての話でもない。私は倫道を友人だと思っているし、命を救ってくれた貴女の力になりたいんです」

「余計なお――」


 デルグレーネは、思わず拒絶の言葉を飲み込んだ。

 彼、バーリの瞳は一切揺らぎもせずに自分を見ている。

 彼の言葉に嘘が無いのを素直に感じられるほど、力強い視線だ。


「私は研究者です。過去に色々な形で魔物や魔人、そして人間が交わってきた歴史を多少は知っています。そして、研究機関の中に埋もれて公表されていない事実も知れるかもしれない」


 きっと良い人間なのだろう。損得勘定ではなく、純粋に自分達のためを思っての言葉だとデルグレーネは感じていた。


(私の正体も知られてるし…… それに、私の知らない事も分かるかも)


 彼女は一抹の不安を覚えながらも、倫道がヴィートの記憶を取り戻している事を思い出す。

 こんな事例も他にもあるのかと、知りたい欲求には叶わなかった。


「分かった…… 他言無用で。他に話したら…… 分かってるわよね」

「もちろん! 誰にも話さない事を誓いましょう」

 

 そうしてデルグレーネは、掻い摘んで自分と倫道、彼の前世をバーリへ話をした。

 討伐対象であった自分が魔世界デーモニアから人間界オートピアへ落ち延び、人間の少年ヴィートに助けられたこと。

 人間社会で生き、初めて他者との温もりを感じたこと。

 魔物の襲撃によってヴィートは命を落としたが、蘇生を試みた際、その魂に自分の魂の一部が融合したこと。

 ヴィートの転生を信じて調和の守護者ガーディアンズに入り、調律者ハーモナイザーとして生きてきたこと。

 そして、300年後の今、ヴィートの輪廻した魂を持つ倫道と出会ったこと。


 彼女が話している間、バーリは一言も言葉を発せず、ただ黙って聞いていた。

 デルグレーネは至って簡潔に、感情の起伏を気取られぬよう努めて冷静に話し終えると、数秒の後、バーリが口を開いた。


「……生前に寄与した魔力が魂に刻まれ、転生されてもなお繋がっている…… にわかには信じられませんが…… いや、貴女と倫道の魔力波長を比べれば、信じない訳にもいかないか」


 全てを聞き終わり、難しい顔をしていたバーリ。

 しかし、目の前の少女の真剣な眼差しを受けて破顔した。


「よく分かりました。私を信じて話してくれ感謝します」

「いいえ…… 私こそ…… こんな荒唐無稽な話を信じてくれてありがとう」


 先ほどまでの緊張感は霧散し、そこには柔和な雰囲気が流れていた。


「それで、これからどうするつもりでしょうか」


 不意に疑問を口にするバーリへ、デルグレーネは金色に輝く髪を軽く振る。


「分からない。ただ…… 今は彼のそばに居たい」

「そうですか。 ……うん、そうでしょうね」

「それに…… 倫道には今の生活も…… 家族や友人もいる」


 目を伏せながらデルグレーネは苦しそうに呟く。


「仮に…… 前世の…… ヴィートの記憶を取り戻したとして…… 彼の為になるのかな」

「…………」


 バーリは、小刻みに震える目の前の少女が、小さな胸の内で渦巻いている葛藤を理解した。


(300年の間、この少女は希望のみで生きてきた。そして、その希望が現実となった訳だが……)


 俯くデルグレーネ。その表情には困惑と不安が覗いている。

 彼はそんな彼女の心情をおもんぱかると肩に手を置き、ゆっくりと諭す様に声をかける。

 

「デルグレーネさん。不確定な未来をいくら考えても辛いだけです。今は彼に会えた奇跡を喜びましょう」

「……えっ⁈」


 思いがけない言葉に瞠目するデルグレーネ。


「先ほどもお話ししましたが、私は過去の文献などを調べてみます。何かヒントになる事もあるかも知れない。その中で、今後、貴女の取るべき道を決めたら如何でしょう」


 深い灰色の瞳を弓なりにして優しく微笑む。

 自分に向けられた彼の言葉、笑顔にデルグレーネは心に刺さった棘の一つが抜けた様に感じた。


「……ありがとう。でも、お節介……」

「ははは、私は研究者ですから」

「ふふ」

「何か分かったら私の家を通じてお知らせします。なので、調和の守護者ガーディアンズへの根回しはお願いしますね」

「ありがとう…… 感謝します」


 頭を下げるデルグレーネへ、バーリは笑って首を振る。


「いえ、聞いたのは私です。気になさらないでください。あっ、もうこんな時間だ。倫道たちが遅いと首を伸ばして待っているに違いない。行きましょう」

「あっ⁈ 大変、早く行かないと」


 かれこれ20分も話をしていたと気がつき慌てて小道を出る。

 そんな彼女に後ろから声が掛かった。


「倫道以外の男と長く話し込むのは、彼に変な誤解を与えますからね」

「そっ、そんな事は気にしてない!」

「ははは、冗談です。そんなに顔を赤くしては本当に誤解されてしまいますよ」

「うるさい!」


 勢いよく喫茶店のドアを開けると、鈴の音色が大きく響き渡った。

 些か不機嫌そうに着座する彼女に、待たされていた倫道たちも『君子危うきに近寄らず』を実践して何も言う事はなかった。


「やあ、皆んな待たせたね。我々の内情を彼女と話をしていてね。軍の話だから言えないんだ」

「いえ、私たちも先に頂いていましたので」

「悪かったね」

「気にしないでください。バーリさん、ここのコーヒー美味いっすよ!」

「馬鹿! 本場の人に味も分からないのに適当なこと言うな」

「はははは、そうかい? では、久重のおすすめを頂こうとしよう」


 バーリが場の雰囲気を和やかにしてくれたお陰で倫道も口が軽くなる。


「レーネさんは、こっちのミルクが入っている方が良いんじゃないですか」

「……えっ⁈ ああ、うん。そうしようかな」

「へぇ〜、倫道はレーネさんの好みを知っているのね」

「えっ⁈ いや…… 言われてみれば。何故かそんな気がしたんだ」

「ふ〜ん……」


 笑顔だが剣呑なオーラを出す五十鈴に倫道が冷や汗を流す横で、デルグレーネは顔を隠しながらも微笑んでいた。

 そんな様子をバーリは興味深そうに楽しげに眺めていた。

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