第六輪ーそして歯車は狂い出す

 一周目はメインでは無いためこれまでは大分端折りながら話をしたが、ここからの話は少々分量を取ろうと思う。


 私たちは各々の環境で多少の困難こそあれ、平和に生きてきた。この平和というのは、他国との戦争、紛争、あるいは魔物襲来がないことだと思っていただいて構わない。私の記憶が正しければ飢饉や自然災害、革命や運動、一揆すらも起こっていなかった。

 私としては当時の国はなかなかに問題があったと思わざるを得ないが、表に出さずに隠しておくのは国は得意であったから、恐らく平和でいられたのだろう。


 しかしその平和も、ただ一瞬の出来事のみで崩れてしまった。


 十四歳の八月。私が高等部に上がる直前のことだ。その日は高等部の卒業パーティがあった。私は高等部生でなかったから当然参加もしていないが、 そこで事件が起きたのである。


 誤解のないように初めのうちに卒業パーティと当時の学園について説明をしておく。

 現エルドラルク国立高等学園は、元は貴族と選ばれた平民のみにしか通う権利はなかった。選ばれた平民というのは、たいそうな魔力を有しているか、いわゆる精霊の申し子と呼ばれる、何かしらの特殊な才能を見出された者だ。教会にそういうものを見つけ出す水晶とやらがあるらしかった。真偽のほどは不明であるし、キディもその水晶には首を傾げている。

 学力検査自体は存在しており、加えて定期テストで十位以内を取らなくば学費免除にはならなかった。貴族は問答無用で入れるというのに、である。

 また、お金を積めば平民だろうと簡単に入学できた。様々な面で杜撰としか言いようがない。


 先程からとことん国に対して辛辣な意見をつらつらと述べているが、おそらく私が当時この本を書いていたなら晒し首になっていたことだろう。今この本をあなたが読めている、ということは、時代は変化したということの現れである。


 さて、先述した通り高等部はほぼ貴族の令息、令嬢が通っていた。そして学園自体も言ってはなんだがお金持ちだ。三学年が一堂に会しても、全員に豪華な食事と、三年生全員に生まれ年に製造されたワインを提供できるだけの余裕はあったのである。


 そう、つまりは、三年生だけでなく、一、二年生もパーティに参加できたのだ。

 卒業パーティ時の二年生の面々を今のうちに話しておこう。敬称は当時私がそう呼んでいたものである。


 ベイ・フェルエーヌ第一王子殿下。

 ハルト・ルドベック卿。

 アマリリス・フォーサイス嬢。

 アン・テレジア。

 ヒュー・マルゲン卿。

 シレーネ・アルメリア嬢。


 ※ハルト・ルドベック 現ルドベック公爵

 ※ヒュー・マルゲン 現マルゲン伯爵


 改めて人間関係を整理しておこう。ルドベック卿、マルゲン卿はベイ殿下のご学友であった人だ。

 ルドベック卿は良くも悪くも真面目。マルゲン卿はお調子者だが臆病者でもある。

 そしてアマリリス嬢はベイ殿下の婚約者であった人だ。キディの姉でもある。私はあまり話したことは無いが、明朗快活な印象がある。アンの親友でもあって、それは二周目でも変わらず、今でもよく二人で話し込んでいる。私が言えたことでもないため文句は言わないが。


 シレーネは平民だ。関わったことは指おるほどしかないため、詳しい説明等はおいおいさせていただく。


 さて、ようやく本題に入るとしよう。読み飽きた方には申し訳ない。どこまで丁寧にした方がいいのかが、私からでは分からないのだ。


 まず、事件の概要から説明する。

 ベイ殿下はアマリリス嬢がありながら、シレーネに心を奪われてしまった。せめて愛妾にすれば良かったものを、シレーネが強請ったんだかベイが望んだんだか知らないが、正妃にしようとしてしまった。

 しかし、別に王子だろうが貴族だろうが平民だろうが、正当な理由なくば婚約解消は持ち出した方が有責だ。特に、この件で言えば、婚約者がいながらも婚約者よりも地位の高い訳でもない平民と浮気したのはベイ殿下の方であり、支持率が格段に下がるのはよく考えなくとも分かることだろう。

 そして、ベイ殿下もまさかそこまで愚かではないのである。否、結果だけ見れば愚かとしか言いようがない行動を取ってしまったのだが。

 要は、正当な理由をでっち上げてしまえばいいのだ。たとえば、いつか王妃になる女性が、平民を虐げていたなら……?

 さて、ここからは皆様のご察しの通りである。恋愛小説でよくありがちな、平民の女の子が王子と恋をし、女の子を虐める婚約者を断罪、そして結ばれる─という流れだ。


 そう、物語なら。


 アマリリス嬢は何もしていない。無論、少々苦言を呈すこと自体はしたかもしれないが、それは理不尽なものではなかった。まあ、身内も身内のアンからの証言なので真偽はもちろん定かでは無いが、後の結果を見るとそれらは全てでっち上げられたものか、あるいは一を百に膨らませて罪にしただけなのではないだろうか。


 当然のように計画は破綻した。まず、ルドベック卿が常日頃からシレーネをよく思っていなかったこともあって、ベイ殿下達は四面楚歌気味だったのである。もっとも、ルドベック卿がアマリリス嬢を好きだった、ということも起因しているだろうが。


 結果、ベイ殿下たちの味方はおらず、当時の王陛下が登場し、逆にベイ殿下とシレーネが断罪される結果となってしまった。


 ここで終われば、まだアマリリス嬢の勝利として終わったのかもしれない。当然ベイ殿下とアマリリス嬢の仲はその時点で冷えきっていたろうし、間違いなくベイ殿下の有責で婚約破棄ができる。別の恋愛小説のパターンなら、このままルドベック卿がアマリリス嬢に告白してハッピーエンドである。


 しかし現実は小説では無い。悪が成敗されたよ、やったね!とはならないのである。


 そう。続きが存在する。ドロドロの恋愛小説から、ミステリー小説へと変貌するのだ。


 結局小説じゃないかという指摘は聞かないことにする。ちなみに私は小説は滅多に読まない。アマリリス嬢が好きらしく、キディがよくその話を聞いては私に「このセリフお前に言われた記憶あるから僕ヒロインかもしれない」と言ってくる。正しい返答の仕方を誰かに教えて欲しいものである。

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