みえない糸に導かれて 7/予期せぬ再会

 陽も傾きかけた鶴ヶ谷八幡宮の境外、土産物屋が連なる小道。

 多くの観光客で賑わう喧騒の中、ちょっとおかしなイントネーションで倫道たちを呼ぶ声が響いた。


「久重! 久重じゃないか! ああ、それに倫道も!」

「えっ⁈」

「バーリさん⁈」


 土産物屋を覗いていた倫道たちの前に、予期せぬ人物が現れた。

 バーリ・グランフェルト中尉――ゲルヴァニア国から来た魔導技師であり、かつて共に妖魔カオスナイトメアと戦った人物。

 倫道たちの証人喚問でも庇ってくれた恩人であり、死線を共にくぐり抜けた戦友と言ってもいい彼がいた。


「あははは! やあ、元気だったかい? まさかこんな場所で会えるなんて夢にも思わなかったよ!」

「おお‼︎ バーリ中尉! まさかここでお会いできるとは!」

「中尉はやめてくれ、倫道。バーリでいいよ」

「バーリさん。お久しぶりです! またお会いできて嬉しいっす!」

「久重も元気そうで何より。私も会えて嬉しいよ。清十郎は一緒じゃないのかい?」

「はい、あいつは実家に帰省しています」

「そうか、彼にも会いたかったな」


 3人は偶然の出会いに顔を綻ばせ、それぞれ硬い握手とハグにて再会を喜ぶ。

 バーリは丸型のメガネを指で押し上げると倫道、そして久重を改めて見つめた。


「なんだか前よりたくましくなった気がするね」


 彼らの体を調べる様に軽く叩きながら、深い灰色の瞳を弓形にして笑う。


「そおっすか? 確かにメチャクチャしごかれて筋肉も大分ついたっすかね」


 久重が栗皮色の髪をした後頭部をかいて照れ臭そうにニヤける。逞しいと言われて満更でもない。


「それもあるんだけど…… 魔力の方も随分と上がったんじゃないかな」

「分かるんですか⁈」

「ああ、僕はちょっと面白い特技があってね。魔力の量や波長を記憶できるんだ。まあ、その能力を買われて軍の魔導開発研究に携わっているのだけどね。それにしても、二人とも以前より随分と上昇しているよ…… この短期間でまるで別人の様だ。う〜ん、何があったのか聞かせて欲しいもんだね」


 落ち着いた口ぶりであったが、彼の眼差しはいつしか鋭い光を帯びている。

 魔導技師の本能が、彼の探究心を呼び覚ましていた。


「詳しくは言えませんが、俺たちは一昨日まで訓練合宿に行ってたんですよ」

「そ〜なんっす! 監禁されて地獄の特訓を受けてました。マジで何度も死ぬかと思ったか、なあ?」

「ああ、そうだな。厳しい日々でした……」


 倫道と久重が遠野郷での訓練を思い出し、青ざめた顔で俯く。

 バーリは苦笑しつつも、まだ驚きを隠せなかった。

 

「へぇ〜、それは大変だったね。しかし、いくら訓練をしたと言っても……」


 首を傾げ、まじまじと二人を見つめるバーリに、今度は倫道と久重が苦笑する。


「それは、俺たちの教官が凄かったお陰ですよ」


 倫道が謙遜をしながら、バーリの視線を誘導するべく右手を金髪の少女へ向けた。


「彼女はデルグレーネ・リーグさん。バーリさんと同郷のゲルヴァニア国より軍事協力として来られています。諸事情により私たちの訓練を見ていただいていました」


 倫道の手の先、皆の視線が集まったデルグレーネは、涼しい顔をして軽い会釈をする。

 バーリは「えっ⁈」と軽く驚くが、咳払いをしてメガネの位置を直すと、ゲルヴァニア語にて彼女に話しかけた。


『初めまして。ゲルヴァニア国、魔導部隊、魔導技師のバーリ・グランフェルト中尉です。私は共同技術開発プロジェクトの一員として大日帝国へ来ました』

『……初めまして。ゲルヴァニア国、デルグレーネ・リーグです。機密事項のため、所属と階級はご容赦ください』

『なるほど…… 今回の同盟で魔道部隊の臨時顧問といったところですか』

『すみません。何もお答えする事ができません』

『分かりました』


 軽く握手をして話を終えた二人。

 倫道たちは、なんとも素気ないデルグレーネの態度に疑問は残ったが、他の国の事情はわからない。

 どうするべきか迷っていたら、バーリが声を上げた。


「そして、こちらの美しい女性はどなたかな?」


 ずっと彼らの会話に入れず、ただ押し黙っていた五十鈴に彼は見惚れる様な美しい顔で笑いかけた。


「あっ、私は…… えっと、倫道と久重の幼馴染で、いや、違っ、違わなくて現在は軍で同僚の十条五十鈴と申します!」

「ふふ、私はバーリ・グランフェルト中尉、ゲルヴァニア国、魔導部隊、魔導技師です。倫道たちには例の妖魔カオスナイトメア事件で命を助けられました」


 なぜか自己紹介の最後に敬礼をした五十鈴に、バーリは柔らかに微笑んで挨拶をした。


「おい! ポーッとなってんじゃねぇよ」

「えっ⁈ あっ⁈」

「赤くなっ――」

「うるさい!」

「ぐっ⁈」


 顔を赤らめてポーッとしていた五十鈴を久重が肘で突いて茶化したが、直ぐに反撃の肘鉄を受けて撃沈した。


「ちょっと倫道! 久重! 聞いてないわよ!」

「何がだ?」

「カオスナイトメアと一緒に戦ったって人が、こんなに格好良いなんて!」

「ええぇ⁈」

「あれ⁈ てことは…… もしかして倫道が入院してた時に同室だった外人さん? 包帯ぐるぐる巻きだったから分からなかったわ」


 何故か一人納得をして、バーリと雑談を始めた五十鈴。

 その足元には久重が呻き声を上げて、まだうずくまっていた。


 せっかくの再開、お互い時間もあるので喫茶店でゆっくり話をしようと一行は場所を移動する。

 それ以前に、超が付くほどの美形のバーリと金髪と黒髪の美少女が一緒にいるためか、土産物屋の店先にいつの間にか人だかりが出来ていた。

 もしかしたら、痛みに悶絶している久重のせいかもしれないが。

 店と通行の邪魔になるので、そそくさとその場を後にする。

 

 雰囲気のいい喫茶店を知っているからと道案内をかってでた五十鈴。

 その後ろにバーリを中心として倫道と久重。さらに後ろにデルグレーネが続く。

 歩きながら、バーリが休暇を利用してこの地を訪れていたのだと楽しそうに打ち明けた。


「実は、来週からは帝都東光の魔道研究所本部での仕事が始まるんですよ。それまでの短い休息を使って色々な所に行きました」

 

 嬉々として今まで体験してきた話をするバーリに、倫道たちも自然と顔が綻ぶ。

 彼の言葉には、大日帝国の文化に対する真摯な興味と尊敬が込められており、彼らの自尊心を満たしてくれていたのだから。

 

「あっ、着きました。ここに入りましょう」

「お、良い雰囲気じゃねぇか」


 落ち着いた佇まいを見せる純喫茶。

 窓から店内を覗くと多くの若者が楽しそうにお喋りに興じ、また読書に没頭している者もいた。


「席も空いている様だな。バーリさん、レーネさん。入りましょう」


 振り向きながら二人へ入店を促すと、バーリが軽く咳払いをし、倫道へ告げた。


「すまない、倫道。私とデルグレーネさんは少し話がある。内輪の内密な話なので先に入っていてもらえるかな?」

「あっ、はい……」


 バーリの言葉にキョトンとしながらも倫道はデルグレーネを見やる。

 彼女はほんの少しだけ微笑を浮かべ、彼の言葉を肯定をする様に頷いた。

 

「では、先に入っていますね」

 

 後ろ髪を引かれながらも、そう言い残し、五十鈴たちの後を追う様に喫茶店へ入店した。

 カランコロンと心地の良い鈴の音を残し扉が閉まるのを確認すると、バーリは笑顔でデルグレーネのそばまで近づく。


「デルグレーネさん。なぜ二人きりで話が必要かは、貴女もお分かりになるはずですよね?」

「まあ…… ね」

「では、そちらへ」

 

 バーリは喫茶店の先にあるかなり狭い小道を指差した。

 薄暗く、道幅2メートルにも満たない。おそらくこの裏の住人や、喫茶店の者しか使わない私道だ。

 周りを見渡し、彼は消音の魔法を唱えた。


「さあ、これで誰も私たちの話を聞くことは出来ない……」

 

 丸型メガネの奥で灰色の瞳が怪しく冷たく光った。

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