2-5 羊と狼

 櫛湊くしみなと第三中学校を出ると、少し日が高くなったことで、空の青色が濃くなったように感じられた。ハナカイドウが咲く道を抜けて、案山子かかしが立つ田畑の間を歩く間、凛汰の前を歩く三隅みすみ饒舌じょうぜつで、隣の梗介きょうすけ延々えんえんと話し掛けている。

「今朝、凛汰くんと美月ちゃんを、村の出入り口まで連れていったんだよ。僕らを外に出さないための対策が、猟銃りょうじゅうとはねぇ。僕らが逃げようとした場合、梗介くんたち村人は、僕と凛汰くん、どちらを見せしめとしてち殺すつもりなの?」

「どっちでもいいんじゃない? 個人的には、記者さんを撃ち殺すほうが、村が静かで居心地のいい場所になると思うけど?」

「へえ? たかが僕が死ぬだけで、村が居心地のいい場所になると思ってるんだぁ? まあ、中学生の梗介くんにとっては、櫛湊村が世界の全てか。井の中のかわず大海を知らずって、君にぴったりの言葉だねぇ?」

「見せしめで死ぬ〝まれびと〟は、やっぱり記者さん一択いったくだね」

「そう怒らないでよ。そんなに失礼なことを言ったかな? それとも、嫌な話題を振っちゃった? あ、分かった。君さぁ、大人の猟銃を使ったことがあるんでしょ」

「なんでそうなるのさ」

 梗介は、鬱陶うっとうしそうに三隅を見上げた。三隅は「図星ずぼしでしょ? いけないんだぁ、十四歳なのに」とはやし立てて、鬼の首を取ったように笑っている。

「昨年に、僕が櫛湊村を訪ねたときだったかな。村のおじいさんたちが、猟銃を持って山に入るところを見たよ。そのとき、君も一緒にいたよね? 皆さんの狩猟を日常的に見学していたなら、猟銃の取り扱いにもくわしそうだよねぇ?」

未成年みせいねんの僕が、猟銃をさわるわけないじゃん。記者さんって、頭が悪いね」

「あははっ、未成年って言葉は、僕にとっては曲者くせものなんだよ。君はどんな嘘をついているのか、ぜひ詳しく取材させてほしいものだねぇ」

「梗介。この村の大人は、みんな猟銃を扱えるのか?」

「凛汰まで、なんでそんなことを気にするかな。男性は、ほぼ全員が狩猟しゅりょう免許を持ってるよ。あっ、でも浅葱あさぎさんは持ってなかったな」

「意外だな。あの人はガタイがいいから、狩猟もやってるのかと思ってたぜ」

「浅葱さんが身体をきたえてるのは、狩猟じゃなくて神事しんじのためだよ。ね、美月ねえ」

「う、うん」

 凛汰の隣を歩く美月は、先ほどの〝神がかり〟の一件が気になるのか、浮かない表情をしていたが、それでも進むべき道を見据みすえていた。凛汰も視線を前に戻したとき、教員寮きょういんりょうの手前に到着した。灰色のアパートに寄り添う小山が、ぬるい春風になぶられて、総毛立そうけだつように波打なみうった。――山の裏手は禁則地きんそくちで、蛇ノ目じゃのめ家の者以外は近寄れない。

 視線を感じて振り向くと、教員寮の入り口に立った梗介が、凛汰をじっと凝視ぎょうししていた。ニッコリと笑って「早くおいでよ」と手招てまねきしてくる。――行きはよいよい、帰りはこわい。かつて家族が歌った声が、脳裏のうりで再びエコーする。記憶の声を振り切った凛汰は、雑草が禿げた一本道を、美月と共に歩いていき、教員寮のタイルをカツンと踏んだ。

 一階の短い廊下を、三隅、美月、凛汰、梗介の順に進み、階段を上がった三隅と美月に続いて、凛汰も一段目に足を掛けたタイミングで、視界のはしに違和感をとらえた。振り返ると、すぐそばの一〇二号室の扉が、ほんのわずかだが開いている。

「なあ、梗介。昨日から気になってたけど、ここは空き部屋か?」

「そうだけど、何年も前から扉が壊れてるから、今はただの物置きだよ」

「へえ?」

 階段から引き返した凛汰が、試しに扉のレバーハンドルに手を掛けると、かた手応てごたえが返ってきた。手前に引けば、あっさりと動く。開ける分には問題ないが、きちんと閉められないようだ。扉から室内に伸びた外光が、闇を細長く切りひらく。垣間見かいまみえたスチール棚には、工具や掃除用具が収納されていた。

「この教員寮って、改築前は〝まれびと〟の宿泊施設だったんだろ? 村の連中は、壊れた扉を直さないのか?」

貧乏びんぼうだからね。それに、今は教員寮に生まれ変わったわけだし、貴重なお客様は海棠かいどう家にめればいいって理屈で、修繕費しゅうぜんひをケチってるんだよ。……部屋の中、気になる? 探索たんさくしたいなら、してもいいよ?」

「……いや、今はいい」

 もし、梗介に何らかの企みがあって、凛汰が一〇二号室に入ったとたんに、扉を外から無理やり閉められたら――凛汰は、美月と引き離される。きびすを返した凛汰は、階段を上がり始めたが、梗介がついて来ないので振り返る。

「どうした?」

「そこの砂道で、靴に小石が入っちゃったっぽい。先に行っててー」

「凛汰くん、遅くない? どうしたのかな?」

 頭上から、三隅の声が響いてくる。美月も、階段の途中で凛汰を待っていたようだ。凛汰は「いま行きます」と応じて階段を上がり、二階の突き当りに向かった。

「僕の二〇一号室へ、ようこそ。散らかってるけど、許してねぇ」

 三隅が二〇一号室の扉を開けると、バニラの甘みをはらんだ煙草たばこの香りがれ出てきた。1Kの部屋は、本棚が運び込まれている上に、書籍や紙束をあちこちに積んでいる所為か、隣室と同じ間取りとは思えないほどせまかった。ローテーブルにった灰皿には、煙草の吸殻すいがらが大量に押しつけられていて、イソギンチャクのような形と均衡きんこうを保っている。呆れた凛汰が靴を脱いでいると、遅れてやって来た梗介が「ねえ、記者さん」と三隅に声を掛けてから、ニイッと凛汰に笑ってきた。

「この扉は、開けっ放しにしてもいい? 凛汰が、僕を警戒してるみたいだからさ」

 先ほどの凛汰の葛藤かっとうは、どうやら気取けどられていたらしい。三隅は「いいよぉ」と気楽そうな声で了承りょうしょうしてから、梗介に引けを取らない辛辣しんらつな笑みで、言い足した。

「〝まれびと〟と〝憑坐よりましさま〟の巫女みこというひつじたちのつどいに、村人の蛇ノ目梗介くんというおおかみが交じっている状況を、実は怖がっている人が、この中にいるかもしれないからねぇ……? 逃げ道を確保しておくのは、賢明けんめいな判断だ」

「……へーえ? 僕は、狼じゃなくてへびだよ? 記者さんは、自分が狼じゃないって証明できるの?」

「他人の証明なんか、要らないよ? 僕が三隅真比人みすみまひとであることは、僕が一番知っているからねぇ?」

「記者さんってさ、生きるのが楽そうで羨ましいな。そういう、自分さえよければ他人なんかどうでもいいって精神、嘉嶋かしま先生とそっくりだね」

「おや、君は嘉嶋先生が嫌いなのかな? ということは、嘉嶋礼司れいじ大先生を殺害する動機どうきが、君にはある、ということだ。――君さ、実は犯人でしょ?」

「……。さあ? 僕だって知りたいよ? 誰が嘉嶋先生を殺したのかな?」

 梗介は、笑顔のままほこを収めた。三隅と話せば話すほど、己の本心が根こそぎ巻き上げられていくことを、早々に理解したに違いない。聡明そうめいさを評価した凛汰は、梗介に対する警戒心を引き上げながら、ハラハラと成り行きを見守っていた美月の様子も気にしつつ、散らかり放題の部屋に入った。口笛を吹く三隅は、床に転がった煙草の箱を蹴飛けとばして、来客が座れるスペースを作っている。

「三隅さん、借りてる部屋をヤニ臭くして大丈夫なんですか」

「全く大丈夫じゃないけど、実質ここは、僕が買い取ったようなものだから、大目に見てもらうよ。ああ、煙草臭くてごめんねぇ? 君たちの前では吸わないから、許してほしいな。扉を開けっぱなしにすることで、換気かんきになればいいねぇ」

 ローテーブルのそばで胡座あぐらをかいた三隅は、ニヤリと梗介に笑いかけた。梗介も、けろりと笑みを返している。美月は、ピリピリした空気に耐えかねたのか、今にも目を回しそうな顔で、三隅にならって床に座った。梗介も美月に続いて座り込み、最後に腰を下ろした凛汰は、正面の三隅に問いかける。

「美月から聞きましたけど、三隅さんは取材で櫛湊村に通ってたんですよね。教員寮に部屋を借りて、短期滞在を繰り返してたってことですか?」

「その通りだよ。海棠家のお二人は、村の暮らしについては取材させてくれたけど、肝心の〝姫依祭ひよりさい〟については、今まで断られてばかりでねぇ。条件つきの許可が出るまで、五年は通い詰めたかな。滞在期間を利用して、他の仕事を片付けることも多くてね。資料の運搬が面倒だから、海棠家と交渉して、ここを貸倉庫かしそうこみたいに使わせてもらっているというわけさ。決して少なくない料金を支払っているから、村の貴重きちょうな収入源になっているはずだよ? 村の皆さんが望んだ理想の〝まれびと〟として、お金という名のふくもたらしているわけだけど、ちっとも好かれやしないねぇ。ま、赤の他人から蛇蝎だかつのごとく嫌われたって、仕事に支障ししょうはないけどねぇ」

 ぺらぺらと喋る三隅の言葉を、梗介が「そんなことよりもさぁ」とさえぎって、凛汰に意味ありげな視線を送ってきた。

「凛汰は、さっき美術室の前で、面白いことを言ってたよね。油彩画『楽園の系譜けいふ』は、嘉嶋先生の死後に描き換えられた、って。その推理、僕にも詳しく教えてよ」

「梗介くん、私たちの話を聞いてたの?」

 美月は戸惑っているようだが、凛汰は特に驚きはしなかった。知られて困ることでもないので、軽い口調で「いいぜ」と応じて、場の全員を見回した。

「油彩画『楽園の系譜』は、ここにいる四人に、海棠夫妻ふさい帆乃花ほのか大柴おおしばって先生、親父を加えた九人が、ほぼ横並びでえがかれてるだろ。美月には昨日話した通り、あの絵の構図は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画『最後の晩餐ばんさん』を意識してると見て間違いないぜ。梗介も、学校の教科書で『最後の晩餐』を見たことがあるだろ? イエス・キリストと十二使徒しとたちが、横並びで食卓に着いていて、中央の席に座ったキリストが『弟子たちのうち一人が、私を裏切る』と予言したシーンを描いた絵だ」

「知ってるよ。裏切り者の名前は、ユダでしょ?」

「そうだ。十二使徒たちは、三人ずつのグループに固まっていて、親父がいた『楽園の系譜』も、総人数こそ異なるけど、俺たちが三人ずつのグループに分けられた点は同じだ。左側に、浅葱あさぎさん、楚羅そらさん、美月の神職しんしょく一家グループ。中央に、帆乃花、大柴、梗介の村人グループ。そして、右側に、三隅さん、親父、俺の〝まれびと〟グループ。『楽園の系譜』におけるキリスト役は、梗介なら誰だと考える?」

「そんなの、死んじゃった嘉嶋先生に決まってるよ。誰かに殺されたのは明らかな死に方だったし、ユダ役の誰かにやられたってことでしょ?」

「ああ。でもな、その場合、妙な疑問が生まれるんだよ。油彩画『楽園の系譜』と『最後の晩餐』に関連性を持たせるなら、ユダを告発こくはつするキリスト役の人間は、絵の中央に描かれるべきだ。それなのに、親父が所属する〝まれびと〟グループは右側で、立ち位置も俺と三隅さんの間だ。しかも、絵の中央に居座ってる人間は……」

「クソ教師の大柴じゃん。こいつがキリストの可能性は、万に一つもないよ?」

「安心しろ。俺も、こいつがキリストの可能性は、百パーセントないと思ってるぜ」

「君らって、大柴先生の悪口を言うときだけ、親友のように意気投合するんだねぇ」

 三隅が茶々を入れると、梗介は無言で薄く笑った。背筋が寒くなるようなすごみを、窓から入る白い光が照らしている。美月が、とりなすようにおずおずと言った。

「じゃあ、嘉嶋先生はキリストじゃないってことなの……?」

「いや、〝姫依祭〟で死んだ親父の配役はいやくは、キリスト以外あり得ない。にもかかわらず、自分を中央にえがかなかったからには、何か理由があるって話だ」

「その理由を、凛汰くんはどう推理したのかな?」

 三隅が、興味深そうにたずねてくる。推理を梗介に聞かれたところで、痛くもかゆくもないと言わんばかりの顔をしている。美月は心配そうにしているが、凛汰は頷いて見せてから、おのれの推論を口にした。

「生前の親父は、〝姫依祭〟で死ぬキリスト役が、誰になるか分からなかった。――つまり、と踏んでいたから、油彩画『楽園の系譜』に描かれた九人の立ち位置を、『最後の晩餐』と合わせなかった」

 美月は、よほど驚いたのだろう。「ど、どういうこと?」と訊いてくる。三隅は、仄暗ほのぐらい笑みを見せてから、さらなる問いを重ねてきた。

「実際に死亡したのは嘉嶋先生だけど、〝姫依祭ひよりさい〟で血祭ちまつりに上げられるキリスト候補こうほは、他にもいたかもしれない、ということか。凛汰くん、君の予想を教えてよ。それは一体、誰のことかな?」

「――〝まれびと〟です。すなわち、親父と、三隅さんと、俺だ」

 美月が、絶句ぜっくした。梗介は、馬鹿馬鹿しそうに目を細めている。

「意味が分からないよ? 〝姫依祭〟で〝まれびと〟が死んだら、村人から供犠くぎささげないといけないのに、なんで〝憑坐よりましさま〟を怒らせるような真似まねをするのさ」

「さあな。でも、実際に〝姫依祭〟で〝まれびと〟が死んだ以上、この状況を望んだ奴らが、櫛湊村の中にいる」

 言葉を切った凛汰は、声を低くして言い切った。

「殺された親父自身も、そのうちの一人だ」

「それは……私も、そんな気がする」

 ささやいた美月は、それきり押し黙った。嘉嶋礼司と最後に話した夕暮れ時を、回想しているに違いない。あのときの礼司は、言葉の端々はしばし別離べつりの気配をにおわせていた。そんな感慨を交えた情報を、梗介に与えても問題ないのか、吟味ぎんみした末の沈黙だろう。冷静で慎重しんちょうな判断を、凛汰は首肯しゅこうで受け入れた。

はりつけにされた親父は、最期さいごまで不遜ふそんな笑い方をしてやがったし、キリスト役を率先そっせんして引き受けたと考えるのが自然だ。ただ、本当に自分が死ねるのか、その場合はどんな最期を迎えるのか、親父が事前に把握はあくしていたとは思えない。もし把握していたら、親父は間違いなく、自分を『楽園の系譜』の中央に描いたはずだ。描き換えられた絵も、死に様の表現が的確だった。あれは、死後だからこそ描ける絵だ」

「じゃあさ、なんで嘉嶋先生は、せめて〝まれびと〟グループを真ん中にかなかったのさ。そのほうが『最後の晩餐』と合わせられるじゃん」

「梗介が言うように、そのほうが絵としての見栄みばえはいいだろうな。けどな、もし〝まれびと〟グループを中央に配置して、かつ親父が死んだ場合、名画『最後の晩餐』と照らし合わせることで、おのずとユダの位置も特定とくていされるだろ?」

「えっと……それのどこが駄目なの?」

 小首をかしげた美月は、直後に一つの可能性に思い至ったのか、ハッと目を見開いた。

「嘉嶋先生は、昨日の〝姫依祭〟で殺される覚悟かくごはしてたけど、自分が誰に殺されるのかは、分かってなかったってこと……? ユダの正体が分からないまま、キリストの位置に自分をけば、芸術作品としての整合性せいごうせいが取れなくなるから、絵の私たちを『最後の晩餐』になぞられた順番で並ばせるのは、やめにした……」

「俺は、そう考えてるぜ。親父は、ユダの存在は察知していても、正体が誰なのか分かっていない。あるいは、ユダの見当はついているけど、確証がない。または、裏切り者の正体をあばくことを、さほど重要視じゅうようししていない……親父にとっては、別の目的を果たすことが重要で、そのためにユダを利用した、って考え方もできるな。あいつが死ぬ気だったと仮定したら、想像できることが一つある」

「それは、どんなことかな?」

 三隅が、ローテーブルの向こうから身を乗り出してくる。インタビューを受けている気分になった凛汰は、少しげんなりしてから言葉を続けた。

「〝姫依祭ひよりさい〟で〝まれびと〟が死ねば、村人にキレてる〝憑坐さま〟を慰撫いぶするために、仕切り直しの〝姫依祭〟をり行って、供犠くぎを捧げる必要があるんですよね。親父のねらいは、この『二回目の〝姫依祭〟』だと思います」

「ますます意味が分からないよ? 嘉嶋先生は、一体何がしたかったのさ?」

 梗介が、唇を尖らせた。凛汰は、素気無すげなく「知るかよ。それをさぐるためにも、この面子めんつで話し合ってるんだろ」と突っぱねてから、話し忘れていた推論を付け足した。

「まあ、この仮説が正しいなら、海棠家の電話線を切った犯人について、考察のはばを広げることくらいは可能だな」

「電話線? そういえば、あれは誰が切ったのかな……」

 美月が、不安そうに考え込んでいる。凛汰は、念のため「美月。海棠家の電話が、最後にいつ使われたのか、覚えてるか?」と確認した。

「えっと……うん。凛汰が来た日の朝に、浅葱さんも楚羅さんも使ってたよ。〝姫依祭〟の準備で、村の人たちとやり取りをしてたから……」

「つまり、電話線は四月一日……〝姫依祭〟の当日に切られたわけだ。神域しんいき木船きぶねが炎上したとき、神事に参加していた村人の半数近くが、俺より早く下山げざんしていた。俺が海棠家に戻ったときも、台所に中年の女が一人、廊下にジジイが一人、大広間にも複数の村人がいたからな。容疑者ようぎしゃの絞り込みは困難だ。梗介、お前も大広間にいたよな」

 凛汰が視線で問うと、梗介は陰鬱いんうつな笑みを返してきた。〝姫依祭〟に参加しなかった蛇ノ目帆乃花にも、アリバイがないことを指摘しようか迷ったが、今はやぶをつついてへびを出す必要はないだろう。「ただし」と続けた凛汰は、推理の軌道きどうを修正した。

「電話線の切断は、〝まれびと〟を村から出したくない連中が、結託けったくして外界との連絡手段をっただけのことで、そこに村の権力者である海棠家や、海棠家を支える蛇ノ目家の意向いこうからんでいるかどうかは、さして重要な問題じゃない。犯人の特定は、無意味な行為だと見做みなしてたぜ。今は、考えを改めたけどな」

 三隅は、話の落としどころが読めたのだろう。くつくつと満足げに笑い出した。

「電話線を切った犯人は、誰なのか。この謎の答えが、特別な意味を持つ場合があるとすれば、それは『村人ではない人物が犯人』の場合じゃないかなぁ?」

「村人ではない……えっ、ひょっとして」

 美月も、すぐに察したらしい。凛汰は、力強く頷いた。

「〝まれびと〟を逃がしたくない村人か、村人に二回目の〝姫依祭〟を開催させたい親父か。昨日の海棠家は、人の出入りがさかんだったから、実際のところは分からないぜ。たとえ親父が電話線を切らなかったとしても、村人の誰かが早い者勝ちで切ったに決まってるからな。ただ、もし親父の狙いが『二回目の〝姫依祭〟』で確定なら、俺と美月が外部と連絡を取ることで、儀式ぎしき阻害そがいされたら困る、って考えても不思議じゃない」

 語り終えた凛汰は、正面の三隅をひたと見つめた。

「俺の考えは、伝えました。次は、三隅さんの番です。櫛湊村であがたてまつられている〝憑坐さま〟の正体について、三隅さんが立てた仮説を聞かせてください」

 三隅は、梗介をちらと見た。神事を支える蛇ノ目家の人間なら、神の真名まなを知っていて当然だ。そう言外げんがいに圧を掛けているような笑顔のまま、三隅は凛汰に向き直り、仮説をさらりと口にした。

八尾比丘尼やおびくにだよ」

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