1-11 美月の決断
「美月。親父を
「身代わり……」
美月が
「美月ちゃんさぁ、『
美月の顔が、真っ青になっていく。
「
手帳とペンを構えた三隅の隣で、
「この村の人たちはね、美月ちゃんに供犠を引き受けてほしくて、
「よそ者は
「うるせえよ」
「美月から聞いたぜ。
村人たちは、凛汰からことごとく目を逸らした。凛汰は、俯く楚羅に視線を定めた。
「十八年もの間、ただの一人も巫女を続けられないなんて、そんなことが起こり得ると思うか? 絶対に、裏があるに決まってる。この怪しさの理由を、ひとまずお前らの思想に
美月の件に関しては、
「楚羅さん。もし美月が死んだら、〝憑坐さま〟の巫女は、あんたに戻るのか?」
「……ええ。〝姫依祭〟に参加した者は、〝憑坐さま〟の巫女になる資格を得ます。美月が果たせないお役目は、同じく資格を有する私に、自然と推移することでしょう」
「なるほどな。お前らが美月を供犠に選んだ理由が、読めてきたぜ。〝憑坐さま〟の巫女を継いだ美月も、歴代の巫女たちのように、長続きせずに死ぬかもしれない。それなら、短命の可能性がある美月は、ここで生贄として使い捨てて、確実に巫女を務められる楚羅さんに、引き続き〝憑坐さま〟の巫女をやらせようって
楚羅は、まだ顔を上げない。引き結んだ唇の
「お前らにとって美月は
「黙れと言ってるだろう!」
老翁の一人が、凛汰に掴みかかった。
「そのまま殺してみろよ。俺は〝まれびと〟なんだろ? 俺を殺せば、お前らだってただじゃ済まないはずだ。三隅さんから聞いたぜ。『十九年前の〝姫依祭〟が終わってからしばらくは、多数の死者・行方不明者が出て、〝憑坐さま〟の
凛汰の首元から、手が離れた。
「それだけじゃない。お前らは、歴代の巫女たちが〝
村人たちは、ばつが悪そうに余所見をした。だが、中には先ほどの老翁のように
「〝憑坐さま〟が、本当に生贄を求めているなら、
天井の広い大広間に、凛汰の
「美月が、村に
言い返す者は、誰もいなかった。代わりに、パチパチと
「へー、やっぱり
「梗介。俺と会ったときに、まれびとのことを『
梗介は、素直に頷いた。挑戦的な笑みで「それがどうしたのさ」と訊ねる少年は、凛汰が選んだ会話運びを、どうやら察しているらしい。
「三隅さん。〝姫依祭〟のときに、
三隅も、すんなりと頷いた。「言ったねぇ」と認めた顔は、先ほどの梗介と同様に、きっと凛汰の意図を見抜いている。確認を済ませた凛汰は、次に美月を見た。
「美月。櫛湊第三中学校の美術準備室で、親父の絵を見たときに『憑坐さま〟が関わることは、〝憑坐さま〟のお声を
凛汰が、油彩画『楽園の系譜』を美月の手引きで見たことを、もう隠す必要はないだろう。美月は、まだショックから立ち直れていない様子だが、話し掛けられて正気に返ったのか、おっかなびっくり頷いた。凛汰は、問いを畳みかけた。
「
「そんなこと……考えたこともなかった。でも、〝憑坐さま〟は〝まれびと〟を
美月は、楚羅の顔色を
「つまり、この場には『
「凛汰くん、僕を忘れてるよぉ。『現人神』は三人に訂正しておいて」
三隅が、くだらない要求をしてきた。凛汰は「そうでしたね」と
「だいたい、
美月が、
「さっき村の人が言ったように、誰かを供犠に選ばないと、僕らよりも先に〝憑坐さま〟が選ぶんだ。警察が〝姫依祭〟を妨害したら、かえって犠牲が増すかもね」
「どうしても、誰かを供犠に選ぶって言うんだな?」
「うん。〝憑坐さま〟を
「……。それなら、俺は。この村に閉じ込められている間に、嘉嶋礼司殺しの犯人を見つけ出して、お前らの前に突き出してやる」
梗介は、凛汰の意図を読んだらしい。にんまりと嫌らしい笑い方をした。
「それってさぁ……『この状況を作った〝まれびと〟殺しの犯人を、新しい供犠の候補として提案するから、今は供犠を選ぶのをやめろ』ってことだよね?」
「へえ、そう
凛汰は、美月の正面に立った。美月は、光を失くした目で凛汰を見上げた。大勢の人間に死を願われたのだから、深く傷ついて当然だ。美月が供犠に選ばれかけた瞬間から、言おうと決めていた
「櫛湊村を捨てて、俺と来い」
美月が、
「美月は、俺に道案内をしたときに『ハナカイドウの実は、見たことも食べたこともない』って言ったよな。このままだとお前は、村のハナカイドウが実をつける前に、こいつらに殺されるぜ。ここで無知なまま死ぬことに、お前は納得してるのか? ……してねぇだろ。これっぽっちも。生きる気があるなら、俺と来い。こいつらが隠した知識は、俺がお前に与えてやる。こんなクソ
美月の瞳が、
「お前を
美月の目から、涙が零れた。電灯を反射する瞳に、
「私は……凛汰に、ついていく」
絶望のどよめきが、大広間を
「私は、死にたくない! 生きたい! 私の言葉が、〝憑坐さま〟の言葉なら……皆さんは、私の命令に従う義務があります。どうか、供犠を選ばないで。私も……嘉嶋礼司先生を殺した犯人を、凛汰と一緒に見つけるから」
父を殺した犯人は、この中にいるのかもしれない。一人ずつ観察した凛汰は、最後に隣の美月を見る。美月は、よほどの勇気を振り
「いい顔だ」
― 第1章 知恵の実 <了> ―
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