絆の風景 6/試練の祠(2)

 祠の門がゆっくりと開いていく。

 周囲には幾重にも結界が張られ、万が一にも妖魔の逃走が許されはしない。

 事前に用意された戦闘場バトルフィールド

 久重は1人、開いていく門を静かに見ていた。


「さて、1人目は堂上久重か」


 祠から30メートルほど離れた巨石の上、結界の外から見下ろす御堂と山崎。

 教官を務めた柳田たちが書き記した強化訓練内容と基礎データを対比しながら久重を観察をする。

 デルグレーネとカタリーナは後ろに控え、担当の柳田が横に立つ。


「ナギ、堂上はお前の担当だったな」

「はい。めちゃくちゃしごきましたけど…… 体力と頑丈さはピカイチですね」

「初期の能力も高いからな」

「まあ、そうなんですが…… なんつ〜か、不器用ってか……」

「それでも仕上げたんだろ」

「へっへっへ、そりゃ当然っすよ。まあ見ててください」

「お、相手が出てきたぞ」

 

 暗く深い霧が蠢く中心から、1つの妖魔の姿が現れる。

 それは『霧絶の狐』と呼ばれるC級の妖魔であった。白銀の毛並みに紅の瞳、周りには濃い霧が巻きつき、周囲の空気が冷たくなるのを久重は感じ取った。


霧絶の狐ミスティー フォックス、幻影系の魔物。接近戦が得意な久重には厄介な相手ね」


 カタリーナの言葉に山崎が頷く。

 

「なるほど…… いささか相性が悪いか」

「始まるぞ」

 

 山崎の危惧に御堂は答えず、戦場を凝視する。

 霧絶の狐は、久重の手前10メートル程まで用心深く近寄ると、牙を剥き出しにし威嚇する。


「グルルルルル〜〜〜」

「なんだ? 犬、いや狐なのか?」


 久重は戦闘体制に入り、討伐対象をじっくりと様子を伺う。

 通常の大型犬より大きな体躯、白銀に輝く尻尾は細っそりとした胴体より太い。

 もっとおぞましい姿を想像していたため、少しだけ気が抜ける。

 しかし、それは一瞬。すぐに自分の甘さを痛感した。

 

 狐の妖魔は低い唸り声を上げながら尻尾を2〜3度ほど横に振ると、突然地面へ叩きつける。

 妖狐の足元から爆発的に乳白色の霧が一気に広がると、白銀の毛を靡かせて紅の光を残し霧の中に消えていく。

 真っ白な世界、久重の視界を完全に遮った。


「ちっ⁈ 幻惑系の妖魔か…… やり辛えな……」

 

 真っ白な霧の中、完全に視界を奪われた久重は、独言ひとりごちると頭をガードする様に構え辺りを見渡す。


(……全く見えねぇ)


 見えない敵に焦りが生じ、心臓の音がゴンゴンと鼓膜を打つ。


「ガァルルアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「うぉ⁈」


 牙を剥き出しに矢の様なスピードで背後からの奇襲。

 鈍く光る牙の一撃は間一髪で回避するが、通り過ぎざまに振り抜かれた鋭利な爪で左の肩口を引き裂かれてしまう。


「ちぃいい!」


 攻撃をくらった反動で回転蹴りを繰り出し追撃を阻む。今度はこちらから仕掛けようと振り向くが、もうそこには妖狐の姿は無かった。

 肩口から鮮血が勢いよく流れ落ちる。致命傷ではないが、この戦いにおいて左腕は使うのが厳しいだろう。

 

 真っ白な霧の中、静寂がまた訪れる。


 一方、観戦している御堂たちは、カタリーナの補助魔法にて霧の中でも視界が遮られることは無かった。


「あんの馬鹿野郎! なに喰らってやがる」

「間一髪だったな。しかし、いい勘をしている。動きも早い」

 

 柳田が拳を握り締め、愛弟子の不甲斐なさに鬼の形相となる。

 しかし、山崎は久重の勘の良さ褒めると、笑いながら続けた。


「ん? この状況で…… ふはは、肝も据わっているとみえる」


 フィールドの中央。久重が大きく息を吐き出すと、その息を止め双眸を閉じた。

 音を立てぬよう周囲を警戒しながら立ち位置を変え、神経を集中する。

 気配を感じ取る訓練を思い出し、その動きを予測する。


(そうだった。こんな場合は、視界に頼らず魔力の流れを読むって叩き込まれたのに…… 緊張して忘れてたぜ。 ……後で柳田教官に殺されるな)


 冷や汗をかきながら心は冷静に、耳を澄ませ、肌で気配を読む。

 冷たい殺気で固まった空気の中、揺らぐ気配を感じ取ると小声で詠唱を始めた。

 突然、彼の後ろから冷たい風が吹き抜け、妖狐が牙を剥き襲い掛かる。


「自然の法則に縛られ、我が意志に従え。世界の重さよ、彼に重く圧し掛かれ!  【重力牢獄‼︎】」

「ギェェエエエエエエ〜〜〜〜〜〜〜」


 眩い光と共に久重の魔法が発動する。

 直径5メートルほどの紫色の透明な円柱がそびえ立つ中心に、霧絶の狐は腹を地面へ擦り付け地にしていた。

 徐々に圧力を増す久重の魔法に、霧絶の狐はうめき声と共に地面へめり込んでいく。


「ワオ! 凄まじい威力の【重力牢獄グラビテーショナル・バインド】だわ」

「うん、あれは逃げられない……」


 カタリーナとデルグレーネの正直な感想。

 御堂と山崎も感嘆の声を漏らす。

 

「そのまま押し潰してやるのも手だが……」


 チラリと自分を見下ろす御堂たちへ視線を送ると、地に付けていた手を離し、立ち上がる。

 しかし、久重の術はそのまま維持されていた。


「おお、あの出力を維持したまま動けるのか」

「タフさが売りって奴でして……」


 柳田が呆れた様に笑うと、山崎も苦笑いで返す。

 重力系の魔法、かなりの精神力と魔力を要する。

 通常は全神経を魔法維持に使用し、術者は動かず他の者に攻撃を託す。

 しかし、目の前の久重は魔法の出力を下げる事なく平然と歩いていた。

 いや、先ほどよりも出力も上がっている。

 高い出力を保ちながら、5メートルほどあった範囲を2メートルまで収縮させていたからだ。

 

「さてと…… おい、狐野郎。どんだけ悪さをしたかは分からねーが、年貢の納め時だ」

「ギッ…… ギギ……」


 すでに体の半分が地面にめり込んでいる妖狐へ向かい最後の言葉をかけると、重心を低くして右拳を脇に構えをとる。


「風よ、羽の様に軽く、疾風のごとく移動させよ。【疾風迅雷】! おらぁああああああー‼︎ 」


 久重が叫ぶと同時に紫色の円柱は消え失せる。

 重圧の無くなった霧絶の狐は、瞬時に顔を持ち上げるが、そこには久重の拳が迫っていた。


「ギャン⁈」


 鉄拳一閃。

 久重は【重力牢獄】を解くと同時に、柳田から伝授された風魔法で妖狐の前まで踏み込み、渾身の一撃を頭に叩き込んだのだ。

 魔力を纏わせた拳は容赦無く妖狐の頭蓋を砕き、脳漿を爆散させた。


「俺もこれ以上、離される訳にはいかねぇんだ……」

 

 ピクリとも動かなくなった霧絶の狐を見下ろし、久重の戦闘は終了したのであった。

 

 

「見事だった。よくここまでの力を引き出したな。ナギ、良くやった」

「魔法の発動と切り替えの速さ。うちの隊でも十分に通用するな」


 御堂と山崎の手放しの高評価を受けて、柳田も思わずニヤけてしまうが必死に堪える。


「ありがとうございます! しかし、まだまだっすよ。最初の【重力牢獄】で瞬殺しろっつー話です。でも、まあ、アイツにしては頑張ったんじゃないですかね」


 あえて苦言を呈する柳田に、山崎は労を労うよう背中を軽く叩く。

 柳田はそこで初めて満面の笑顔となった。


 

 山崎の土魔法で荒れた戦場が綺麗に整地され、久重が戦う前と同様の条件となった。


「見事だったぞ堂上」

「この短期間で成長したな」

「ありがとうございます!」


 山崎と御堂にお褒めの言葉を貰い笑顔になる久重だったが、その後ろにいる柳田の笑顔に凍りつく。

 目が一切笑っていなかったのだ。


「……最初の一撃、何もらってんだ馬鹿野郎」

「すいません!」

「俺は散々と言って聞かせたよな? ん? 戦いは一撃目で決まるって。聞いてなかったのか? それともお前の頭は空っぽなのか? だから俺の言葉は覚えてねぇってか?」

「いえ、すいません!」

「毒や麻痺だったら、お前死んでるぜ」

「はい、すいません!」

「お前は『すいません』しか言えねぇのか⁈」

「すいません! はっ⁈」

「……チッ、この馬鹿が。まあ、最後の対応は悪く無かった。カタリーナさんに傷治してもらえ」

「柳田教官、ありがとうございます! って⁈ 痛てぇ!」

 

 満面の笑みで礼をしたら、照れ臭かったのか柳田に傷口を叩かれた久重は青い顔をして悲鳴をあげた。

 肩から血を流しながらしゃがみ込む久重に、カタリーナが近寄り魔法を発動する。


「ナイスファイト! 頑張ったわね」

「あざーっす!」


 労いの言葉に笑顔で答える。傷口は綺麗に塞がり、痛みも無くなったようだ。

 デルグレーネから水筒を渡されると一気に飲み干す。

 ようやく一息をついた久重の横に、沢渡がちょこちょこと近づいてきた。

 眼鏡の奥、茶色い瞳を輝かせ、手に持ったファイルへ何やら書き込んでいる。


「堂上くん」

「はっ、はい」

「貴方への装備なんだけど、武器というより攻防一体の防具的なものが貴方には合うと思うの」

「マジっすか? でもどんな……」

「例えば…… こんな感じの」


 そういうと沢渡はファイルに簡単なイラストを書いてみせる。


「ほぉ〜、良いじゃねぇか」

「うん、久重にはピッタリね!」


 ファイルを覗き込む柳田とカタリーナは、沢渡のアイデアへ一様に納得する。

 久重も直ぐにピンときた様で笑顔で頷いた。


「なるほど! 良いっすね。ぜひお願いします!」

「分かったわ。帰ったら直ぐに作るから楽しみにしててね」

「ういっす!」


 こうして試験の終わった久重は、御堂たちの居る場所にて休憩を許された。

 彼らは試験開始まで横にある小屋にて待機し、他人の戦闘を観戦するのは許されていない。

 それは同じ妖魔が出た場合、初見の者との差が出るためである。

 

「あっ、次は五十鈴みたいね」

 

 小屋から出てきたのは十条五十鈴。

 黒髪を靡かせて緊張した足取りで予め言われていた場所へ移動する。


「さあ、皆さん。楽しみにしていてください。彼女の才能が輝く時を」


 カタリーナは自分が指導してきた五十鈴に随分と自信を持っている様であった。


「随分と買っている様ですね」

「ええ、五十鈴は既に完成された兵士と言ってもいいわ」

「なるほど……」

 

 御堂と山崎はより一層と鋭い眼差しで、これから始まる戦いの行方を興味深く見守っていた。

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