停留所にて
三鹿ショート
停留所にて
近所を散歩していたところ、突然の豪雨に襲われた。
傘を所持していなかったために雨宿りが可能であるところを探していると、やがて乗合自動車の停留所を発見した。
屋根の下で濡れた衣服を絞りながら雨空を見上げていたところ、不意に視線を感ずるようになった。
其処で私は、この停留所に自分以外の人間が存在していることに気が付いた。
艶やかな黒髪に、真白な衣服、細く長い手足に加え、整った顔立ちのその女性に気が付いていなかったとは、よほど私は雨に参っていたのだろう。
口元を緩めながら私を見つめていた彼女は、私が頭を下げると、視線を私から雨空へと転じながら、
「この空模様だと、もう少しで雨も止むことでしょう」
「そうなのですか」
地元の人間ゆえに、この土地の天気について予測をすることができるのだろうか。
私がそのような疑問を口にすると、彼女は首肯を返した。
「その口ぶりですと、あなたはこの辺りに詳しいわけではないようですね。もしかすると、引き越してきたのですか」
彼女の推測は正しい。
私は、最近になって引き越してきた人間である。
自宅で仕事をすることができるために、静かに生活をすることができる場所を探していたのだが、ようやく望んでいたような土地を発見することができたのだ。
新たな趣味も持つようになり、私はのびのびとした生活を送ることができている。
私の言葉を聞くと、彼女は停留所の長椅子に腰を下ろしながら、
「では、近所の人間のことを知っておくべきでしょう」
それから彼女は、この辺りに住んでいる人間について教えてくれた。
気難しいために挨拶を交わしてくれることがない老人や、自宅で育てている野菜が多いために分けてくれる女性、都会で活躍している俳優の別荘が存在していることなど、全てを憶えることが難しいほどに、様々な人間のことを紹介していった。
だが、彼女は自分のことについて話すことはなかった。
聞いてもいない他人について話しているにも関わらず、己の個人情報を明かすことに対しては抵抗が存在しているのだろうか。
私が見つめていることの意味を察したのか、彼女は自身の胸に手を当てると、照れ笑いを浮かべた。
「そういえば、私のことを伝えていませんでした」
彼女は、家族構成や通っていた学校、趣味や将来の夢など、これまで語ってきた他者の個人情報よりも明らかに詳細な内容を私に伝えてきた。
彼女という人間についての全ての情報と思しき内容を語り終えると、彼女はやおら立ち上がった。
顔を出した太陽に目を細めながら、
「雨も止んだようです。そろそろ、自宅に戻りますね」
去ろうとする彼女に向かって、私は思わず声をかけてしまった。
振り返り、首を傾げる彼女に対して、
「何故、見ず知らずの私にそれまでのことを教えたのですか。その情報を悪用されるとは考えなかったですか」
どれほど近所の人間との付き合いが密であろうとも、語るべき内容とそうではない内容は確実に存在しているだろう。
彼女が私に伝えてきたものが後者であることは、間違いが無かった。
私が疑問を投げかけると、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
「あなたには、私という人間について、知ってほしかったのかもしれません」
ますます彼女という人間が不可解と化すような言葉を残し、彼女はその場を後にした。
残された私は、その場でしばらく彼女の言葉を頭の中で反芻していたが、やはり理解することができなかった。
***
自宅に戻ると、私はそのまま地下室へと向かった。
下着姿で手足を拘束され、目隠しの状態である少女に近付くと、
「今から拘束を解くが、騒げばどうなるのか、分かっているだろう」
私の言葉に少女が首肯を返したことを確認すると、目隠しは外さないまま、手足を自由にさせた。
少女の隣に腰を下ろすと、私は停留所で出会った彼女について語った。
少女はその話を黙って聞いていたが、私が話し終えたところでおずおずと挙手したために、私は発言を許可した。
少女は困惑したような声色で、
「あなたが出会った女性が話した内容は、全て私と一致しています」
私は、その言葉の意味が分からなかった。
何故、見ず知らずの彼女が、眼前の少女について語ったというのだろうか。
本人でなければ知らないような内容であったことを考えると、それほど親しい間柄だったということになるのだろうが、それほどの関係性ならば、その少女を捕らえている私に対して、何も行動をしないということはおかしいことだ。
其処で、私は少女の目隠しを取った。
怯えた色が浮かんでいるその双眸と少女の外見を考えると、少女が成長した姿はどことなく彼女と似ているような気がした。
もしかすると、未来の少女が、自分がどのような人間なのかということを私に知ってもらおうとしたのではないか。
そして、前途ある人間であるために、その未来を奪ってはならないと私が考えることを期待したのではないか。
何と、阿呆な発想だろうか。
未来の人間が、この時間に出現するわけがない。
もしも出現したのならば、元凶である私を排除すれば良いのである。
私に人間らしい行動を期待しているのならば、やはり彼女という人間は愚かである。
私が衣服を脱ぎ始めたことの意味を察した少女は、身体を震わせ始めた。
その怯えた表情は、私を実に興奮させる。
やはり、この趣味は止められそうもなかった。
停留所にて 三鹿ショート @mijikashort
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