第5話 にこいちになれそう
それから3日経った金曜日。私の被っている猫を優しくどかしてくれる人と出会うことになった。私と同じように、外面はいい人だった。空のようにおおらかで、いつもニコニコしていて、それでいておっちょこちょいで放っておけないような人。でも、私と似てるようで、正反対の人だった。そのことを知るきっかけになったのは、あの出来事があってからだ。
校内だけの簡易的な文化祭が1週間後に迫っていて、私たちは準備に追われいつもに比べたら忙しい日々を送っていた。そこには、普段見かけない顔の人がいた。見かけないと言っても、私が自ら他人に関わろうとしないだけかもしれないが。それがその人だったのだ。ちなみに何度も言うが私は他人と関わるのは嫌いではない。でも自分からいこうとはあまり思わない。その人はそらと言って、そらの話を聞くと、別に学校に行かなくとも郵送で届くいつもの教材があるから学校へはあまり顔を出さないのだと言う。ああ、対面授業の日でも教材って届くんだ。帰宅すると似たような範囲の教材があると思っていたが、あれが全て対面で使われる教材と同じだとは思っていなかった。え、もうこれから行かなくてもいいかな。少しの沈黙の後、そらはまっすぐ私を見つめてこう言った。「学校って、疲れるよな」通信制だってのに何故かこの学校は対面授業を推奨してくる。朝早くから公共交通機関乗り継いでさ、大したことない授業を延々聞かされて、帰るのは西日が眩しいときだ。これじゃ拘束されてる囚人と同等の扱いだ。あんまりだよな。って、そらはつらつらと不満をぶちまけてく。今日初対面なはずの私にだ。どうして?まさか、私が本当に思ってることが見えるってのか。それからそらは声色をひとつも変えずに、「あんた、すごい頑張ってるね」って、言ってくれた。私が、一番欲しかった言葉。限られた寿命で、自分を取り繕って、他人からは上手くいっていると思われる人生だが、私はきっとそう思っていなかった。世界で1番不幸だとさえ思えた。病室で植物のようになることが本当の私になるということだっていうのが辛くて仕方がなかった。気がついたらそらの前で泣いていた。あの日の雨のような涙が、溢れて溢れて歯止めが効かなくなった。そうだ、私はつらいんだ。どうしようもできないような愚痴をそらにこぼし続けた。それでもそらは黙って頷いて聞いてくれた。あえて何も言わずに。そらは、人の裏側を的確に見れる人だった。それでいて、その時その人が一番欲しい言葉をかけてくれる。すごい人だ。私は自分を作ってるからこそ、私は他人と違うって思い込んでいた。故に、他人が同じようなことをしていても見抜けないでいた。しかも、そらは決してお世辞なんかじゃなく、言葉を一つ一つ選んで、本当の気持ちで、大事に発しているように思えた。私にはできない、持っていないスキルだ。私はこの自分ならこう言いそうだと多少嘘が混じった薄っぺらい言葉を発することしかできない。途端にそらが眩しいと感じた。きらきらしていて私にないものをたくさん持ってるその人が。その日からそらに対しては素の自分でいられるようになった。普通に嫌なことに対して愚痴を言ったり、普通にふざけたり。そらが笑ってくれる度に、私の居場所はここなんだって、再確認させられていた。そういえばその日の空は、夕日の中で一際輝く一番星が私たちを照らしてくれているような空だった。
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