絆の風景 2/影の中の焦燥

 遠野郷に来てから24日が経つ。

 倫道たちはこれまでとは格段に違う、まさに『命を賭けた』凄絶な訓練に明け暮れていた。

 その濃密な日々は、間違いなく彼らの能力を高め、驚くほどの成長を促す。

 

 倫道はデルグレーネの元で特訓を重ね、その成果は目に見えて伸びていた。

 一方、五十鈴と清十郎もカタリーナのもとで日々技術を磨いていた。

 久重と龍士は、柳田の指導の下、毎日血の気を失うほどの過酷な訓練を受けていた。

 短い期間でもその変化は体の筋肉の線に現れてきていた。特に久重は以前よりも背筋が引き締まり、龍士は腕の筋肉が際立ち、以前より一回り大きくなっている。


 夕食後、腹も満たされ落ち着いた雰囲気の中、カタリーナ、柳田、沢渡は食堂に残り、それぞれの生徒たちの成果を評価する時間となった。


「あれ? レーネさんは?」

「ああ、倫道や五十鈴たちの自主練を見に行っているわ」

「ここの所、随分と熱心に指導されてますね」

 

 沢渡が感心してデルグレーネへ賛辞を送るのをカタリーナは微妙な顔で受け流す。


(まあ、熱心なのは貴女たちのお陰でもあるんだけどね……)


 彼女の心情を知るカタリーナは、心の中で苦笑する。

 少しの雑談の後、まず口を開いたのは柳田であった。


「神室は驚異的っすね。あいつの成長スピードは異常と言ってもいい。特に、新しい魔法の扱いが見事だ」

「ええ、そうね。彼は乾いたスポンジの様にレーネの教えを吸収しているわ。訓練を始めた当初とは見違えてしまうわね」

「同感です。レーネさんの教えで驚異的な成長をしましたね。既に正規の魔道兵、いえ、『黒姫』という無詠唱で魔法発動ができる彼は、今では部隊の中でも指折りの力を持つと言っていいでしょう」


 3人の倫道へ対する評価は、最上級の賛辞がほとんどである。

 デルグレーネとの特訓を経て、彼は既に魔道部隊の中でも上位に位置する魔法力を得ていた。


「後は実戦でどこまで動けるかだが……」


 柳田が腕を組み、不安を吐露するとカタリーナが笑い飛ばす。


「まあそうね。でも彼はカオスナイトメアと戦い、アルカナ・シャドウズの襲撃もくぐり抜けたのよ。既に他の兵士より経験値では上を行っているんじゃない?」

「確かに。違いないっすね」


 乾いた笑をして柳田も納得すると、次に自分が受け持っている2人を評する。


「堂上と氷川、2人とも俺の訓練においてかなりの成果を上げています。特に堂上の集中力と体力の増強は驚異的ですね。耐久力なら部隊の中でも上位に入るな。氷川は対人における攻撃のテクニックには目を見張るほどだ。魔法と体術を実に上手く合わせやがる」


 柳田の寸評に沢渡も続く。


「そうですね。堂上くんは重力系の魔法を使うため、相手を拘束している間、自分自身も動きを止めなくてはなりません。けど、彼は隙を作っても耐えるだけの力がある。本当に人間かと思うほどですね」


 信じられないといった素振りで首を振り、沢渡は笑いながら続ける。


「なので彼には強化系・防御系の装備を作るつもりです。そして、氷川くんは素人の私が見ても動きが違いますね」

「氷川は大陸の武術を基本とした独自の体術を使いますから」


 沢渡は「なるほど」と顎に手を当てて思案する。


「やはり彼には武術に特化した装備がいいかもしれませんね。この辺は相談しているのですが、再度彼の希望に沿ったものを考えます。 でも……」

「どうしたの? 涼子」


 突如、暗い顔をする沢渡にカタリーナが心配そうに覗き込む。


「ええ…… どうも会話が上手くいかないっていうのか。もう少しお話をしてくれればいいのですが……」


 柳田とカタリーナは「ああ」と同意する。

 

「氷川はどうも引っ込み思案と言うか…… 内気な性格なんですよ。まあ、その辺は今後鍛えていきますがね」

「シャイなのよ。涼子、私も一緒に話を聞いてあげるわ」

「リーナさん! ありがとうございます」


 久重と龍士の評価も終わり、残すは五十鈴と清十郎であった。

 カタリーナが湯呑に口をつけ茶を啜ると、一息ついて「私の番ね」と笑顔を見せる。


「五十鈴は魔力コントロールにおいて凄く成長している。器用なのね。繊細なコントロールができるから回復魔法は上位クラスと言ってもいいわ。それに無系統の魔力をまとわせた剣技は驚くほど鋭い。えっと、なんだっけ…… 家の……」

「十条流剣術の家元って事ですか?」

「そう、剣術の『家元』! 彼女はマスタークラスと言ってもいいわ。そこにコントロールした魔力を纏わせるのだから彼女は強いわ。柳田の『風刃』も斬られちゃうんじゃない?」

「いやいや、まだ俺の風の前では十条の刀もなまくらですよ」


 悪戯な挑発に平然と流す柳田の顔は、少しだけ引き攣っていた。


「清十郎は…… 精霊魔法の応用力は増してきてるけど、まだ完全にマスターしたとは言えない段階ね」


 今までと打って変わって笑顔が沈んだカタリーナ。

 柳田と沢渡も彼女の顔が曇った理由は分かっている。

 

「もちろん特訓には一生懸命取り組んでいるわ。でも、何か心に重たいものを抱えているようで……」


 柳田は深く息を吸い込み、静かに言った。

 

「リーナさんが言うヤツの過去、それが成長を阻害する大きな壁となっているのかもしれないって事ですね」


 柳田の言葉に静かに頷くカタリーナ。

 ここで大人たち3人は黙り、なんの解決策をあげられぬまま時が過ぎる。

 清十郎の心の中の影。それは彼自身が乗り越えなければならない大きな壁だったからだ。


    ◇


 朝の特訓が終わった後、清十郎は他の仲間たちとは別に、溜池のほとりに1人佇んでいた。

 彼は水面みなもに映る自分の姿を眺めていたが、その瞳には明確な焦燥感が潜んでいた。


「なぜ…… なぜ上手くいかないんだ……」


 彼の魔法技量は、他の者たちと比べても明らかに成長が遅れていた。

 それは決して努力をしていない訳ではない。

 彼は誰よりも一生懸命訓練に取り組んでいた。しかし、その心の中に潜む影が彼の魔法の発動を妨げているのだ。


「俺の中のトラウマが術の成長を妨げるだって……」


 訓練の初日、カタリーナから言われた言葉。

 それが頭にこびりつき、何度も何度も何度も響き渡る。


「そんなこと! 言われなくても分かっている!」


 両膝を突き、湿った地面を右手で殴りつけると爆ぜた土塊が池の水面に波紋を作る。

 清十郎は幾度となく地面を殴った。

 自分の心に深く刻まれた傷を振り払おうとして。


 彼の胸の中にある闇、それは彼の実の兄の死。

 清十郎はかつて、兄と共にある事件に巻き込まれ、その際に兄が彼を庇って命を落としてしまったのだ。

 その時の記憶が、彼の魔法の成長を阻害していた。


「兄さん…… もし兄さんが生きていたなら……」


 うっすらと瞳に涙を浮かべ、遠野郷の空へ声にならない叫びを上げた。

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