絆の風景 12/克服の刻
「清十郎、怯むな! お前の、俺たちの力で倒すんだ!」
倫道の心からの叫び。その言葉に清十郎の表情が変わった。
恐怖と後悔の色が瞳から消え、代わりに決意の炎が灯る。
同時に、彼の心には兄・清命の最後の言葉が響いていた。
『強くあれ、清十郎』
その言葉が彼の固まっていた体を動かす。
兄の教え、そしてこれまでの訓練を経てきた自分自身への信頼。
清十郎の表情には過去への決別が浮かび上がる。
震える手がゆっくりと鎮まり、彼の目はより鋭く、
深呼吸をし、自分自身を奮い立たせる。この戦いに立ち向かう覚悟を固めたのだ。
「兄様のため、そして自分自身のために……」彼は心の中で呟く。
手にした呪符へ魔力を込め、岩羽斬に対峙する準備を整えた。
過去との決別、そして新たな未来への一歩を踏み出すその瞬間だった。
「清十郎!」
「醜態を晒した…… すまなかった…… そして、ありがとう」
最後の言葉は小さくて倫道には聞こえなかったが、彼は大きく頷いた。
眼鏡の奥、瞳には倫道でも分かる新たな光が宿っていたから。
「よし! 行くぞ!」
「ああ!」
倫道は切っ先を向け、清十郎は数枚の呪符を手にして石翼の妖魔へ相対する。
「倫道! アイツは今、遊んでいる! あの硬い外皮に守られ、俺たちの攻撃など怖くないのだろう。油断している今のうちに叩くぞ!」
「――⁈ 今なんて――」
「いいか! 岩羽斬の攻撃は手足の鉤爪だけじゃない、口からの火炎、それと【石化の波動】。これは浴びた箇所を石化させる能力だ。十分に注意しろ」
「くっ――ふふ、ああ分かった!」
「何がおかしい! 弛むな!」
「すまん…… いや、なんでもない」
「先ずは飛んでいるヤツを地へ落とす必要がある…… 俺が魔法で攻撃を仕掛けるから、その間の時間を稼いでくれ。頼めるか…… 倫道」
「ああ、任せろ!」
お互いがお互いの顔を一瞥し視線が交差する。
そこにはこれ以上の言葉は必要としなかった。
「行くぞ! 来い! 黒姫!」
「水の精霊よ、我が声に応えて……」
倫道は勢いよく駆け出し、右手を掲げて黒姫を出現させると、先ほどより倍の8本の【黒焔針】を打ち出す。
「喰らえ! この化け物!」
一瞬にして消える様に射出された【黒焔針】は、岩羽斬へ目掛けて飛んでいく。
それを感知し、素早く躱す動作に入る石翼の妖魔。
しかし、【黒焔針】が突如として扇状に広がると上へ逃げようとしていた岩羽斬へ軌道を変えた。
瞠目し狼狽える岩羽斬。即座に動作を中止し、【黒焔針】の軌道から下へその身を捩った。
「燃えろ!」
倫道が刻印の浮かぶ右掌を握り込む。
一気に燃焼する【黒焔針】は、小型の爆弾さながらに勢いよく弾けた。
デルグレーネとの特訓で身につけた、彼女の使う【フレイム・グレネード】によく似た魔法だ。
「グァアアアアア――⁈」
頭上で小爆発を喰らった岩羽斬は吹き飛ばされる様にして地上付近へ逃げる。
回転しながら二、三度羽ばたき顔を上げ―― 驚愕する。
眼前には炎を纏った太刀を大上段に構えた倫道が迫っていたのだ。
「うぉおおおおお! 【
赤い閃光がひらめくと、弧を描く様に炎の斬撃が岩羽斬を襲う。
目の周りに黒く深く刻まれた模様を歪め、炎の様に赤く光る目を最大限広げ驚愕する。
迫り来る炎の斬撃を鋭い両腕の鉤爪で受け止めるが、硬質の金属音を残し、右腕の鉤爪が2本吹き飛んだ。
「ギィヤァアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
凄まじい叫び声を上げ、石翼の妖魔は荒れ狂う。
吠え続ける口からは、長い鋭い牙と炎が顔を覗かせる。
やがて胸を大きく膨らませ
「お前の思い通りにさせるかよ! 喰らえ【水龍の舞】!」
清十郎の声とともに、岩羽斬の周囲に水柱が立ち昇る。
4本の水柱は巻き合う様に1つに重なると、岩羽斬の上空からその大きな
「ギィッッッッッッ⁈――――――――」
尋常ではない水圧で岩羽斬を地上へ叩き落とすと、炎のブレスを吐き出させることも許さない。
まるで永遠に落ち続ける大瀑布の様に石翼の妖魔を地面へ貼り付けた。
「倫道! いまだ――!」
「任せろ!」
先ほどの【焔裂剣】で刀身が砕けてしまった太刀を投げ捨て黒姫を右手に纏わせる。
清十郎が 【水龍の舞】を解除すると同時に岩羽斬の巨体へ飛び込んだ。
「おおお! 【
漆黒の炎が3本の剣の様に大きく伸びる。
本来は5爪だった黒焔爪。それを3本にする事で強度と長さを伸ばした。
大きく振り上げた右腕。それを体ごとぶつける様に岩羽斬へ叩き込む。
狙うは背中から生えている翼。
「おおおおおおお!」
またも硬質な衝撃音が響く。
黒焔爪が硬質な外皮により勢いが止められた。
「おおお、黒姫――!」
しかし、それは一瞬。
魔力を最大限に乗せると、黒姫の炎は漆黒から仄かに青く輝き出す。
凄まじい高温となった黒焔爪は、岩羽斬の石よりも硬い翼を溶解しながら切り落とした。
「ギィイイイイイイ――ヤァアアアア――――――」
左の翼を三分の一ほど切り落とされた石翼の妖魔はたたらを踏んで絶叫する。
これで2度と空を飛ぶ事は叶わないだろう。
2人は狙い通り、岩羽斬を地上へ叩き落としたのだ。
◇
岩羽斬との死闘は激しさを増していった。
最初はぎこちなかった連携、その隙をつかれて2人とも重症とは言えないまでも傷を負ってしまう。
しかし、倫道と清十郎は、それぞれの強みを生かし、更に息が合い始めた。
倫道の漆黒の炎が硬い外皮を焼き、清十郎の精霊魔法が石翼の妖魔を追い込んでいく。
「清らかなる火の力を借りて、この世に力を示せ。我が意志に従い、逆らう者に火の鞭を与えよ。炎獣、ここに召喚せん!【炎獣召喚】」
清十郎の放つ魔法で最大火力である炎獣召喚。
清十郎の手の中にある呪符が燃え上がり、大きな炎となると獣の姿を形作る。
焔を纏った幻獣が顕現、獅子ほどの大きさとなった炎獣は、焔の
「グヴヴヴヴ――」
真紅の瞳を揺らし、清十郎の魔法から回避行動をとる石翼の妖魔。
しかし、その体は動かない。
「逃げるなよ。【陰縫い】!」
一瞬の拘束。憤怒の形相で倫道を睨むが、既に大口を開けた炎獣が硬い外皮に牙を突き立てた。
「ガッッッ⁈ ギャァアアアアア――」
やがて2人の連携は完璧に近いほどの精度となり、岩羽斬に攻撃の隙を与えないほど徐々に追い詰めていった。
「よし…… このまま押し切れ――」
倫道がそう思った矢先―― 彼の体が突然崩れ落ちた。
「なっ⁈――」
「どうした⁈ 倫道! いや、まさか……」
突如として動かなくなった体にパニックとなる倫道。
大地に膝をつき、目の前がボヤける。
体が重い、いや、重いなんてもんじゃない。まるで泥の沼に全身浸かっている様だ。
腕にも脚にも力が入らない。
もう指一本も動かない。
心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
「魔力切れか! しっかりしろ! 倫道!」
清十郎が何かを言っているのは分かるが、倫道はそれが何を意味するのか理解できないでいた。
(魔力切れ…… 誰が…… あれ? 俺は今何をして……)
ついに倫道は前のめりに倒れ込むと頬を冷たい土に支えられる。
「なってこった…… あと少しだって言うのに……」
焦る清十郎は横たわった倫道の元まで駆け寄ると、彼の状態を確認する。
(やはり魔力切れだ…… 俗に言うマインドダウンというヤツだな……)
清十郎が抱き起こすが、倫道はそのまま気を失ってしまう。
攻撃の手を緩めた刹那、防戦一報だった岩羽斬が目を光らせる。
「ケェエエエエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
真紅の目を怪しく光らせ、下卑た笑いを浮かべる。
そして喉の奥を鳴らし上空へ奇声を発する。
「不味い!」
清十郎は岩羽斬が何をしているのか瞬時に理解した。
兄清命との戦いで見せた、岩羽斬の奥の手【石化の波動】を放つ予備動作だと。
「天を駆ける光よ、大地を護る極星となれ。蒼穹の境界、我が前に展開せしめよ! 【極光の結界】!」
倫道を背にして黄金に煌めく光のカーテンが清命と岩羽斬の間に展開される。
倫道が倒したムカデ型の妖魔『
「くぅううううう!」
しかし、清十郎の張る【極光の結界】は金色の光を輝かせ、【石化の波動】を防ぐ。
「ギシャァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
結界に阻まれた事に激怒した岩羽斬は、更に魔力を高め【石化の波動】へ力を込める。
かなり傷付き消耗していたと思っていたが、未だ恐ろしいほど魔力を残していた。
「まだ…… これほどまでの力を残していたのか…… くっ、さすが伝説級の妖魔というところか……」
清十郎は片足の膝をつき、押しつぶされそうな程の
しかし、彼もまた倫道と同じ様に魔力の底は尽きかけていた。
「ゲェャァ〜〜〜〜」
「ぐぅううう……」
ビシビシと音を立てて【極光の結界】にヒビが入り…… 限界を迎える。
金色のカーテンが無惨にも砕け散り、破片がキラキラと舞う。
横たわる倫道を力強く抱き、清十郎が覚悟を決めた瞬間――
彼の眼前には緑色をした半透明のガラスにも似た壁が聳え立っていた。
「はっ? どうして……」
高難易度の防御結界が目の前で展開され清十郎は混乱したが、それはすぐに誰の仕業かわかった。
「試験は終了! 神室、安倍…… よくぞここまで闘った」
声の主へ振り向くと、御堂司令が腕を組んで満足そうに微笑んでいた。
「ヤマ、ナギ! 妖魔『岩羽斬』の排除を命じる! 行け!」
「はっ! 直ちに!」
「りょーかいっす! さて、俺たちの仲間をボコってくれた野郎に死ぬほど後悔させてやるとしますか。まあ、殺すんだけど!」
2人は巨石の上から勢いよく飛び降りると、一直線に石翼の妖魔へ向けて矢の様に飛び出した。
「デルグレーネ、カタリーナ。貴女たちは神室と安倍の救出と治療をお願いできますかな?」
「…………」
「さっ、行きましょ。レーネ」
デルグレーネは、御堂をジロリと睨みつけると無言で横を通り過ぎる。
そんな彼女の背中を押しながらカタリーナは笑顔をむけて頭を下げた。
「さて、どうするべきかな……」
御堂は眼下で繰り広げられる山崎たちの戦闘を眺めながら呟く。
五十鈴たちは先ほどまでの押しつぶされる様な重圧から解放され、一気に脱力をすると、腕を組み眼下を悠然と見下ろす御堂の背中に畏怖していた。
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