1-3 櫛湊第三中学校
「この学校、教師は何人いるんだ?」
「四か月前から来てくださった
美月の説明を聞きながら、凛汰は校舎の一階を
「失礼します……誰もいない。校舎に
「田舎って、
「ちゃんとしてるよ。……あ、でも学校は開けっ放しかも。夜中に
美月は、
「どうした?」
「えっと……教室に、誰かいるみたい。たぶん、
気が進まない様子の美月は、
「
「
海棠、の部分に力を込めたタメ口が、刺々しく響き渡る。廊下に残った凛汰の元に、
「
げんなりした凛汰は、よほど『じゃあ、補習を受けに来たお前はどうなんだ?』と
「わ、私がここに来たのは、
凛汰も教室に踏み込むと、
「……〝まれびと〟? また? あはっ、嘉嶋先生の子どもが、お父さんに会うために、わざわざこんなド
「
「失礼って何? 言いたいことを好きなように言って、何が悪いの? ま、村のジジババ共がうるさいから、
「美月。さっき、こいつの体調を心配してたな。どこか具合が悪かったのか?」
「うん。昨日、村のみんなが〝
「あれぇ、海棠先輩、今日は東京の私服じゃないんですかぁ? 卒業式の翌日に、授業で
「あれは、元から持ってた服だってば……大柴先生に会ったのも偶然で、用があったのは美術室なのに……」
「……なるほどな。こいつの所為か」
海棠家を出る前に、美月が私服ではなく制服に着替えた理由が、よく分かった。養父の
「卒業した学校に、どんな格好で来ようと自由だろうが。美月が東京で買った私服が
帆乃花は、あんぐりと口を開けた。美月が、
「自己紹介がまだだったな。俺は、東京から来た嘉嶋凛汰だ。来週から東京の学校に通う高校一年生で、お前も知っての通り、東京からド田舎にやって来た画家・
「海棠先輩っ、こいつ何!
「言いたいことを好きなように言って、何が悪いんだ? お前が、さっき美月に言った
顔を真っ赤にして
「あんた、面白いじゃん。でも、残念でした。嘉嶋先生、学校にはいないよ」
「そうか。それなら、教員寮を
「嘉嶋先生に、何の用事があるの?」
「連れ戻すんだよ。東京にな」
「じゃあ、美術の先生、辞めるってこと?」
「そういうことになるな」
中学校の人員不足は、櫛湊村の問題だ。嘉嶋礼司を東京へ連れ戻すことに、凛汰は引け目を感じない。
「
「帆乃花でいいよ。蛇ノ目なんて名字、
「……へえ」
再び相槌を打った凛汰は、小さく笑った。帆乃花が、
「何よ」
「いや、詩的な表現が中二っぽいなって思っただけ。あ、来週から中三か」
「……やっぱりムカつく! 死ね! 海棠先輩も、何見てんの! 用が済んだなら、早く出ていって!」
「ご、ごめんね。凛汰、もう行こう」
「はいはい、邪魔したな」
がらんどうの教室を出る前に、振り返った凛汰が「ありがとな。帆乃花のおかげで、親父の暮らしが、また少し分かった」と礼を言うと、
「あんたみたいな変人なら、あたしの弟と仲良くできるかもね。あと、さっき海棠先輩のことを『よそ者』って言ってたけど、信仰心が
「……。ああ。よく分かったよ」
「凛汰ってば! 帆乃花ちゃん、じゃあね!」
美月に腕を引かれた凛汰は、教室を
「怖かった……びっくりした……」
「あれくらいでビビるなよ。相手は年下のガキだろ」
「怖いのは、凛汰の言い方! びっくりしたのは、帆乃花ちゃんの態度……帆乃花ちゃん、どうして凛汰を許したのかな。私、まだ信じられない……あんな言い方をされたら、いつもなら絶対に、手がつけられないくらいに怒るはずなのに……」
声を潜めた美月は、心底驚いているようだ。混乱を鎮めるように黙してから、美月なりに謎の答えを見つけたのか、凛汰を見つめて、薄く笑った。
「凛汰が、村の外を知ってる人で、話しやすい人だからかな……私も、いつかは凛汰みたいに、帆乃花ちゃんと話せるようになれるかな」
美月が持っていたはずの自信は、帆乃花と学生生活を送る日々の中でも、少しずつ剥がされていったに違いない。目を逸らした凛汰は、ぼそりと言った。
「……さあな。俺だって、嫌われてると思うぜ」
「気を使わなくてもいいのに。あ、でも、お礼は言わないからね」
「ん?」
「さっきの暴言のこと。凛汰は、私のためじゃなくて、帆乃花ちゃんに言った通り、自分が言いたいことを、好きなように言っただけでしょ? なんとなく、凛汰がどんな人なのか、少しずつ分かってきた気がする」
そう言って笑った美月の顔は、今までに見た中で最も明るかった。凛汰が返事に
「でも、あんな言い方、もうしちゃだめだからね。さっきの暴言は、私と凛汰と帆乃花ちゃんの、三人だけの秘密にして」
「な、なんでだよ」
「帆乃花ちゃん、ナイーブな子だもん。凛汰の言葉が村じゅうに広まることを、本心ではすごく恐れてるよ。たとえ相手が家族でも、あの子なら隠すと思うから」
「……お人好しだな。なんで、あんな奴を庇うんだか」
凛汰が嘆息したとき、ちょうど廊下を歩いてくる人影を見つけた。相手もこちらに気づいたようで、少し焦った声音のテノールが、凛汰と美月に向けられた。
「美月ちゃん。校内に部外者を勝手に入れちゃ、駄目じゃないか」
美月を目指して近づく男は、いかにも教師然としたシャツとズボンとベスト姿で、年齢は三十歳前後だろうか。体格は
「驚かせてしまって、すみません。でも、この人は部外者ではありません。嘉嶋先生の息子さんで……」
「どうも、嘉嶋凛汰です。親父の
紹介の言葉を
「事情を知らなくて、すまなかったね。僕は、教師の
「同い年です。それじゃあ、俺たちは急ぐので」
「俺たち、って……美月ちゃんと、どこに行くのかな?」
「私たち、嘉嶋先生を
「そうなんだ。美月ちゃん、僕も一緒に行こうか? ほら、〝まれびと〟には説明しないといけないことが、たくさんあるだろうからさ」
「いえ、大丈夫です。大柴先生は、帆乃花ちゃんの勉強を見てあげなくちゃ」
「ああ、そうだね……補習を受け持っていたんだった。僕も〝姫依祭〟のことで頭がいっぱいで、今日は上の空みたいだ」
「先生も、
「うん、祭りの夜に会おう。凛汰くんも、あとでね」
凛汰に笑いかけた大柴は、教室の引き戸を開けて、室内に消えた。「待たせたね、帆乃花ちゃん」と呼び掛けた
「待って、凛汰。教員寮に行く前に、連れていきたい場所があるの」
そう言ったきり口を閉ざした美月は、階段とは反対の方向に歩き出す。帆乃花と大柴に聞かれたくないのだと悟ったとき、じゅうぶんな距離を
「美術準備室に、嘉嶋先生の絵を飾ってるの。あの絵を見れば、海棠神社で
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