1-2 天涯孤独
平屋の玄関から、
「海棠家
「ええ、まあ。自転車は、
「那岬町か。
「はい。
「
「それなら美月、中学校と教員寮まで、
「わ、私が……?」
「
「それは……そう、だけど、でも」
「楚羅。美月も忙しいんだから、凛汰くんの案内は、私が……」
「あら、
「わ……分かりました。
大人たちの会話に
「こちらこそ。行き先が学校でも、君が一緒なら安心だ」
「学校でも?」
「ああ、ごめん。こちらの話だ。高校生になる美月には、関係なくなることだから」
「そうだわ、凛汰くん。
「……。ヒヨリサイ?」
凛汰が楚羅に訊き返したとき、玄関の引き戸がガラガラと開いた。「お待たせ!」と言った美月は、よほど急いで着替えたのだろう。意外な早さに驚いた凛汰は、さっきまで
「その制服、中学校と高校、どっちのだよ」
「中学校、だけど……」
「卒業した学校の制服を着たらコスプレになるって、先生に教わらなかったのか?」
「ほ、放っておいてよ。高校の制服は、
「それじゃ、巫女さん。道案内よろしく。海棠さん、神社の近くに自転車を停めましたけど、構いませんか?」
「今は問題ないけど、君がここに戻るときには、場所を移してもらおうかな。……重そうな荷物だね。貴重品だけ
「ありがとうございます。でも、荷物は平気です。それじゃあ、またあとで」
「うん。いってらっしゃい」
浅葱の穏やかな声に、楚羅が「お気をつけて」と声を
「なあ、ヒヨリサイについて教えてくれ」
「……あなたって、すごいね。初対面の人と話しても、全然
「物怖じなんかしてる
「そういうところ、
声音の弱々しさから、今の
「〝
「……日頃の感謝、ねえ。ヨリマシさまは?」
「〝
「海上安全と、夫婦和合……ふうん」
「今日の
「……〝憑坐さま〟の巫女? それは、普通の巫女とは違うのか?」
歩調を早めた凛汰は、美月の隣に並んだ。こくりと頷いた美月が、何かを打ち明けかけたとき、しゃがれた声で「美月ちゃん」と呼び掛ける者がいた。進行方向で田畑を
「こんにちは。こちらの方は、嘉嶋先生の息子さんです。皆さんには、今日の〝姫依祭〟のあとで、
そんな予定は、聞いていない。それでも、とりあえず話を合わせるつもりでいたが――『嘉嶋』の名が
「……ごめんね。村の人たちに、悪気はないの」
「お前が謝ることじゃないだろ。クソ親父の奴、
美月は、ますます気まずそうに
「この花が、さっき〝
「いや、知らなかった。他にも、知ってることを教えてくれるか?」
頼られたことが嬉しいのか、美月の表情が明るくなる。
「ハナカイドウは、桜と同じバラ科のお花なの。桜の花期が終わる頃に、入れ違いで咲き始めるのが一般的だけど、今年は暖かいから、開花がいつもより早いみたい。
「へえ。食えるのか?」
「どうだろう……ハナカイドウは、
「よく美人に例えられる花で、綺麗な人がうちしおれた様子を言い表した『海棠の雨に濡れたる
「ずいぶん詳しいんだな」
「うん。櫛湊村のことを、頑張って勉強したから」
「ここは港町だと思ってたけど、ハナカイドウの村だったんだな。おかげで、よく分かったよ。村を
「……私の家は、確かに特別だと思う。でも、私自身は特別じゃないよ」
山の
「私、海棠家の
「そうか」
「驚かないの? あ……私が、二人に
「いや、敬語を聞くよりも前だ。自己紹介を聞いたときから、そうだろうなと思ってたぜ。『海棠』って名乗ることに、慣れてない感じがしたから」
美月は、目を丸くした。それから、寂しさを素直に認めた顔で、微笑んだ。
「物心ついたときから、私にはお母さんがいなくて、お父さんと東京で二人暮らしをしてたんだ。でも、お父さんが一年前に亡くなって……身寄りのない私は、施設に入るしかなかった。でも、養子に来ないかって申し出てくれたのが、海棠さんなの」
気づけば、砂利道が
「海棠家の養女になる前の名字は、
「……じゃあ、やっぱり俺と一緒だな」
「一緒?」
「年齢だけじゃなくて、東京から田舎に来たってところが。すごい偶然だよな」
「あ……ほんとだね。えっと……あなたのこと、嘉嶋くん、って呼べばいいのかな」
「凛汰で。親父と同じ呼び方は、嫌だから。それと、俺自身は、お前が『海棠』でも『
「……凛汰って、変な人」
こちらの呼び捨てに対して、すぐに呼び捨てで応じた美月は、決して
「着いたよ。春休み中だけど、先生はいるから。嘉嶋先生も、来てるといいな」
開け放たれた校門の前で、美月が足を止めた。フェンスに囲われた
「村の中学校は、第一と第二もあるのか?」
「昔はね。この学校も、
「昔は、子どもがたくさんいたんだな」
「そうみたい。この村では、若い
「この村に、高校はあるのか?」
「ないよ。隣町の高校を受験して、
美月は、何でもないことのように言って、グラウンドに入った。長い髪とプリーツスカートを揺らして振り向き、凛汰に
「凛汰が、嘉嶋先生を東京に連れ戻すよりも、私が村を離れるほうが早いと思う。短い間だけど、よろしくね」
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