絆の風景 5/試練の祠(1)

 遠野郷の朝は、普段と変わらず静寂が支配していた。

 透明な朝露の香りの中、木々の間を吹き抜ける風が心地よい音を立てている。

 しかし、この日の早朝は何かが違った。

 訓練施設の正門が無言の重みをもって開かれ、車のエンジン音が止まると一段と重い足音が響き渡る。


 倫道は、眠気の中でその音に目を覚まし、重い瞼を擦りながら窓の外を覗いた。

 そこには、大日帝国の魔道兵として名を馳せる二人、御堂と山崎が立っていたのだ。

 彼らの立ち姿は、遠くからでもその存在感を圧倒的に放っていた。


 倫道は驚きの中で、隣でまだ寝ている久重を乱暴に叩き起こす。


「久重、起きろ! 大変だ!」

「んがっ⁈ なんだなんだ……」

「早く起きろ! 御堂指令と山崎隊長が来られているぞ!」

「ん? ――うぇぇ⁈ マジかよ――」


 寝ぼけながらも久重は慌てて服を纏い、共に玄関先へ駆け下りた。

 同じ様に来訪に気がつき階段を慌てて走る清十郎と龍士に声をかけ、1階で五十鈴とも合流すると勢いよく玄関を飛び出し、彼らの前へ整列する。

 宿舎の軒先に集まる倫道たちの表情は、驚きと緊張が混ざり合っていた。


 そんな彼らの前で柳田がカタリーナとデルグレーネを2人に引き合わせ、軽い挨拶をしている。


「初めまして。御堂司令。私はゲルヴァニア国、魔導部隊所属カタリーナ・ディクスゴードです。この度は混合部隊への入隊の承諾をいただき誠にありがとうございます」

「初めまして…… デルグレーネ・リーグです」


 カタリーナがオレンジ色の髪を揺らし頭を下げると、デルグレーネも続いて挨拶をする。


「こちらこそ初めまして。ディクスゴードさん、リーグさん。御堂雄一郎です」


 威圧感のある大柄の体型、ゴツゴツとした右手を差し出すと彼女たち2人と優しく握手を交わす。


「ゲルヴァニア国からの提案を嬉しく思っております。今後は一緒の部隊、仲間として協力をお願いします」

「高名な御堂指令からのお言葉、感激ですわ」

「いや、柳田からお二人の実力と貢献を聞いております。そして…… 貴女たちの上官からもね」

「「――⁈」」


 口端を上げて微笑む御堂にデルグレーネとカタリーナは瞠目し、思わず絶句する。


「……え、ああ⁈ お知り合いですか?」

「ええ、ゲルヴァニア国のウォラック准将とは古い付き合いでね。若い頃は合同訓練でやり合った仲だ」

「ああ……、そうなんですね」

 

 一瞬の緊張から解かれ、彼女たち2人は周囲に悟られぬ様にゆっくりと息を吐き出した。

 御堂との挨拶が終わると、横にいる山崎へと視線を向ける。


「お久しぶりです。山崎隊長。今後ともよろしくお願いします」

「ディクスゴードさん、リーグさん。こちらこそよろしくお願いします。貴女方の協力を得られ心強いです」

「ありがとうございます。これから私たちは山崎隊長の部下となります。さん付けは結構です。それに柳田たちにもお願いした事ですが、私どもはファーストネーム、もしくは愛称にてお呼びください」


 山崎は柳田の顔をチラリと一瞥すると、柔かな笑みが返ってきた。

 仲間として認めてほしい、その提案を柳田が肯定したと捉え山崎も笑顔で返した。


「了解した。それではカタリーナとデルグレーネとお二人を呼ばせてもらおう」


 彼女たちの挨拶が終わり、一瞬の沈黙が訪れる。

 その沈黙を破り、御堂が一人一人の顔を見回しながら自分達の来訪目的を告げる。


「私たちの訪問を驚いているようだが、訓練の成果を確認するために来た」


 先ほどまでとは打って変わって鋭い眼光が倫道たちへ突き刺さる。

 思わず5人は生唾を飲み込み、その迫力に気圧された。

 凄まじい緊張感の中、次の言葉を待っていると御堂から言葉を引き継ぎ山崎がゆっくりと前へ進み、声を大にして話し始めた。


「君たちは、遠野郷での特訓を受けて25日が経った。その成果を見せる時がきた。今日から実技試験を行い、各々がC〜B級の妖魔と戦ってもらう」


 五十鈴の目が驚きの色を浮かべる。


「C〜B級の妖魔…… それって実戦という事ですよね……」


 山崎は冷静に返した。


「確かに、それは君たちがこれまでに戦ってきた妖魔よりも強力だ。だが、真の戦場に出て生き残るためには、この試練をクリアする必要がある」


 どよめく5人。確かにこれまでの訓練で妖魔との戦闘訓練はあった。

 しかし、それはE級などの弱い妖魔であり、C級、ましてやB級の妖魔などとは一度も無い。

 B級の妖魔など、熟練の魔道兵でも命を落とす危険のある強さを持つ。


「そんな…… いきなりB級の妖魔と戦えだなんて……」


 僅かに震えながら龍士が弱音をこぼす。

 そんな彼の前に柳田がツカツカと近づき、胸ぐらを掴んだ。


「おい、氷川。お前、ここに来て何やってたんだ? あ?」

「あっ うううう〜〜〜」


 凄まじい殺気を放つ柳田は、まさに鬼神の形相で龍士を突き飛ばした。


「お前らが毎日毎日、血反吐を吐いて戦ってきた相手を思い出せ! あん? そうだよ、俺たちだよ」


 殺気の籠った柳田の声が朝靄の中、ビリビリと響く。

 倫道、久重、五十鈴、清十郎…… そして、突き飛ばされ尻餅をついている龍士の顔面スレスレに顔を近づけ怒鳴りつける。


「たかだかB級の妖魔に今更ビビってんじゃねぇ! 瞬殺できなきゃ、俺がお前らを殺してやる! それに妖魔如きにビビってたら戦場じゃ役に立たねぇぜ」


 生死をかけた戦いの時のみに表れる憤怒の表情。本気の言葉であった。

 その剣幕に飲み込まれ、顔面が蒼白となる倫道たち。


「どうなんだ氷川⁈ 尻尾巻いて逃げるのか⁈」

 

 龍士は一瞬、目を彷徨わせながら深呼吸をすると深く頷き応えた。


「自分は…… 自分は強くなるために魔道部隊へ志願しました。だから…… 負けません」


 そこに気弱な氷川龍士はもう居なかった。

 決意に満ちた表情、瞳の奥には炎にも似た熱い光が灯っている。


「……自信を持て。俺より強い奴なんざ居ねぇからよ」


 座り込んでいた龍士へ手を差し出し「よっ」っと言って立たせる。

 彼の言葉を皮切りに、各々が妖魔との戦いを決断し吼える。


「俺も! やってやるぜ!」

「そうね。みんな、怪我なく全員で合格しましょう」

「……勿論、問題はない」

「ああ、今まで訓練をつけてくれた教官たちに恥じぬよう全力を尽くそう!」


 妖魔との戦いを前にして、気持ちが昂っている倫道たちの中、早くも冷静になった清十郎が質問をした。


「あの、我々が戦う妖魔なのですが、そいつらは一体……」


 清十郎の言葉に御堂と山崎は柳田へ視線を向けると、彼は口端を持ち上げ右手の親指を立てていた。

 それを見た御堂は微笑んで清十郎へ向き直る。


「心配には及ばない。これから向かう祠に、柳田たちが前もって魔物を封印しておいた」


 御堂の言葉に騒めきが起こる。


「マジ……⁈」

「一体、いつの間に」

「そんな気配は無かった…… はずだ」


 驚く倫道たちを前にして、してやったり顔の柳田。


「まあ、お前たちが驚くのも無理はないぜ。何せこの俺が――」

「訓練の合間にが用意しておいたわ。ねっ? 柳田」

「そうそう、リーナさんたちに手伝ってもらってな」


 手柄を独り占めしようとした柳田へ非難の目を向けながらカタリーナが笑いかける。

 御堂は引き攣った表情の柳田へ苦笑をすると、目の前で整列をしている5名へ視線を戻す。


「そういう訳で、お前たちの戦う相手は用意している。君たちの任務は、その魔物の討伐。一人ひとりの力を最大限に発揮して挑め」

「「「「「はい!」」」」」


 倫道は横にいる仲間たちを見回し、力強く言い放つ。


「よし‼︎ みんなで乗り越えよう!」

「ああ、必ず乗り越えてやろうぜ!」

「ええ、皆んな一緒にね」

「僕も…… 頑張るよ!」

「ああ…… 俺も……」


 力強い笑顔で応える、久重、五十鈴、龍士。

 しかし、清十郎の顔だけはまだ強張っている様に感じた倫道が声を掛ける。


「清十郎……」

「ん? ああ、大丈夫だ。お前に心配されずともな」

「なら良いんだけど」


 倫道の肩をポンと叩き、祠へと向かい歩き出す。

 柳田を先頭に皆が移動する中、清十郎は下を向き、心の中で固く決意を固めた。

 これまでの特訓の成果を見せるため、そして自らの過去のトラウマを乗り越えるために、彼は全力で試練に挑むことを決意する。


 清十郎だけではない。他の4人もそれぞれの心の中で試練への決意を固めていく。

 そして、試練の舞台となる祠へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る