2-4 死者の筆致
「一人目の
「もし美術室で人が死んでいたら、ここに集まった連中は、昨夜の〝
「それもそうか。じゃあ、確かめよっか。……はーい、お
廊下をずかずかと進んだ三隅は、
夜を塗り込めたような暗黒のキャンバスに
油彩画『楽園の系譜』に
「
「〝まれびと〟が〝憑坐さま〟を
「楚羅さまと浅葱さんにも、早くお知らせしないと……」
「
「
「嫌だッ、死にたくない! 僕は死にたくない!」
最後の
「この情けない大人が、第一発見者だよ。大げさに怖がっちゃって、
「
「いいよー」
「今朝、このクソ
「梗介の証言に、間違いはないな? おい、返事くらいしろ」
凛汰が声を
「あんた、いつも朝に校舎の見回りをしてるのか? それとも、今日だけか?」
「えっ……い、いつもだよ。なんで、そんなことを訊くんだい?」
大柴が、硬い薄笑いを凛汰に向ける。同じタイミングで、三隅に詰め寄った老人たちが「あの
「この素晴らしい油彩画は、嘉嶋先生が僕に
「そんなことよりさ、もっと
「……。絵が変わった箇所について、断言できることが一つあります。これは、親父の
どよめきが、美術室を駆け巡った。梗介が「じゃあさ」と冷静に口を
「嘉嶋先生は、いつ絵を描き換えたのかな。あっ、その前に、実は絵が二枚用意されてた、って可能性も考えたほうがいいよね。嘉嶋先生が生きてるバージョンと、死んでるバージョンの二枚あって、誰かが絵をすり替えて、美術室に飾ったとか」
「いや、その可能性はゼロに近いな。俺は、昨日の昼下がりに、この絵を美月と確認した。絵が変わった箇所は親父だけで、その他は全て昨日見た『楽園の系譜』と完全に一致することを、嘉嶋礼司の
「んー、いいよ。信じてあげる。ここで嘘をついたって、凛汰にメリットなんてないだろうしさ。村のみんなも、納得してあげたらいいんじゃない?」
村人たちは、不満そうな顔をしていたが、最初から異論はないようだ。頷いた梗介が「じゃあ、改めて。この絵は、いつ描き換えられたのかな?」と発言すると、鼻で笑った者がいた。――三隅だ。梗介の顔から、のんきな笑みが消失する。三隅は、意味深に笑いながら語り始めた。
「昨日の昼下がりから、大柴先生に発見された今朝までの間に、絵が描き換えられたことになるよねぇ。そうだ、
美術室じゅうの視線が、再び凛汰に集中する。予想済みの展開なので、凛汰は「画力
「確かに俺は、親父の筆致を
「父君の実力を認めて、
「そりゃどうも」
「素直じゃないねぇ。さて、話を戻そうか。凛汰くんの証言を踏まえると、我々が推理すべきポイントが、整理されてきたんじゃないかなぁ?」
「記者さん。まどろっこしい言い方はやめて、はっきり話したら?」
梗介が、眉を
「絵を描き換えたのは、嘉嶋先生ご本人。ならば、描き換えが行われたのは、昨日の〝
「昨日の夕方までに、この絵を美術準備室まで見に来た村人はいるか?」
「いるわけないじゃん。村のみんなは、その絵が大嫌いなんだからさ」
――確か昨日、凛汰を櫛湊第三中学校へ案内した美月が、学校の
常識的に考えれば、油彩画『楽園の
美月は――油彩画『楽園の系譜』に、
「あの人の絵は、決して、誰にも、
「……。お前は、誰だ?」
思わず発した呼び掛けが、世界に喧騒を呼び戻した。
「あ……わ、ごめん! えっ、でも、なんで?」
「いってぇな……まあ、別にいいけど。それより……美月、覚えてないのか?」
「……何の、こと……?」
美月の表情が、みるみるうちに
――『〝憑坐さま〟は、巫女の身体を
「……。美月、心配するな」
「でも……」
「俺は、お前と村を出る約束はしたけど、本当の名前すら明かさない神様まで連れていく気はないからな。……乗り掛かった船だ。そいつは、俺が何とかしてやる。でも、今だけは、そいつの後押しに感謝してやってもいいぜ」
「後押し……?」
美月は、目を
「なぁに、内緒話? メモを取ってもいいかな?」
「油彩画『楽園の系譜』は、嘉嶋礼司の手によって〝
三隅は、
「
「どういう心境の変化かな。僕みたいな
「あんたは、俺に『ここはすでに
「凛汰……」
言葉を
「ここは騒がしいから、続きは僕の部屋でどう?」
凛汰が
三人で振り返ると、美術室の引き戸の
「僕も、一緒に行かせてもらうよ? 凛汰たち三人が、僕らにとって迷惑な動きをしないように、
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