砂の都のサフィ ③
まぶかな
立っていたのは、
掛け値なしに大陸最大の規模であるマーハの
「みごとな宝飾品のようだが、お前のものか？ どこの家の娘だ？」
巡邏兵の目がサフィを値踏みしていく。
「よもや盗品ではなかろうな？ やましいところが無くば申してみよ」
「う、う………えっと…………」
巡邏兵が詰め寄った。店主の方は、さっきまでの応酬が嘘のように明後日のほうを向いている。
もし連行されたら…………というより、
巡邏兵の右手が伸びてくる。
一向に脱ごうとしない
（う、うう……！ でも、逃げるっきゃない……っ！）
口の中が乾く。心臓が暴れるように脈を刻む。
サフィは覚悟を決めた。
活路は一つしかない。背後を流れていく
ふわっ……と、サフィの脚が浮いた。
「えっ？」
見えていた景色が一変する。
そこで、サフィは気づく。
横から疾風のごとく突っ込んできた、
「…………シドルクさん⁉」
上を見ると、あの感情のない顔立ちが逆光に陰っている。呆気にとられる巡邏兵をよそに、ひさしを広げた
「サファルケリア」
腕の中のサフィが無事なのを確かめ、シドルクは口を開いた。
「今朝も言った。どうして奴隷相手に畏まる」
「へっ⁉ え、えっと、歳上だから？」
「…………今年で十七」
「え、うそっ⁉ 一つ違い⁉」
緊迫した逃走劇の最中に、ふたりは気の抜けた問答を交わした。
通りをにぎわす買い物客が、シドルクの勢いに怯んで道を開けていく。羊の群れをかき分け、荷車を踏み台にして跳び越える。
後ろから怒鳴り声が聞こえた。あの巡邏兵が増援を呼び、追ってきている。
「止まれ、そこの女！ その奴隷を止めさせろ！」
「…………っ！」
次第に近づく警告の声。シドルクがいかに俊足でも、人ひとりを抱えたままでは結果は知れている。追跡者との距離は徐々に詰まっていった。
ガクンッ……！ 突如、シドルクの体幹が右に傾いた。
足の指が地面をえぐり、慣性を押し殺す。ほとんど直角に曲がり、大通りから路地裏に飛びこんでいく。
そこは、建物に挟まれた裏道だった。
どこまでも長いばかりで、追手をまける脇道も、身を隠せる物陰もない。
「ハァ……ハァ……あてが外れたか⁉ 縄につけ、いい加減に……！」
背後まで巡邏兵が迫っていた。いずれも鍛錬された国王軍の兵士。息は切らせど、明らかに不審な女を取り逃がすほど甘くはない。
無論、ここまで手を焼かせた共犯者のことも。
「…………シドルク、もういいっ！ 置いてって！」
腕から脱出しようと身をよじる。だが腕の主はそれを許さない。ひときわ強く抱きよせ、サフィを懐に包みこむ。
ざわ……と、どこかでヤシの葉ずれが鳴る。
追いついた巡邏兵の手が、ついにシドルクの肩をとらえた。
「………………なに？」
その手は虚しく
不可思議だった。距離的には追いついたと言えるはずが、指先は届いてない。
彼は知っていた。この人通りの少ない裏路地が、避けるべき物のない直線であることを。
「牡牛野郎」の豪脚が、真価を発揮する。
踏み固められた砂道がドウッッ！と爆散した。
「むっぐ……⁉」
サフィの顔面がシドルクの胸に埋もれる。泥と汗のニオイが鼻腔をぬけた。
目をみはる圧倒的な加速。火を噴くように、絡みつく風を引き裂くように。やっと呼吸できた頃には突き当たりに到達していた。
勢いのままに左旋回。またすぐに突き当たり、今度は右へ。
「ふお、おおおぉぉ……⁉」
されるがまま慣性に振り回されるサフィ。シドルクは豪脚をゆるめない。突風のごとく砂を立て、網の目になった裏道を走破していく。
巡邏兵たちは砂煙を浴び、やがては浴びる距離ですらなくなり、次々と脱落していく。
「ぜぇッ……ぜぇッ……何なんだ、あの奴隷……！」
やがて最後の一人が力尽きる。
街中の逃走劇に、あろうことか脚力一つで決着をつけた。
「しど……るくぅ…………も、もぉいいから…………！」
「まだだ。街を半周して反対側に行く」
「は、はんしゅうぅ……⁉」
目に見える追跡者が絶えても安心はできない。
サフィを安全圏まで届けるべく、猛牛はマーハの裏道を突きぬけた。
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