二束目 一周目。激動の四年間

第四輪ー婚約者、アン・テレジア

 中等部生にもなれば、私にも婚約者というものができる。本人になる気はなかったとは言え何を足掻いても嫡男であるし、弟自身も私に家を継いで欲しいようであった。兄弟仲は悪くはなかったが、家を継ぐことに関する話をする時だけはどうにも険悪だった。


 その婚約者に充てられたのが、アン・テレジア。テレジア侯爵の長女である。

 彼女は白子症で、出会った当初とても目を惹かれたことをおぼえている。顔立ちが整っていたこともあって、あれは、そう。一目惚れに近かった。


 ※白子症 アルビノのこと。生まれつきからだの色素が不足している状態を指す。


 特に珍しいなどということは思わなかった。キディも白子症までとは行かずとも、髪も、肌も、目の色も薄いのだ。本人の存在感のなさもあって、悪魔の子というより印象は天使に近かった。最も、それが比喩でも何でもなかったことが後に明らかとなるのだが。


 アンはその容姿から周りに何かを言われることはあったようだが、家族には愛されて育ったようだった。彼女は私の話を誰よりも興味深そうに聞いてくれた。彼女自身も、私を好ましく見ていてくれていたと思う。二つ年上の彼女とは学園等で話す機会もなかったが、休日には二人で出かけたりもしていた。

 私は甘いものが好きで、アンもチーズケーキが好きだった。子どもっぽく感じられるようであまり表では話していなかったが、それでもアンは恐らく勘づいていたのだろう。時にクッキーなんかを作ってくれたのか、プレゼントしてくれたのだが、そのクッキーは大分砂糖が多く甘かった。今でもお気に入りの味だ。


 しかしながら、一周目の私はアンに罪悪感を覚えていた。他でもない、家族のことだ。

 父や母の暴行は私や弟が歳を重ねるにつれ酷くなっていった。私が本格的に魔法の研究に肩を入れ始めたのも原因のひとつだろう。一応隠れてやってはいたのだが、どうやら弟がどこからか聞き付けて話してしまったらしかった。まあ、致し方ない。


 はてさて、いつの時代も嫁姑問題は付きまとってくるものである。私の母もまさにその嫁姑問題の渦中にいた。

 父方の祖父はなんてことはなく、私から見れば優しい祖父であったが、祖母は私から見ても問題であった。母のやることなすこと全てにケチをつけていたし、父はあれなものだから母の味方なんてしない。女は男を立てておけばいいのだと常に口にしていた。当時は運動など起こっていなかったため、周りも似たような主張をしていたこともあって、母は四面楚歌であったのだろう。


 ※運動 ウーマンリブのこと。


 そう考えると、母が気を病んだのも仕方ないのかもしれない。所詮中坊であった私には、できることなどなにもないと思っていたのである。


 ※中坊 中等部生の男子のこと。


 人というのは自分がされたことは良いことでも悪いことでも他人にも同じようにしてしまうものである。あまりにひねくれた性質だが、恐らくは誰かと経験したことを共有したいという深層心理から来るものなのだろう。心理学は専門外なので、違った場合は許して欲しい。これはただの私の見解故。


 そうした性質から、アンも同じように被害に遭うのだろうということが予測できてしまったのである。


 そして私はここで一度目の過ちを起こすこととなる。話してしまったのだ。アンに全てを。それがいつ頃の事だったのかは記憶していない。


 アンは私の想像よりもずっと、私を好きでいてくれていたらしい。そして、私を年下として扱ってくれていたらしい。

 判明するのはずっとあとの話になるのだが、アンは私の境遇をどうにかするために、まさかまさかの行動に出たのである。


 答えを話してしまう前に、先に読者である皆さんにお尋ねしよう。この世界には、人智を超える存在がいくらかいる。

 神様、天使、妖精、精霊、─

 さて、人間にはどうにもならない悩みに遭遇したとき、あなたは一体誰に助けを求めるだろうか。


 また、もうひとつあなたにお尋ねしたい。

 もし、あなたの大切な人が、他でもないあなたを助けるために禁忌に手を出したとするならば、あなたはその人を許せるだろうか?例えばその禁忌が、その人に何かしらの害を与えるものであったとしても?


 これらは、私が真相を知る前に、キディが私に問うたものである。高等部に入って、一ヶ月も経っていない頃のことであった。


 察しのいい皆様ならもうお分かりだろう。彼女は悪魔と契約をしていたのである。

 当然、悪魔契約は法律で禁じられている。どの国でもそうであろう。国一つ、あるいは世界丸ごと支配されてしまう可能性があるのだ。


 禁止されているということは、だ。当然悪魔の召喚法などといった類はたとえ貴族だろうとも知られないようにしているはずだ。というか、そんな本など存在してくれるなよと言いたいのだが、悪魔召喚が起こった際どの悪魔が呼び出されたのかを知るためにも、本自体は必要なのである。


 ……そんな本さえなければ悪魔召喚など起こらないのでは?


 上の考えることは分からない。


 とにもかくにも、彼女はどうやってか、悪魔と契約する術を得たようであった。なんの悪魔と契約し、なにを代償にしたのかは未だ分からずじまいだ。分からなくてもいいと思っている。むしろ、知らないでいるべきだ。


 さて、また皆様方に問う。悪魔契約者を殺害する方法以外でどうにか出来ると思うか?


 正解は可能が不可能かなら可能、だ。より強い悪魔を利用するか、あるいは精霊の血液で浄化してやると、契約関係は失効する。


 アンは強い悪魔を利用するほうを取ったのである。

 では、アンは誰の契約を解消させんとしたのか?


 私は真相を知った時、目眩がした。否、どこか私はそうであるかもしれないと考えていたが、まさか本当にそのような事があろうとは思っていなかったのだ。

 父は、いつの間にやら魂を売っていたらしかった。


 父が魂を売ったのがいつか、なんてことはアン以上に分からない。私が産まれる前かもしれないし、産まれたあとかもしれない。アンの父曰く、私の父は私が産まれた途端性格が変わってしまったと言うから、きっとそのタイミングなのだろうと私は予想している。


 私は未だ、父はともかく、アンを許すべきだったのかどうかが分からない。

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