2-12 検死
神事を
「
絶叫と
「動くな、梗介! それ以上、遺体に触るな!」
「うるさい!」
泣き崩れていた梗介が、赤い目で振り返った。瞳で
「
「あんた、正気か? 自分が何を言ってるのか、分かってるのかっ?」
「君こそ、冷たいじゃないか。悲しむことさえ、僕たちには許されないのかい? 僕だって……大切な教え子が、こんなことになって、つらいんだよ……」
垂れ目を痛ましげに細めた大柴は、帆乃花に近づこうとした。共にここまで来た老人たちは、
「
大柴は、
「帆乃花の身体を見るな……それ以上近づいたら、殺す……二人目の供犠は、お前を〝
「〝まれびと〟の言葉に従って、帆乃花から離れなさい」
「嫌だ! ふざけんな! 浅葱さんも、帆乃花に近づくなっ!」
浅葱の
「私が、帆乃花ちゃんの遺体を調べる」
神域じゅうの視線が、名乗りを上げた少女に集中した。美月は、崖の始まりに位置する鳥居の手前で、悲哀と覚悟が
「梗介くんが、浅葱さんたちを帆乃花ちゃんに近づけたくないのは、皆さんが男の人だからでしょ? 帆乃花ちゃんの身体を、男の人に調べさせたくないんだよね。でも、私は……女だから。お願い、梗介くん。私に、帆乃花ちゃんを調べさせて。梗介くんだって、帆乃花ちゃんをこんなふうにした犯人を、見つけたいでしょ……?」
美月の声は、
「……美月ねえなら、いいよ。それに、蛇ノ目家の僕は、海棠家で〝憑坐さま〟の
梗介に話し掛けられた村人たちは、びくりと身を
「ありがとう、梗介くん。……大柴先生、もっと下がってください。帆乃花ちゃんの身体を見ないで」
「わ、分かったよ……」
大柴は、後ろ髪を引かれたような顔で、鳥居の向こうまで後退する。浅葱は、美月に気遣わしげな目を向けたが、何も言わずに大柴の後に続いた。そんな
「凛汰も、それでいいよね?」
「ああ」
頷いた凛汰は、美月に軍手を手渡した。
「美月。帆乃花の検死を、頼んだ。細かい指示は、俺が遠くから出す」
そう言って、凛汰も鳥居の向こうまで離れると、ようやく梗介も立ち上がった。帆乃花から数歩だけ距離を取って、美月に場所を
「帆乃花ちゃん、ごめんね。私に身体を触られるなんて、嫌だよね。でも……お願い。調べさせて。帆乃花ちゃんを殺した人を、必ず見つけるから」
「土の匂いがする……それに、ちょっと甘い……バニラみたいな……
「煙草? 美月、近くに
「ないみたい……でも、帆乃花ちゃんの髪に
美月は、己の長い髪を耳に掛けて、毛先が遺体に触れないように整えてから、顔を帆乃花の側頭部に少し寄せた。「やっぱり、煙草の匂いがする」と繰り返した表情からは、遠目にも
「この村に、
問い掛けても返事はなかったが、
「帆乃花が、こっそり煙草を吸っていた可能性は?」
「ゼロに決まってるじゃん。そもそも、手に入らない物を吸えるわけないよ」
梗介が
「ああ見えて、純粋で真面目な子なんだ。彼女を見てきた教師の僕が、保証するよ」
「……純粋で真面目な子、か」
すなわち、
「帆乃花ちゃんの髪……煙草の灰だけじゃなくて、少しだけど、土も絡んでる。それに……血で髪が固まって、
美月は、先ほどよりも身体を屈めて、帆乃花の後頭部を覗き込んでいる。凛汰も目を
「ひどい怪我……血と髪で見えづらいけど、どこかでぶつけたか、何か
「……乱暴された形跡は? 見て分かる範囲で構わないから、教えてくれ」
「……分かんない……あったとしても、こんなに
美月が、
「痣は、背中にもあるのかな。……帆乃花ちゃん、ごめんね。ちょっと動かすね」
帆乃花を
「美月。帆乃花の背中を、
「え? う、うん」
軍手の指先が、痛々しい背中を、ぐっと押した。「これでいい?」と自信なさそうに訊いてきた美月が、遺体の背中から手をどける。肌の色は、赤紫色のままだった。凛汰が頷いて見せたとき、帆乃花の遺体と凛汰の間に、梗介が真顔で割り込んだ。
「僕は、見るなって言ったよね? 凛汰、死にたいの……?」
「親の不始末って、どういうことだ?」
村人たちは、一斉に口を
「帆乃花ちゃんと梗介くんのお父さんは、私が櫛湊村に来る少し前に、亡くなられたと聞いています。それ以上のことは、何も知らされていません。でも、二人のお父さんが、事件と関わっている可能性がゼロじゃないなら……犯人を見つけるために、私たちも知るべきだと思います」
遺体に寄り添う美月は、
「昨年の……ハナカイドウが咲き始めた、ちょうど今頃だったか。蛇ノ目家の当主だったあいつは、ふらりと東京に行ったきり、帰ってこなくなった」
「
「東京で
暗い熱気を帯びていく
「あの娘が、一か月たっても父親が帰らないことについて、なんて言ったと思う? 『お父さまだって、こんな村は嫌だったってことでしょ? 親が
「そうか」
「帆乃花のことは、最後まで好きになれなかったけどな、少しくらいは同情するぜ。遺体を前にしても、クソッタレな毒しか吐けないような大人たちに囲まれた毎日は、さぞ退屈で鬱陶しくて面倒臭かっただろうな」
村人たちは、頬を
「親父が死んだ夜に……海棠家の台所にいた女か?」
「このたびは、娘のことでお騒がせして、申し訳ございません……」
そういえば、梗介と初めて出会った際に、母親は足が悪いと聞いていた。隣に並んだ村人たちは、どことなく持て
「なぜ、謝るんだ?」
「……私たちが、〝憑坐さま〟のために生き、〝憑坐さま〟のために死ぬことは、当然のこと……されど、蛇ノ目家の者である以上、海棠家にお仕えする
「だから、謝るってわけか」
吐き気を
「美月。昨夜は、じゅうぶんな荷造りができなかっただろう。山を下りたら、うちに上着を取りに来なさい」
「……ありがとうございます。でも、私……」
ぎこちなく答えた美月は、浅葱との接し方を
村から初めての
背後からは、
「……浅葱さん。楚羅さんは、今、どこにいますか」
浅葱が、凛汰を振り向いた。はっきりと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます