第七輪〜そして歯車は狂い出す2
私の元に事件の情報が回ってきたのは、パーティからそう遠くない日のことである。なんなら翌日とも言えよう。全くもって驚きのことであるが、国はどうやら私に事件の捜査の依頼をしたかったようだった。当時高等部生にもなっていない私に、である。
私への依頼は一つ。悪魔召喚をした犯人を突き止めて欲しいとのことだった。魔法の畑だと何度も言っているというのに、どうして魔法と精霊、悪魔などの類を一緒くたにして考えるのかと苦言は呈したが、どうやら理由はそれだけじゃないらしい。
何でも、その日悪魔召喚に使われた魔法陣のすぐ近くに遺体が発見されたという。被害者はアマリリス嬢。第一発見者はアンであると言う。
なるほど、婚約者の疑念を晴らしてやれということか、というのはすぐに合点がいった。身内弁護などよくよく考えずとも有り得ないのだが、それによって助かった部分もあるのでなんとも言えない。
容疑者として上がったのは、先程述べた人物だ。もちろん、アマリリス嬢は省いている。アマリリス嬢には心臓をひとつきされた痕と、背中を右肩から左腰にかけて切られた痕があった。
私は捜査を始めたが、一向に証拠も何も見つからない。と言うよりも、分からなかった。私の専門外なのだ。悪魔になど頼ろうと思ったこともないし、興味すらその時はなかった。アンがその時点で既に契約していたことも、知らなかったのである。
被害者がアマリリス嬢ということは、当然キディも表舞台に立つことになる。キディはアマリリス嬢には酷く懐いていた。
この時点で、キディは騎士団への入団が決まっていた。そのため、捜査関連でいつかは話すことになるだろうというのは分かっていた。騎士団とは言うが、当時は警官の役割も担っていたのである。今となっては完全に分離されたため、ますます騎士団の存在意義は失われてしまったが。
もう既に八月時点で入団しているはずだったが、私が彼と会うのは九月になってからだった。アマリリス嬢の葬儀やら何やらでドタバタしていたのだと言う。家族葬だったそうで、私やアンが呼ばれることはなかった。
もっとも、その会うタイミングといい場所といいシチュエーションといい、それら全てが私の予想を遥かに上回るものだったのだが。
キディと会ったのは、高等部の入学式の前、学園の正門を通った先にあるおおきな木の前である。それも、彼は彼女として、私の前に現れた。
何を言っているのかが理解不能だと思うが、私も当時はそうだった。かろうじて声と言語と雰囲気で彼女が彼であることを理解したが、頭はそれを拒否した。それほどまでにキディのとった行動は奇怪だったのである。
キディは、名前も経歴も性別も、何もかもを偽って高等部に入学してきたのだ。
事の経緯はこうである。卒業パーティのあった夜、ルドベック卿がフォーサイス家を訪れた。その際ルドベック卿は、アマリリス嬢の死と、経緯を伝えた。その経緯を要約して書くと、以下の通りである。
ベイ殿下がアマリリス嬢を断罪し、マルゲン卿がベイ殿下の指示の元、アマリリス嬢を殺害した。
今疑問に思った方は正常であるので安心して欲しい。
私たちはその時点ではルドベック卿の証言と現実の矛盾には気付いていないが、どこかきな臭いとは感じ取っている。
なぜ気付いていないかと言うと、断罪の件に関しては箝口令が敷かれていたためである。当時の王陛下が王族の権威が失われることを恐れたためであろう。捜査を頼んできたくせに私にもその情報をよこさないのはどうなのかと思うが、この際それはどうでもいい。
きな臭さを感じたキディは、探りを入れるためにどうにかして学園に入ろうとしたらしい。
キディの希望配属先はホフバ港で、王宮騎士になる気はさらさらなかった。そうなると、ベイ殿下付近に接触すること自体難しくなってしまう。
ならば、全員が通っているのだから、学園で接触を図ろうでは無いか。
しかし、このままオーキッドとして入学して、誰かに勘づかれてしまっても困る。キディとしてはうっかり口を滑らせての証言が欲しいのだ、被害者の弟だと気付かれる訳にはいかない。
ということで、女装して入学することにしたらしい。
正直似合っていた。元が中性顔というか、女性顔というか、割と美人な部類であったし、知っての通り小柄なため、違和感はなかった。やや筋肉質だが、平民ということで通すなら、農業でついた力だとでも言えばどうにでもなるだろう。
分かる、分かるぞ。気付かれないため、というならわざわざ女装する必要はないと言いたいのだろう。実際私は指摘した。
回答はと言えば、執事の趣味だ。キディは初等部の頃だかに孤児を拾っていた。その時には確かもう既にギルドに通っていたはずだ。執事として雇い、給金もキディ自体が出していた。
初等部生とは思えない。
話を戻そう。
入学すると決めたのは早くとも卒業パーティ直後である。当然その頃には学園の入学手続き締切は過ぎていたというのに、どのようにして権利を得たのか。
その答えは単純で、お金で黙らせたのである。
キディはまあお金だけはあるから、と笑っていた。貯金が趣味だと言うが、使い方が豪快すぎる。勉強が苦手なんだから学費免除は到底望めないだろう、と言えば、遅くとも一年後には決着をつけて退学をするからいいのだと言い放っていた。
騎士団にもきっちりと入団していた。昼間は学園に通い、騎士団は夜勤で入ることにしたらしい。いつ寝ているのかが疑問でしかなかった。学園とホフバ港も相当な距離がある。地理関係は変わっていないため、気になる方は各自地図でも見て確認して欲しい。本人は運動になると言って一時間歩いて向かっていたが、いくらなんでもどうかしている。
私自身はというと、高等部に通うと言うよりは、高等部にある研究室に通うことになっていた。体育などは普通にクラスメイトと共に参加していたが、一週間の八十パーセントは研究室に引きこもっていた。家にも帰らず、である。
その時には父は落ち着いていたが、どうしても帰りたくなかった。もしかすると、反抗期に近かったのかもしれない。
研究室は寝床があったし、粗末だがカフェテリアも、なんなら湯船もあった。一日をそこで過ごすには、なんの弊害もなかったのである。
その寝床も時折キディに占領されたのだが。
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