第八輪〜捜査開始

 思わぬ所で捜査が進むことは、実際よくある事なのかもしれない。


 ある日、キディが研究室を訪れた。何でも、雨が降りそうだから避難してきたのだという。窓の外を見れば確かに雲は不穏な空気を醸し出していた。

 いつものようにベッドを陣取って爆睡して、私の研究が一段落つきそうな時に目を覚ましていた。


 その時、なんの会話の流れだったろうか。私の研究の話をしていたのか、事件の話をしていたのか、そこまでは流石に覚えていないが、精霊の話になった。


 キディが精霊がみえるというのは既に知っていた。時折ふらっと視線がどこかに行ってしまうのは、精霊を目で追っているからだとも分かっていたし、精霊とコミュニケーションを取れることも知っていた。

 しかしながら、まさか精霊について詳しいとまでは思わなかった。


 何度も言うが、キディは兎角勉強嫌いだ。本を読んでいる姿をたまに見るが、活字ばかりのものは嫌いなのか大概絵本である。絵本でなければ図鑑だ。特に妖精などの図鑑が好きなようで、よく眺めていた印象だ。


 まあ、そんな話は今はどうでもいい。要は、剣術やスポーツなどの知識はともかくとして、何がしかの優れた知識があるとは思っていなかったのだ。

 別に人間と話せるからといって生物学、人体学に全員が興味を持てるわけではないように、精霊と話せるからと言って精霊学に興味を持っていて、ましてや詳しいだなんて予想もしていなかったのである。


 ところがまあ、話の流れからしてお察しだとは思うが、キディは相当な知識があった。

 先述した通り、キディは魔法が使えないため、魔法への興味は皆無に近い。近いが、それは魔法の種類などの話で、例えば原理などで言うならば私の数倍は詳しかったのである。


 簡単に今後の話のために記しておく。


 全員属性の所持自体はしており、教会などで調べる所持属性と言うのは、どちらかと言うと適正属性に近いのだそうだ。そして精霊は属性を持っておらず、魔力単体を所持している。魔力のない人間や魔物に魔力を与えるのが精霊なのだ。ただし、魔法を使える精霊も存在はしている。その魔法は私たちの使用しているものとは違って、どこか超能力じみたものだが。浮遊精霊にはなく、土地聖霊限定で所持している。


 ※浮遊精霊 人間や魔物について魔力をくれる精霊

 ※土地聖霊 誰にもつかないが魔力量などは浮遊精霊よりも高い


 また、浮遊精霊はつく人間や魔物を選んでいるらしい。戦争が起きた際、魔法が使えなくなるのは精霊が揉め事を嫌うからだ。魔法を使えない魔物が多いのも、そういった事情があるからだと思われる。

 そして、悪魔契約者にはよっぽどの事が無ければつかない。悪魔の血が精霊を弾くからだとか、そもそも悪意を感じるから近寄らないだとか、色々あるらしいが、その辺は精霊によるそうだ。


 嫌う理由はわかるが、好きになる理由は分からないらしい。まあ人にもそれぞれがあるように、精霊にもそれぞれ好みはあるのだろう。


 ちなみに私はこの時点で過ぎった。容疑者全員をキディに見せたら解決するのでは?と。「僕の証言にどれだけの信憑性があると思ってるの?」というキディの意見ももっともなのだが。


 アンの契約者疑惑が出たのもこのタイミングだ。あの日、私は見なかったのだが、キディが遠目からアンの姿を見たらしい。その際に精霊が見えなかったことから、様々な可能性を考えたそうだ。

 その際、私はこう尋ねられた。それが、私があなたにも尋ねたことである。


 自分のために悪魔と契約した大事な人を許せることは出来るか。


 私は分からなかった。キディなら許せると答えたが、それはキディが契約などするはずのないと分かっていたから口にできたことだ。返答から逃げたと言ってもいい。

 

 許すことが正解だと言い切れるほど、私は人生経験は豊富ではなかった。自分自身の何かを犠牲にしてまで人を助ける精神は一見すれば素晴らしいのかもしれないが、正解だとは思えなかったのである。

 それが正解だと言うならば私は弟を守るために悪魔と契約しなければならなかったはずだからだ。それに、なんの相談もなく、悪魔と契約することを正義と言ってしまうなら、この世に正義など存在しないと思ったからだった。


 最終的に言えば、私はその観点で言うとアンを許さなかった。どれだけそばにいようとも許せないことのひとつやふたつは存在して当然で、全てを許せる関係などないと思ったからだった。

 キディは私の選択を否定はしなかった。


 話は戻るが、キディはもう一つ重要なことを私に教えてくれた。


 読者の皆様方は生まれ変わりを信じるだろうか。


 ああ、生まれ変わりはある、と答えても、いや、そんなものは無い。人は死んだら天国か地獄に行くのだ、と答えても、この際どちらでも構わない。悪魔に魂を取られると答えた方も一応よしとしよう。


 キディが話したのは、自分が精霊の生まれ変わりだということである。前世はエジンドーラの城下町近くの森に住んでいたらしい。死因は寿命だそうだ。


 キディは重要なことをあっけらかんとして言う癖があるため、聞いた時は当然動揺した。何故前世の記憶があるのかだとか、その辺のことは本題では無いため詳しくは記さないことにする。


 その数日後の事だった。キディは仕事にかこつけてアンに接触を図り、情報を仕入れてきた。パーティの日に何がどの順番で起きたのかというのを我々が知ったのはこのタイミングである。私自身、研究に没頭していたことと、アンが謹慎を言い渡されていた事も相まってアンとはパーティ以降一度も会ったことはなかったため、そこで初めて知ったのだ。


 そして同時に、アンが契約者であったこともその日に判明した。キディがアンを送っている途中、私と偶然出くわし、その時にアンの口から話してくれたのだ。

 その時にはキディのはからいで、アンの契約は解除されていた。精霊の血は悪魔の血を浄化できる、と説明した通り、キディの血をアンにくれてやったらしい。その辺の詳しい状況は把握していない。


 どっちにしろ、アンもキディに救われたのは確かだ。そしてアン自身も、親友を殺害した犯人を探すために、我々に協力してくれることになったのである。

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