第8話 何もかも

それから1ヶ月。私の身体が言うことを聞かなくなるのももう時間の問題ってところまできた。表情筋も動かなくなり、指先の感覚はなくなった。口を動かすのもままならないのでずっと点滴で栄養補給をしている。本当に植物人間になってしまう。怖い。怖すぎる。寝ると翌朝には何も考えられなくなってるんじゃないか、ここに縛られて何もできないまま終わってしまうのではないか。とにかく恐怖が私を支配した。さらに私を奈落の底へ突き落とすこととなったのは、あの人が、そらが、通り魔に襲われて亡くなったという知らせが届いたことだ。え、なんで。どうしてなんだ。あんなにいい人が死ななければならない世の中なんておかしい。暴れまわりたかったが身体が動かない。どうやってこの行き場のない怒りを発散させればいいのだろう。頭が痛い。壊れそうだ。ああああああああ、なんであの人が死ななければいけないんだ。あの人が死ぬくらいなら私を殺してくれ。植物と化したこの私を。そんな私に水を差すようにノック音がした。高校の先生だった。「そらの件、色々思うことがあると思う。あなたはそらとは気兼ねなく話せているように見えていたから。」おいおい、待ってくれ。まさか先生にも学校では本当の私じゃないって気づいていたってのか?こうなったらいよいよ私が私を作っていた意味なんてなくなってくる。無駄なことをしていたと後悔する私を横目に先生は続ける。「そらが亡くなる直前、先生、実はその場に居合わせていて。そらからあなたに伝言というか、今から言うことを書き留めてほしいって言われたから。そのまま口頭で伝えてもいいんだけど折角書いたやつがあるからそれ渡しちゃうわ。それじゃ、あなたも元気でね。」そう言って先生は私の親に会釈をした後立ち去ってしまった。どう見ても元気になり得ないのに元気でね、なんて、すごい皮肉だ。でも嫌な気持ちはしない。考える気力もなくなっただけかもしれないが。そういった先生の少し砕けた話し方が私はわりと好きだから。にしてもそらが私だけのためになにか言うことでもあったのだろうか。そらにはたくさん友達がいただろうし、私なんかのために何を言うんだろう。促されたように無造作に畳まれているメモ用紙を見る。そこには先生の筆跡でそらの言葉が記されていた。

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