第10話 曇り空の裏側に

空。今の空は曇ってる。雨が降ってきた。それも嵐のような大粒の雨。私の雨はなかなか止まない。涙腺はまだ機能しているみたいだ。そらはどこまでお人好しなんだろう。こんなときまで私の欲しい言葉をくれる。ずっと求めていた、生きていられるって言葉。主治医も、両親も、心のどこかで私の回復を諦めているのはわかっていた。わかっていたからこそ辛かった。自分は本当に死ぬのか。まだやり残したことなんてたくさんあるのに。生きていたい。死にたくない。ずっとそう思い続けていた。そんなときにこの言葉は心にくる。それにこの紙では、そらが自分のことを自分の名前で呼んでいた。いつも人前では私って言っていたのに。何なら私も自分の名前で呼んでいるそらを初めて見た。いや聞いたか。私に対してのささやかな素の出し方。もうこれから会えないのがわかっているからこそあえてそらはこうしたんだ。そらは、そういう人だった。もう関わらないと分かれば思いっきりやりたいようにやってくる。逆に言えばどんなに親しくとも油断はしないというところ。親しい友達じゃないからだというわけじゃないとしてもそらがこのようにして私に素を出してくれたことはとても嬉しかった。はあ。ほんとに。まだ私の脳が動いてくれててよかった。この感動を感じることができてよかった。身体はもう動かなくとも、これを感じることができるだけで満足な気がしてきた。半ば絶望していた「生きること」への期待が風船のように膨らんで、頭から離れなくなった。空は晴れないままだった。けれどもなぜか少し晴れやかな気持ちになった。ちょっと浮かんだ希望とやっぱりもうどうにもならないのではないかっていう挫折。どんな運命でも受け入れてやるって思えたからもういい。私は私だ。生きれるってなったら全力で生きてやるしお陀仏コースならそれはそれで仕方がない。さあ、かかってこい。空が少し晴れてきたのを見て、微々たる決意を胸に秘めて眠りについた。

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