2-7 カニバリズム
「カニバリズム……?」
「人間が、人間を
「ひっ……じゃあ、まさか、食べてたかもしれない、ってことなの……?
「あはっ、食べるわけないじゃん。美月ねえは、怖がりだなぁ」
「記者さん、さっきから美月ねえを怖がらせすぎだよ。キモい話しかできないの?」
「ごめんねぇ。でもさ、自分を
「よ、ヨモツヘグイ……」
美月は、すっかり
「そうだよ。黄泉のものを食べると、
「神話の知識はありますし、三隅さんがオカルト雑誌『ナタデナタ』に載せていた記事にも、ヨモツヘグイについて
しれっと答えた凛汰は、今までに二〇一号室で交わされた会話を振り返る。
三隅の情報は、どれも
「凛汰くん。不老長寿の八尾比丘尼は、実在すると思うかい?」
「思いません。非科学的だから。――行方をくらました親父を、東京で
「つまり、今は『実在する』と思っている……と。君の判断が変わったのは、やっぱりオカルトを受け入れると決めたからかな?」
「そうですね。それに、三隅さんが昨日の〝
「……君って、本当に面白い人だねぇ。伝説や心霊現象について語っていながら、実に理性的な答えだ。いや、感情的な答えとも受け取れるかな」
「感情的? どこがですか」
「そういうところだよ。非科学的だ、なんて言葉が出てくるのは、君なりの納得感を欲しがっているように見えるよ。すなわち、どんなに非科学的な事象であれ、君なりに納得さえできるなら、信じてもいいと思っているわけだ。――君は、理性を重んじるように見せかけて、感情を優先するタイプだよ。そして、そんな己を認めることに、実は恐怖を感じている……違うかな?」
「三隅さんは、オカルト雑誌記者から占い師に転向したらどうですか」
凛汰が、素っ気なく言い返したときだった。開けっ放しの扉から、アルトの
「――梗介、どこにいるの? 梗介ぇ」
尖った呼び声の
「僕は、こっちだよ。三隅さんの部屋」
「油を売ってないで、早く戻って来なさいよ。こっちは忙しいんだから」
「すぐ行くよ。その前に、帆乃花もたまには、僕たちの会話に交ざって、櫛湊村の人間らしく〝まれびと〟をもてなしたら? ここには美月ねえもいるから、緊張しなくても大丈夫だよ?」
沈黙が、流れた。ややあって、
「記者さん、凛汰。美月ねえを巻き込んだ悪だくみは、ほどほどにねー」
「待て、梗介。帆乃花と合流するなら、俺と美月も同行させてもらう」
「え、なんで?」
無邪気に言い返した梗介は、凛汰を振り返りもしなかった。さっさと廊下へ出ていこうとする後ろ姿を、凛汰は冷静に
「帆乃花は、昨日の〝
「へーえ。凛汰は、帆乃花を疑ってるんだ?」
「疑われたくないなら、自分で
「ふうん。調査したいなら、好きにすれば? 僕は、先に行くからね」
ようやく振り向いた梗介は、
「美月。あいつを追うぞ。急げ」
「えっ? う、うん! 三隅さん、お話をありがとうございました!」
「うん。じゃあねぇ」
三隅が、ひらひらと手を振った。リュックを背負った美月を連れて、凛汰は廊下に飛び出したが、すでに梗介の姿はなく、足音の
「ど、どうしたの?」
「……追うのは、いったんストップだ」
低く
「やあ、美月ちゃん。それに、凛汰くん……」
「大柴先生……」
美月が、目を
「教員寮を〝まれびと〟に
「はは……まあ、どうにかするよ」
大柴は、ぎこちない笑みで答えてから、唇を結んだ。真面目な表情で「美月ちゃん」と呼び掛けて、ゆるゆると頭を下げてくる。
「昨日は、ごめん。どうか、僕を許してほしい。先生は、美月ちゃんを
「言い訳はどうでもいいんで、傷つけた自覚があるなら、さっさと消えてください」
「美月は、
「……
頭を上げた大柴は、逆光が先ほどよりも明るい所為で、表情が全く
「私のことだから、私が言わないといけないのに。凛汰に言わせちゃったね」
「廊下を塞がれて邪魔だったから、追い払っただけだ」
ぶっきらぼうに言った凛汰は、教員寮の外に出るなり、眉を
「梗介くん、もういない……」
凛汰は、背後を振り返る。梗介の行き先は分からないが、自宅がある
「どうしたんですか?」
「戻ってきてくれてありがとう。大したことじゃないんだけどさ、凛汰くんに言い忘れたことがあったから、一人で来てくれて助かったよ。あの子が聞けば、たぶん寂しがってくれる話を、君にしなくちゃいけないからねぇ……」
ハナカイドウの花びらを乗せた春風が、三隅の長髪を揺らしていく。丸眼鏡の奥で目を細めた記者の男は、腹の内が読めない笑顔で、凛汰に平然と言ってのけた。
「凛汰くん。僕と君は、やっぱり仲間にはなれないようだ」
「……。どうしてですか」
「そのままの意味さ。僕と君は、住む世界が違うんだよ。
「一人で……どこに、ですか?」
「その答えは、次に僕らが出会うときに、きっと分かるよ。まあ、頑張って生き
「三隅さん……?」
「凛汰くん。二度目の〝
唐突な言葉が、凛汰から声を奪い去った。いつの間にか笑みを消していた三隅は、厳粛な声音で話し続けた。
「ただし、〝神がかり〟は巫女の命を
台詞に、
「梗介くんを、早く捜しに行きなよ。さっき、部屋のベランダから外を見たときに、田畑の方角に向かうのが見えたよ。――じゃあねぇ、凛汰くん。君と話す時間は、なかなか悪くなかったよ」
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