行っておいで

蘭野 裕

夏祭り

 行けたら行く。

  

 それがあいつの返事だった。

 分かってたんだ。私のことはなんとも思ってないって。

 いつもと違うお互いの表情を見られたら、もしかしたら……ってダメ元で誘った夏祭り。

 神社の境内は賑やかで、私以外みんな楽しそうだ。


 いちおう伝えた待ち合わせの時間を過ぎてずいぶんになる。

 着付を習い始めたお姉ちゃんの締めてくれた朱色の帯が、視界のなかで滲んでゆれた。

「行っておいで」

 と笑顔が思い浮かぶのがいまは辛い。


 とっくに陽は沈んだ。

 こんなことなら、あいつなんか誘わないで女の子の友達と来ればよかった。

 夕闇が深まれば屋台や出店の灯りはまぶしく、人の流れも増してきた。


 もう帰ろう。

 この場から消えてしまいたいのに、慣れない下駄の鼻緒が痛くてはやく歩けない。


 ようやく出口が見えてきたころ。


 ボンッ


 背後から音が響く。


 ヒュ〜〜〜〜〜


 未練なんてないはずが、つい振り返る。


 ドーン!

 ドーン!!


 夜空に開く大輪の光の華。


 後悔までも吹き飛んだ。


 しかし……地上に視線を戻すと、そこにいたのは、あいつと、隣のクラスの女子。

 

 そういうことなら私にハッキリ断ってから爆発しやがれ! 

 あンの野郎ォォォーーーッ!!



  ☆ ☆ ☆



 なんてことなの!

 夏祭りの日に塾の補習なんて、先生のイジワル! まだ高校受験の年でもないのに。

 でも課題が早めに終わった人から早く帰れることになっているから、うまく行けば花火の始まりに間に合うかも。

 塾の教室に入ると、意外な男子がいた。


「あんた何でいるの?! 学校で同じクラスの子に誘われてるんでしょ」

「……行けたら行くって返事した」

「バッカじゃないの」


 あたし達はほぼ同時に塾を出た。なんとなく並んで歩いて、神社の境内で花火のよくみえる広場についた。


 ボンッ


 ああ、今年の花火に間に合った。


 ヒュ〜〜〜〜〜


 同行者が見ているのは夜空ではなく……。


 ドーン!

 ドーン!!


 あたしは事態を察した。 

 誤解を解くのはあんたの役目だ。


「ほら、行っておいで」



(了)

 

 


 

 





  






 

 

 

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行っておいで 蘭野 裕 @yuu_caprice

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