一束目 一周目。生い立ちを兼ねて〜

第一輪ー出会い

 私、テオドール・ヘルキャットは、ヘルキャット家、それすなわち、騎士爵家の長男としてこの世に生を授かった。


※騎士爵 過去に騎士としての功績を上げた人に与えられる爵位。通常一代限りだが、ヘルキャット家は三代連続して叙爵されたため、半永久的爵位になった。


 生まれ落ちたその日から、とまでは言わないが、私の才能は早いうちから頭角を現した。言葉を選ばずに言うなれば、私は神童と呼ばれるに相応しかった。


 幼少の頃より論文が読めたし、意味も理解していた。否、専門家から見れば真の意味で理解出来ていない分野もあったろうが、当時私は間違いなく、言葉として文字列を認識していた。それはなにもエルドラーダに限った話ではなく、ノルニアーダやエスパニャーダで書かれた論文もである。


 意外に思うやもしれないが、私の家には魔法の論文は指おるほどしかなかった。というのも、父がとかく魔法を嫌っていたのである。それゆえなのか、違う理由が存在するのかは知らないが、私は父が魔法を使っているところを生まれてこの方見た事がない。


 ところが私は、お察しかと思うが、どうしようもなく魔法に惹かれてしまったのである。

 魔法一つで夜道に明かりを灯すことができる。

 魔法一つで乾いた喉を潤すことができる。

 魔法一つで熱くなった身体を冷やすことができる。

 魔法一つで誰かの傷を癒すことができる。

 魔法一つで、誰かの命を救うことができる。


 気づいた時には、もう魔法の虜になっていた。


 なにより、私には才があった。魔法の才だ。人間が使える魔法は全て使うことができたし、多くの精霊にも好かれていた。精霊に関しては視える友人の証言であるため、定かでは無いが。


 それらのことが私にとって幸だったのか、不幸だったのかは分からない。


 父はそれはそれはもうわかりやすいほどに、私への嫌悪を前面に出した。母に暴力を振るい始め、母は私に八つ当たりするようになった。

 今思うと私はあの時は、まだ精神は子どもだったのだろうと思う。大人になってからでもできることはあったというのに、早く功績をあげねばと焦っていたのだ。もっとも、一周目時点で功績を挙げたのは中等部生の頃。そして二周目時点で功績を挙げたのはご存知の通り初等部生の頃である。

 神童だなんだと色々言われたが、結局は私も普通の子どもであったということだろう。


※功績 論文のこと。


 私が彼と出会ったのは、家庭がちょうどギスギスし始めた頃のことである。細かいことはもう何十年も前の話になるため、ある程度曖昧なところがあることはどうか許していただきたい。


 あれは確か、王宮で開かれたお茶会のことだった。そのお茶会は私たちと同い年である現王陛下、もといヘリアンス第二王子のご学友候補兼側近候補を探すものであった。そのためか来ていた貴族たちの大半は同い年であったと記憶している。


 家庭環境は決していいものとはいえなかったが、ある種私の精神が発達していたのか、していなかったのか。私は卑屈な性格ではなかった。むしろ外向的な性格で、特にこれといって政治的向上心は無いくせして色々な人に話しかけていた。

 これをきっかけにシュベル・トルンカタ(以降シュベルとする)やバルディオ・スクリムジョー(以降バルディオとする)らと知り合ったのだ。この二名は後々大いに役立ってくれるため、予め名を記しておく。


※シュベル・トルンカタ トルンカタ公爵。ヘリアンス王陛下の従兄弟。

※バルディオ・スクリムジョー スクリムジョー伯爵。


 そして肝心なのはもう一人。ご存知だと思われるが、英雄、オーキッド・フォーサイス(以降キディとする)と出会ったのもこのタイミングである。

 正直、私のことは知らなくてもキディのことは知っているという方は多いのではなかろうか。特に、この本を手に取り、読むことが出来る皆様なれば。


 知らない方のために凄くざっくりとした説明をするならば、剣を握らせたら誰も勝つことの出来ないバケモノ、である。他の騎士と比べて小柄ではあるが、素早さと正確さ、跳躍力を武器に戦い、向かうところ敵無し。戦地に赴いては傷一つ付けずに帰ってくるという逸話さえある。


 さて、時として「悪魔の子」とすら称される彼だが、普段は案外のんびりとした優しい性格である。博愛主義者とでも言うべきか、極端な平和主義者とでも言うべきか。害のない人間には違いない。

 もっとも、自由人すぎる面があるのも否めないが。


 彼と初めて出会った時もまさにそうであった。周りの貴族たちが親交を深めあっている一方で、呆然と端に立って空を眺めていた。エルドラーダで何をしているのかと声をかければ、エスパニャーダで空を見ていたと答える始末だ。何故私がエスパニャーダを理解できる前提だったのだろうか。否、理解できるかどうかどころか、何も考えていなかったのだろうが。


 キディは魔物や精霊とコミュニケーションを取ることを非常に得意としていた。エスパニャーダがそもそも精霊言語であったことを踏まえれば、まあ納得のいく話ではある。キディは精霊が生まれた時より見えた(先程述べた精霊について教えてくれた友人とは彼のことである)ため、エスパニャーダの方が肌馴染みがあったのだろう。


 反対に、キディは人間に対してはとことんコミュニケーションをとることを苦手としていたため、どうやらお茶会では馴染めなかったらしい。一番の要因はエルドラーダが話せないことだという。今でも話すのは苦手なんだそうだが、それを気にしていないのが彼らしいというべきか。

 私としては話せないという点においても彼の個性を感じるので、このままでいて欲しいという思いも大なり小なり存在している。


 ところで、私はドがつくほどの面食いである。美しい顔なら性別問わず好きであるし、正直なところいくらでも眺めていられる。

 その嗜好は既に五歳の時から存在していた。要は、キディと出会った頃には既にそういった嗜好はあったのである。

 結論を言うと、キディの顔は私にとって好みど真ん中であったのだ。今だから言えるが、キディの顔が好みでなければ恐らく私は魔法学者にもなっていなければ、こうしてこの本を書くこともなかっただろう。


 という話をすると大体キディに呆れられてしまうのだが、そういった話は全て顔がいいということだけを考えて聞き流している。

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