みえない糸に導かれて 8/ 痕跡
喫茶店内にただよう淹れたてのコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
ほぼ
さほど広くない店内では、若者のグループが愉快そうに談笑し、カウンターに座る客は読書をして思い思いの時間を過ごしている。
店の一番奥の窓際にある6人席、倫道たちのテーブルには湯気の立ち上るコーヒーカップが3つ並んでいた。
漆黒に近い色の液体が、白磁の器に美しく映える。
デルグレーネとバーリを待とうか迷ったが、話が長くなる事を考え先に注文を済ませていた。
「うん、やっぱり美味しいわね」
「そうか〜? どこも変わんねーだろ?」
「はぁ〜〜〜、アンタにはこの美味しいコーヒーの味が分からないのね。ねぇ? 倫道」
「ん? ああ、いつも飲むコーヒーとは違う…… と思うぞ」
「ほら!」
「いやいやいや…… 倫道も分かってねーって」
熱々のコーヒーを一口含み、各々が感想を言う。
たわいのない会話。久しぶりに幼馴染として過ごす時間に彼ら3人は心安らかに過ごす。
しかし、談笑をしながらも、倫道は窓の外を気にしていた。
「……レーネさんの事が気になる?」
チラチラと何度も外を気にする倫道へ五十鈴が口を尖らすと、慌てて倫道は首を横に振った。
「いや、別に…… ただ、遅いなと思って」
「やっぱり気になってんじゃない」
「まあ、そう言うな。確かにちょっと遅いからな。それよりも、五十鈴は随分とバーリさんに見惚れていたな」
先ほど肘鉄をされた久重が、ここぞとばかりに反撃をする。
「ポーッと見惚れちゃって。くくくっ! 乙女の顔してたぜ」
「本当か?」
「お前見てなかったのか? 普通の女みたく、こんな風に両手で口を覆って――」
「久重! また喰らいたいの⁈」
五十鈴とは反対側の席に座っていたため、今度は言葉のみ。
悔しそうに下唇を噛む五十鈴と、カラカラと笑う久重に倫道も相好を崩す。
「そうか。バーリさんは男前だからな。女性なら皆が好意を寄せるだろうな」
飲みかけのコーヒーをブッと吹き出す五十鈴と久重。
久重は呆れた顔をして倫道を眺め、五十鈴は慌てて目の前で手を振る。
「ちっちちち違うから! ただ外国の俳優さんみたいだなーって思って! ほら、本当に綺麗な顔立ちじゃない! ただそれだけよ! それに、私のタイプは…… ごにょごにょ」
「あ? 何っつった? 聞こえないよ。五十鈴さん」
「久重〜〜〜、あんた外に出たら覚えてなさいよ」
相変わらずの戯れ合いをする二人を見て愉快そうにコーヒーを啜る。
しかし、倫道はやはりデルグレーネたちの事が気になっていた。
(何だか妙な緊張感があったんだよな…… 変な事にならなきゃ良いけど……)
◇
日差しが入らず、喫茶店横の薄暗い路地裏では、デルグレーネが腕を組んで壁にもたれかかり、目の前の男を冷ややかに眺める。
対するバーリも、ただ黙って彼女のつま先から頭まで視線を動かし、まるで値踏みでもしているかの如く黙って見つめていた。
「それで…… 話って、なに?」
不安を押し殺しながら至って冷静に努めるデルグレーネ。
彼女の胸の内では高鳴る鼓動と共に焦燥感が滲み出ていた。
(カタリーナのいない時に軍の関係者と
軍部への編入など全ての段取りをカタリーナに任せていたツケが来たと後悔する。
しかし、今はこの状況から如何に上手く立ち回るかを考えるべきと思考を切り替える。
最悪、問題となる前に目の前の男の排除を…… などと物騒な事も頭をよぎるが、思考が普通の状態ではないと自重して、軽い笑いが起こる。
もちろん、表情には出さないが。
「ああ、すみません。ちょっと考え事をしてました」
彼女への返答をやや間を持って答えるバーリ。
柔らかな笑顔を湛えながら、灰色の瞳が鋭さを増す。まるで、彼女の内側をみる様に。
やがて「ふむ」と口ずさむと、続けて目の前の金髪の少女へ確信をぶつけた。
「デルグレーネさん、あなたの真の姿、そしてあなたが抱える秘密についてお聞きしたいのです」
あまりにもストレートに口にしたバーリ。
「はっ⁈ えっ……⁈」
心臓が飛び出るほどの驚愕に、デルグレーネは瞠目して絶句した。
(彼は何を言っているの? 私の姿? 秘密? は?)
混乱し固まる彼女とは裏腹にバーリの表情は依然として穏やかだが、向ける眼差しには少しの変化があった。
「私は貴女がゲルヴァニア国の軍人として偽っているのは分かっています。しかし、私の関心は、それを問う事ではありません。私が知りたいのは、貴女が何者かという事です」
彼の言葉はデルグレーネの用意していた考えを根底から揺るがすものだった。
ゲルヴァニア国の軍人を騙った、そんな話では無い。
私が『なんなのか』を聞いている。それの指す意味は……。
鼓動がどんどんと早まる。
(倫道とこんなにも近くにいる時に…… どうすれば……?)
顔面が蒼白となって明らかに動揺の色を見せる金髪の少女。
俯き言葉が出ない彼女にバーリは静かに告げた。
「落ち着いてください。私は何も責めるつもりなどありませんから」
「えっ⁈」
デルグレーネが驚いて顔を上げると、丸メガネの奥から優しく慈愛の眼差しを向ける男と目が合う。
「
「――⁈」
「先ほど倫道にも話しましたが、私は特殊な能力を持っていて魔力の波長を記憶できます。……だいぶ抑えて見えずらいが…… 貴女の魔力波長は覚えていますよ」
先ほどから驚きの連続で固まるデルグレーネ。しかし、頭の中では最悪のシナリオが描かれる。
自分が魔物―― 魔人である事実が露見した。その先にあるのは――
しばらくの沈黙の後にようやく声を絞り出す。
「……あの時は、倫道以外は気絶していたはず。まさか、意識があったの?」
「ええ、
柔らかな笑顔を崩さないバーリに、より一層の警戒心を強める。
「……それなら何故、私の存在を口外しなかった?」
至極真っ当な疑問。
彼がカオスナイトメア以外にも魔物がいた事実を話さない理由が分からないからだ。
瞬間にして彼女は思う。理由次第ではこの場で戦闘が始まるかもしれないと。
最悪、戦闘は免れてもこの場からは離脱しなければならないだろう。そうなれば…… 今の様に倫道のそばに居られなくなるのは、誰にでも容易に想像できる。
デルグレーネは奥歯を音が出るほど強く噛み締め、目の前の男の返答を待った。
「確信がなかったからですよ」
「えっ⁈」
「あの時、私は魔力も
バーリは当時を思い出し、笑いながら続ける。
「それに倫道と貴女の魔力の波長が似ていた事もあります。実際に残されていた魔力の
彼の言い方に引っかかり、思わず口を挟む。
「……『思う事にしました』? まるで何かを知っている言い方ね」
「そう聞こえましたか……」
しばらくの沈黙。
表通りでは多くの観光客の賑わっているのが嘘の様に、この路地裏では時が止まったかと思うほど無音が続く。
無論、バーリの消音魔法の効果でもあるが、お互いの心音が聞こえそうな空気に緊張感は高まる。
やがて、意を決した力強さを灰色の瞳に宿し、バーリが思いがけない単語を口にした。
「デルグレーネさん…… 貴女は魔人であり……
「――⁈」
バーリの口から
「何故……
鋭い眼光に殺気を乗せてバーリを睨みつける。
魔力を高め戦闘態勢に――
「落ち着いてください! 魔力を高めないで! 彼らに気づかれてしまう!」
「うるさい! 答えろ! お前は何者だ!」
「私は――
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