1-10 儀式に臨む者
「警察と消防に連絡してください。ここからなら、
「ああ……まずは、山を下りよう」
火の見張りとして数名の村人を神域に残して、神職一家と共に
「
「ええ。祭りの夜だけは、人の出入りが多いものですから……」
楚羅が、涙声で答えた。泣き
引き戸の近くで靴を脱ぎ、上がり
「警察と消防には、連絡しましたか」
中年の女は、
無言で周囲を見渡すと、縁側に続く左側の廊下に、日中にも出会った
「警察と消防には、連絡しましたか」
「……」
「これをやったのは、お前らか?」
切れた電話線を
「ああ、美月、目を覚ましたのね……」
「楚羅さん……私……」
ほどけた黒髪を背に垂らした美月は、ぼんやりと辺りを見回していたが、楚羅の後ろに立った凛汰に気づいたことで、意識が
「夢じゃなかったんだ……嫌あぁっ、
「ねえ、美月。貴女は、木船で倒れたときのことを覚えてる?」
「途中までなら……凛汰と暗幕を燃やして、嘉嶋先生に気づいて……そこからは、もう覚えていません。倒れたって実感もなくて……全部、夢だと思ったのに……」
「そう……それなら、やはり貴女が、現在の〝
「え?」
「〝憑坐さま〟は、巫女の身体を
楚羅は、さも当然のように、声に
「美月から離れろ」
「……ええ、分かりました」
楚羅は、素直に従った。ゆらりと
「知ってたのか? 巫女を継げば、こうなることを」
「知らない……聞いてない……〝憑坐さま〟のお声を聞いて、
「……泣いてた。親父が死んだことを、悲しんでた」
美月は、潤んだ目を
「一番泣きたいのは、凛汰なのに。もう泣かないから……」
「代わりに泣いてくれるほうが、
「凛汰……?」
「
そのとき、頭上から影が差した。顔を上げると、
居間に戻ってきた楚羅も、
神職一家の三人は、大広間の
「〝憑坐さま〟は、今回は何人連れていかれるおつもりなのか……」
「その前に、選ばなければ……
「一人なら二人、二人なら四人、三人なら六人……」
「浅葱さんも、さぞ胸を痛めておいででしょう……」
「
「凛汰くん、お疲れー。大変なことになったねぇ」
最後に聞こえた声だけは、場違いなほど能天気で大きかった。ひらひらと手を振る三隅を、隣の大柴が「そんな言い方は、よくありませんよ」と
「君のお父さんのこと、本当に残念だったね。僕も、ショックで混乱しているよ」
「そんなふうには見えませんが、どうも」
凛汰は、
「
捧げられた――言葉選びが、
「〝姫依祭〟で〝まれびと〟が一人亡くなれば、櫛湊村の者を二人差し出し、〝まれびと〟が二人亡くなれば、櫛湊村の者を四人差し出す。〝まれびと〟が三人亡くなれば、櫛湊村の者を六人差し出す……村に福を
凛汰の隣から、ククッと
「では、〝まれびと〟の僕と凛汰くんの二名は、その『儀式に臨む者』とやらの候補から、外していただけるという理解でよろしいかな?」
村人たちが色めき立つ気配が、さざ波となって伝わってくる。一人の老翁が「なんだと」と抗議したが、浅葱が「
「先ほどの〝姫依祭〟は、危険なお祭りでしたからねぇ。僕と凛汰くんを『儀式に臨む者』とやらに選んで、もし〝まれびと〟の身にまた何かあれば、本末転倒だってことは、皆さんだって分かってるくせにぃ。あ、それとも、そんなに嫌なの? その『儀式に臨む者』とやらに、自分が選ばれるのが」
「記者さん、そんなことないよ?」
そう答えたのは、
「〝憑坐さま〟を
「ふうん? じゃあ、君がやれば? 蛇ノ目梗介くん。ああ、ここにいない帆乃花ちゃんと一緒にやればいいじゃん。ほら、これでぴったり二人揃うよ?」
三隅が、パチンと指を鳴らした。先ほどの老翁も、
「帆乃花は駄目だよ」
梗介の声音が、急激に冷えた。顔に貼りついた笑みの名残も、瞬く間に消え失せる。
「蛇ノ目家の当主として、反対するよ。帆乃花を選ぶなら、もう一人の村人は、お前たちの中からあみだくじで決めてやるから」
「蛇ノ目の
「蛇ノ目家の権限だよ? 村のみんなは、父さんの世話になってきたんだよね? 生前の父さんは、村のために身を
浅葱が、目元に
「〝まれびと〟の
三隅が、凛汰に
「僕が……? 困ったな、
「ふうん。信仰心の強い村人ねぇ……」
三隅が、ニヤニヤと笑いながら腕組みをした。大広間を飛び交う視線が、村人たちの間で
「わ……私……?」
美月が、戸惑いの声を上げた。村人の一人が「美月ちゃんなら、安心だ」と言って、他の村人も「そうよ、美月ちゃんなら!」と同調する。先ほどまでと打って変わって、声には不自然な張りがあり、皆が笑顔を振り撒いていた。
「でも、私はまだ村に来てから一年もたってなくて、大柴先生よりも短くて……」
心細そうな美月の声に、村人たちが
「資格を得ただけではありません。美月は〝憑坐さま〟の巫女を継承しました」
――水を打ったような静けさが、大広間を包み込む。直後に、耳を
「おめでたくなんか……ありません。凛汰のお父さんが、亡くなったのに……! 誰かに、殺されたかもしれないのに! 楚羅さん、浅葱さん、こんなことをしてる場合じゃありません。早く、警察に連絡しなきゃ……」
「お待ちなさい、美月。貴女は、ここにいなくてはなりません」
「楚羅さん、どうして? ……浅葱さん、浅葱さん!」
立ち上がりかけた美月を、楚羅の手が押し留めた。浅葱は、悲痛な顔で俯くだけで、養女の訴えに耳を貸さない。村人たちも同様だが、今にも
「くぎ?」
村人たちの間に、明らかな緊張が走った。だが、美月のきょとんとした顔を見るや否や、
「頼む、美月ちゃん。巫女としての
「巫女としての、務め……?」
「〝憑坐さま〟のお怒りを鎮めるために、美月ちゃんが必要なんだ。
「巫女である美月ちゃんの言葉は、すなわち〝憑坐さま〟のお言葉だ。美月ちゃんが
「〝憑坐さま〟の仰せのままに」
「〝憑坐さま〟の仰せのままに!」
「〝憑坐さま〟の仰せのままに……!」
「本当に、それでいいのか?」
「お前は、本当に、それでいいのか?」
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