みえない糸に導かれて 2/休日

 倫道たちの壮絶な合宿が終わり、特務魔道部隊への配属が正式に下された翌日。

 彼らは一時的な帰省が許された。

 安倍清十郎と氷川龍士はそれぞれの実家に帰省するため、遠野郷の合宿所から直接帰路についた。

 神室倫道、堂上久重、十条五十鈴は実家が帝都から近い事もあり、御堂たちと一緒に帰路につく。やがて帝都近くの郊外で車から降ろされ、夜には帰宅していた。


「これから数日の休暇を与える。我々部隊の特性上、この先いつ帰れるか分からない。しっかり身内と会って話してこい。だが、部隊の詳細を伝える事は禁ずる」


 別れ際、山崎隊長にきつく言い含められる。

 だが、倫道たち3名は壮絶な合宿を終え、極度の緊張から解放されて疲れが噴き出し思考が回らない。

 眠い目を擦り、御堂司令の乗った車を見送ると荷物を引きずる様にして各々の自宅に帰宅した。

 突然の帰宅に驚く家人ではあったが、子供の帰宅を喜ばない親はいない。

 それぞれが久しぶりの我が家で羽を伸ばす。

 五十鈴はゆっくりと風呂に浸かり、久重は母親の作る料理を腹一杯平らげ、倫道は遠野郷での合宿の話(勿論、具体的な内容を伏せながら)をして家族との会話を楽しんだ。

 そして、各々が自分の寝室に戻るころ、明日からの貴重な休暇をどう過ごすか、それぞれの思いが交差する。


    ◇

 

「ふっ! ふぅ〜〜〜〜〜 ふっ!」

 

 倫道は、自宅の庭、その一角で汗を流していた。

 いつもよりも遅めに起きた彼は、朝食を食べた後、暇を持て余し体を動かそうと庭に出る。

 入隊する以前より愛用している重めの木刀で打ち込みの稽古。

 最初は軽く汗を流す程度と考えていたが、いつの間にか2時間を優に超え一心不乱に打ち込みを続けていた。


(もっと…… もっと強くならないと……)

 

 彼の心には、常に強くなることへの追求があり、それは休暇中であっても消える事はない。

 いや、カオスナイトメア事件、アルカナ・シャドウズ襲撃事件、そして遠野郷での合宿を経て、より色濃くなったといってもいいだろう。

 自分の中でくすぶる焦燥が彼をそうさせるのだ。それはもはや呪いと言ってもいいほど倫道の中で育っていた。

 

 そんな彼を呆れた顔で眺める人物が一人。

 玄関先の石壁にもたれかかり、かれこれ20分も木刀を振り下ろす倫道を見ていた。

 やがて痺れを切らし、軽いため息と共に彼の元へ歩み寄る。


「倫道、少しは息抜きも必要よ」と、声をかけたのは五十鈴だった。


「なんだ、五十鈴か…… どうしたんだ、こんな朝に?」

「何言ってるのよ! もうお昼近くになるわよ。 ……どれだけ前から素振りしているのよ」


 彼女は艶やかな黒髪を左右に揺らし、呆れたと言わんばかりに首を振る。

 倫道の前を足速に通り過ぎ、縁側に置いてある大きめのタオルを掴み彼の元へ戻った。


「まったく…… 一昨日、気絶したんだから、少しは体を労りなさい」

「いや、あれは魔力切れでそうなった訳で…… 体は問題な――」

「同じことよ!」

「痛っ――⁈」


 手に持ったタオルを凄まじい勢いで振り下ろす五十鈴。

 十条流剣士の師範代でもある彼女がその気になれば、布と言えど凶器と化す。勿論、手加減はするが。


「そんなに元気なら大丈夫ね。さっ、さっさと汗を流して着替えてきなさい」

「はぁ? なんで――」

「遊びに行くのよ」

「えっ⁈ そんな話、聞いてな……」


 五十鈴の強引な誘いに顔を顰めた倫道。

 しかし、彼女のなんとも言えない様な表情に言葉が飲み込まれ、そして彼女が指差した先へ視線を向けた。

 そこには門の外からこちらの様子を伺っている金髪の少女、デルグレーネがいた。


「レーネさんも来てたのか」


 視線の先の少女は、倫道と視線が合うと少し驚いた様に体を震わせ、外壁に体を隠した。

 なんだか人見知りの猫みたいだと思わず笑みが出る。

 そんな2人を見て五十鈴は不機嫌そうにポツリと呟いた。

 

「そうよ。 ……本当は私1人で来るつもりだったんだけど」

「あん? 何って言ったんだ?」

「別になんでも無いわよ! ほら、早くしなさい! それとも私の魔法で水をぶっかけてやろうか⁈」

「分かったよ! いててっ⁈ そんな押すなよ」

「ほらキビキビ動く!」


 倫道は五十鈴に背を押されながらデルグレーネへ再度視線を向けると、軽く頭を下げる。

 彼女もそれに気がついたのか、ふわりと金髪を揺らし小さく頷いた。


(そういえば、彼女たちは五十鈴の家に泊まったんだったな)


 井戸の前に行き、上半身裸になって水を汲みながら倫道は昨夜の会話を思い出していた。


    ◇

 

「では、カタリーナさん、デルグレーネさん。行きましょうか」


 車から俺、五十鈴、久重を降ろし、別れの挨拶を済ませると山崎隊長が彼女たちへ促した。

 彼女たちの宿は帝都内のホテルを用意してあると。

 気兼ねなく泊まれる様に、御堂司令が手配した外国人の宿泊客が多いホテル。

 しかし、彼女たちはそれを固辞した。


「有難いのですが、せっかく大日帝国に来たのですから、もっとこの国の文化に触れたいですわ。そうそう、倫道たちの自宅周辺は帝国文化が色濃く残る観光地に近いと聞きました。休みも数日しか無いですし…… 倫道! あなた達と一緒に連れて行ってください!」

「ええ⁉︎」


 リーナさんからの驚くべき要求。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 いきなり懇願された俺は、どう返事をするべきか柳田副長に助けを求めた。

 しかし、彼は楽しそうに笑って「いいじゃねぇか神室。お二人に帝国文化を教えて差し上げろ」と言い放った。

 御堂司令と山崎隊長も笑みを残し、「では頼んだぞ」とだけ言うと、車を出して彼女たちを置いて行ってしまったのだ。

 あまりの事に途方に暮れる俺。同じく久重、五十鈴も固まった様に動かない。

 それに比べ、カタリーナさんとデルグレーネさんは嬉しそうに地図を広げ「まず何を食べに行く?」などと呑気なことを話していた。

 いや、それよりもその地図、どこで手に入れたんだ?


 俺は、なんだか可笑しくなって乾いた笑いが出てきた。

 そして、早く自宅に帰りたい気持ちも相まって、彼女たちへ提案をする。


「ははははは…… では、お二人とも俺の家に泊まりますか? 空いている部屋ならありますし」

「ワオ! ナイスアイデアね! さすが倫道! よろしくね」

「よろしく…… お願いします」


 最初から決まってたかの如く、俺の提案へ被せ気味に答えてくる2人。

 まあ、家には空いている部屋が幾つもあるし、親にも同盟国からのお客様だと言えば問題はないだろう。


「それじゃぁ、行きま――」

「そんなの駄目よ!!!」


 俺の耳元で鼓膜が破れるかと思うほどの大声が上がる。

 人通りも少ない郊外の道。日もすっかり落ちた薄暗闇の中、五十鈴の声がこだました。


「いっってぇ…… 急になんだよ五十鈴!」

「あんたの家に泊めるだなんて…… 絶対に駄目よ!」

「じゃぁ、どうするって言うんだ? 放っておくなんて出来ないだろ。司令たちに頼まれたんだから」

「う〜〜〜〜〜、でもあんたの家は駄目!」

「だから――」

「私の家に泊まってもらうわ!」


 地団駄を踏んでいたと思ったら、俺の顔の間近まで迫り「自分の家に泊まらせる」と言い切った。

 五十鈴の瞳には、なぜだか殺気が篭っていた様な気がする。

 彼女は振り向くと2人の異邦人へ捲し立てる様に喋り続けた。


「私の家は剣術の道場を営んでまして、多くの門下生が寝泊まりをしています。部屋も空いていますし、来客用のお部屋も常に準備しています。お二人も普通の家より断然と過ごしやすいはずです。それに道場をしていますからお風呂も広く――」


 こんこんと自分の家に泊まるよう話を続ける五十鈴にカタリーナさんも顔を多少引き攣らせながら「OK! ぜひ五十鈴のお家に泊まらせてほしいわ」と嬉しそうに笑っていた。


 ここまで来ると鈍い俺でも五十鈴の気持ちが分かった。

 

「すまなかったな五十鈴。ここまでリーナさんたちと一緒に居たかったなんて思わなかった」


 と謝ったのだが、女性3人から尋常では無い殺気のこもった視線を喰らった。

 背中に冷や汗を流し、怯んだ俺を久重がポンポンと軽く肩を叩いて「さぁ、帰ろうぜ」とその場から連れ出してくれた。


「そういえば、なんであんなに睨まれたんだろうな……」


 などと考えながら着替えを済ませ、彼女たちの待つ玄関まで行くと――


「よっ! 暇だったから遊びにきたぜ」


 昨夜、俺を死地から救ってくれた親友、久重が腕を組み俺を待っていた。


「お前も来たのか! じゃあ、4人で遊びに行くか」


 俺は久重の肩を抱いて、デルグレーネさん、五十鈴の前に行くと彼女たちもニッコリと微笑んで一緒に遊びへ行くことを承諾してくれた。

 だけど、何故だか久重が小刻みに震えていたのは気のせいだろうか……

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