泡沫の夢

夏場

第1話

プロローグ


教卓の前で、教授は緩やかな文字の流れに手を任せる。

「世の中は 夢かうつつか うつつとも 夢とも知らず ありてなければ」

チョークを置いて、それをじっくりと見る。そして授業を受ける彼等に向かう。

「この短歌の意味、わかる人いますか?」

50人ほどの前でそう呼びかけても、一向に手が挙がる気配がないのを察して教授は早々に説明を始めた。

「これはね、世の中は夢なのか現実なのかわからない。私には現実とも夢とも分からない。それは有ってないようなものであるから、ってそういう意味です。古今和歌集の巻第18の歌です。ちなみに作者は不明。そこがいいんだけどね」

教授は続ける。

「当時はね、夢のもつ価値は凄かったの。当然今みたいに潜在意識の現れだとか睡眠の質の影響によるものだとかって、そうやって科学的に解明されてるわけではないから、夢で誰かに会ったりなんてしたらもう大変よ。その人がきっと運命の人なんだ、神様のお告げだ、とか本当に思ったりしてね。つまり昔の人はね、夢で会えた人はそれは運命が引き寄せたものとしたわけです」

教授はそれを言い終わり腕時計を一瞥すると、

「だから、もしあなたが今後運命の人と出会うなら、それはもうすでに夢の中で会っている人かもしれないわけですね」

と付け加えたのを最後に、授業終わりのチャイムが鳴った。

教室が一斉にざわめき始める。足早に去っていく学生たちの背中に教授は声を張り上げた。

「帰る前に感想カード書いていかないと欠席扱いですよ」


その晩、明日の授業を予習をするために机に向かっていると、教授の言葉を思い出した。

何か胸の中で音を立てているものが気になった。妙な胸騒ぎは、段々と激しい心拍数に変わって砂嵐のようにザアザアと音をたてて唸っている。それが苦しくなって思わずペンを走らす手をやめた。

リビングに下りてテレビをつける。1月頃に当選したヒラリークリントンという女性大統領がにこやかな表情で、公用車の中からこちらに向かって手を振っている映像が流れていた。母はせんべいを食べながらそれを眺めている。ニュースの右上テロップ、時刻表示は「11・49」とあった。

「母さん、寝ないの?」

何気なく言ってみると、母は背中をグッとこちらに向け、

「蒸し暑い夜で寝れやしない」

と心地悪そうに言った。

また、自室に戻る。小窓から入ってくる風は熱気を帯びていて今日は寝苦しい夜だった。



対岸にいる人が霧に紛れている。いつもの人だった。いつものように向こうにいく。あの人が溺れて動かないでいる。

グッと持ち上げてこっちの岸までもってきてやった。その人は目を覚まして笑った。



【夢】


奇妙な夢を見るようになったのは、東京が歴史的な猛暑を記録した日の晩からだった。

静かな川辺の対岸にいる誰かが大声で自分を呼びかけているのだが、正体を確かめようと目を凝らしても、ぼやついて顔が見えない。ならば近づこうあちら側に向かうと、その誰かがいなくなる。

つまるところ、こんな夢であった。

悪夢というわけではないが、だからといって甘美なものでもない。どちらかといえば目を覚ました後、気色悪さが残るようなそういう内容だった。

取り留めもない夢の内容であるが、問題は、あの晩以降それも1カ月に数回程度、全く同じ夢を見るようになったことである。

また、目覚めた直後に時折涙を流していることもあった。

ただ、思い出そうにも思い出せなくて、いつからかもうそういうものだと割り切るようになってからは気が楽になった。

それから、いくつもの晩が過ぎたのだろうか。

彼はちょうど30歳になった年、会社の同僚で同じ千葉県で同郷の「結衣」と結婚し、2年後一人娘の「日菜子」ができた。

3人家族、心機一転、彼等は中野の新築マンションに移り住んだ。

それからの日々はどこにでもありふれたような幸せな毎日だった。

その10数年の間だけは、彼はいつの間にかあの夢も見なくなっていた。


2022年4月、穏やかな春の日だった。

新型コロナウイルスによって、おととしの開催から延期された東京オリンピックがすぐ真近に迫っていて、ニュースはそれでもちきりだった。

3人で囲む食卓、正孝は新聞を眺めながらトーストをかじっていた。テレビでは「夢特集」というコーナーでコメンテーターやキャスターが賑やかに話していた。

「夢特集だって。テレビもつまんなくなったね」

日菜子はテレビに向かって毒ずくと、それに結衣も同意した。

「このおじさんの正夢の話、絶対嘘。そんなのあるわけないじゃん。というかこの人不倫してなかったけ?」

「はは、不倫は間違いだよ。夢の話は本当じゃない?」

「え、お母さん信じるんだ」

「うん、だって私も夢で不思議な体験してるもん。前言ったでしょ?」

「?…なんの話だっけ」

コメンテーターと母娘が適当に言葉を並べるのを聞き流して、正孝は腕時計を見た。

「やばい、もう行かなきゃだ」

急いで残りのトーストを口に放り込み、玄関の鏡で自分の姿を確認する彼は、誕生日プレゼントに2人からもらった、黒と深緑の縞々が特徴的なグッチのネクタイを締め直した。

ドアノブに手をかけて「行ってきます」と言おうとした時、結衣が慌てたような様子でドタバタと駆けてきた。

「ちょっとパパ、お弁当忘れてる」

「おっと、ごめん。ありがとう」

青の三角巾に包まれた弁当を結衣から受け取った。

「じゃあ行ってきます」

「日菜子。パパ行ってくるって」

結衣は、リビングの方に向かって声を伸ばした。

「結衣いいよ。あの子もいちいち面倒だろうし」

「そう、難しい時期だからね。ごめんね、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

正孝は外に出た。涼しいそよ風が頬を撫でる穏やかな晴れの日。

そう、なんら変わりのない毎朝のいつもの会話だった。

彼女との最期の会話は、そういうものだった。





その日の夕方、結衣が死んだ。

赤信号に止まらなかったダンプカーが横断歩道を渡っていた彼女に突っ込み、そのまま50メートル先の新築アパートまで吹き飛ばれたとのことだった。即死だった。



その日の晩から、彼はまたいつかの夢を見始めるようになった。



【うつつ】 


結衣が亡くなった5日後、中野で行われた葬儀の晩は蒸し暑く苦しい外気で満たされていて、夏虫達が永遠に騒いでいた。

葬儀の諸々を取り仕切ってくれた結衣の妹、三春の協力もあってその手配は滞りなく進んだ。

彼女の両親は、数年前に父親が癌で亡くなり母親一人だった。

母親は棺桶で花々に包まれる結衣を見て「私を置いていかないで」と慟哭し、半ば狂ったようにそれを何回も叫んでいた。

献杯の挨拶は正孝の役目だった。

「本日は暑く苦しい夜ですが、私の妻、古谷結衣の葬儀にお越しいただきありがとうございました。妻との思い出話や出来事をこの場で十分語れればいいと思います。それでは、皆さん。献杯」

一斉にグラスが持ち上げられ、皆が「献杯」と口々に発した。

結衣と縁が深かった中学時代の友人達や従妹など、少人数ではあったが正孝が一度顔を合わせたことがある人々ばかりだった。

彼等が皆思い思いに話す中、結衣の遺影の横、正孝は目下の五角形の皿に敷き詰められた寿司を見ながら、一人ただぼぅっとしていた。

喪失感だけが残った心はぽっかりと底のない大きな穴が開いてしまって、それはもう一生かかっても埋めることができないものであるということがわかった。

正孝の横の席に座る、高校の制服に身をつつむ日菜子も、連日泣き腫らした目がパンパンになっていて、そのままただ黙って虚空を見つめていた。

「正孝さん」

「…」

「正孝さん」

2度目の少し大きな呼び声で、それがやっと自分に対するものだと気付いた正孝は振り返った。

三春が、悲壮な顔をして「ちょっと」と手招きするようにしてきた。

通夜の席から外れ彼女の背をぽつぽつと追いながら、誰もいない控室の隅で彼女は止まった。

「正孝さん、今どんな気持ちですか?」

「…悲しいです」

「私もです。とても悲しいです。怒りをどこにぶつけていいかわかりません。加害者はおじいさんだったみたいで、事故の直後、意識不明が数日続いた後亡くなりました」

「あぁ、そうだったんですね。すみません、そんなことすら知らなかった。あの…葬儀の諸々、代わりにやっていただいて本当にありがとうございました。僕、気が動転してて何もできなかった。酷い姿の結衣もあんまり見ることできなかった。頼りないですよね。はは、すみません」

彼が語尾に自虐的な冷笑を含ませたその瞬間、「正孝さん」と彼女は一喝した。

「正孝さん、あなたがそんなんでどうするんですか?頼りないとか自虐してる場合ですか?葬儀なんて、私もあなた達の家族なんだから当然助け合いますよ。これから、あなたがずっとそんな調子で日菜子はどうするんですか?母親を亡くした日菜子はあなたより辛いんですよ。あなたには彼女を支える役目があるんじゃないんですか?」

感情に任せ一息に言い切る三春のそんな様子を見たのは初めてで、呆気を取られた正孝は何も言い返すことはできなかった。

「私だって夜通し泣きました。もう涙なんて一生でない気がするぐらい。そりゃ辛いです、本当に辛いけど前を向くしかないんです。少なくとも正孝さんは、日菜子が大人になるまでは彼女の日々をしっかりと作ってください。何かできることがあれば私も手伝いますから」

彼女は言葉を発しながら、目に涙を浮かべていた。

言い終わった後、それを手の甲で雑に拭ってみせると、「今は悲しいけど頑張らないと」と表情を歪ませた。

その瞬間、正孝は栓が抜けたみたいに咽び泣いた。とにかく声を枯らして泣く彼の声は、ホール全体に響くほどの大きな喚き声だった。

三春は、それをただ黙って見つめていた。





「恵比寿に、いい飲み屋があります」

LINEで送られたその言葉と共に、Googleマップに置かれたピンを目指した。

つくと、一見外装はアジアンテイストな暖色が漏れるオシャレなバーみたいで、その静観さは来る者を拒むようだった。

くたびれたスーツを一度着直し入店する。

涼しげなドアベルの音とともに中に入ると、奥のテーブル席で「こちらです」と手を上げる三春がいた。

「すみません、仕事が少し長引いてしまって」

「私も、今さっきついたところだから大丈夫です。ところで、前回会ってから大分間が空きましたが、最近はどうですか?」

「まぁぼちぼちです。日菜子は相変わらずだけど」

「夕飯はしっかり二人で食べてますか?」

「それも、会社に事情伝えて帰れる日は夕方頃に帰宅させてもらってます。もちろん毎日ともいかないけど。…それよりも料理ですよ。結衣がどれだけ料理上手だったかってこと、この立場になって痛感してます」

「料理、大変ですよね」

「はい。でも、三春さんが送ってくれるきんぴらごぼうとか、麻婆茄子とか凄いおいしいです。日菜子も僕の料理は全然食べないけど、それは気に入って食べてるみたいだし」

「はは、良かったです。これからも作ります」

「ありがとうございます」

そう言ったところで、ウエイターが「お待たせしました」とウイスキーとジンジャーハイをもってきた。

「すみません。正孝さん、どうせジンジャーハイだと思って先に注文しちゃいました」

三春はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

口ではそう言うが、のんべえの彼女が早く飲みたかったのが正直なところだろう。

正孝はクイッとそれを飲み干すと、いつもより細やかな炭酸が口にはじけておいしかった。

「あの、いつもは大衆居酒屋とかですよね。どうして今日に限ってこんなしゃれてるところに?」

「…今日は、ちょっといつもとテイストが違う話なので、静かな場所がいいと思って」

何やら歯切れの悪いことを言い出したので、少し穿ってみる。

「どうかしたんですか?」

「これ、少し気味の悪い話だから前から言うか迷ってたんですけど」

「何か、結衣に関係する話ですか?」

「一応、はい…」

彼女はそう言って、ネイビーのナイロントートバッグから一枚の写真を取り出した。

「これを見てもらえますか?」

そっと机に置かれた、その写真を見る。

「…は」

衝撃が走った。

何かの歯車が、急に窮屈な音を立てて回り始めるようなそういう感覚に陥る。

何を隠そう、それは正孝がよく見る夢の景色をそのまま投影したような写真だった。デジャビュとでもいおうか、脳の中を思いっきり殴られたような衝撃である。

ただ、何かが違う。対岸の先で女性が笑ってこちらを向いている。

正孝が写真を注視していると、三春は少し間を置いて口を開いた。

「この写真、もう何十年も前に家族旅行で行った軽井沢の写真なんですけど、なにか姉から聞いたりしましたか?」

「…いいえ。なにも」

三春は、何かを決意したかのように頷いた。

「私、この日のことで今でも覚えてる出来事があるんです。とりとめもない話だし、本当は言わないつもりだったんですけど、正孝さんに言わなかったらもう誰にも言う事ないだろうから、それだとなんだか気持ち悪くて」

三春がそれを本当に言いたそうにしているのがわかる。正孝が話を促すようにする前に、三春は

「少し長くなるけど、いいですか?」

と急かした。

正孝は黙って頷く。

涼しげな夜風が向こうの網戸から静かに入って、三春の黒髪をふわりと揺らした。

彼女は少し目を泳がせた後、昔を思い出すかのようにぽつぽつと話し始めた。




【短夜】


阪神淡路大震災が起こった翌年、スペースシャトル「エンデバー」が25回目の打ち上げに成功したその年は、度々起こった季節外れの大雪や、観測史上最高気温の猛暑が記録されるなど、後の歴史にも残るであろう年であった。

その夏、父の朗輔が勤め先の同僚からもらった、軽井沢にある川神キャンプ場1泊2日招待状チケットを消費するべく家族旅行が決まった。

千葉の家からパーキングエリアを経由して軽井沢を目指す。小学生の三春はどこか楽しげな様子だったが、反抗期真っ只中の結衣はそうもいかなかった。

「私、部活休んでまで行きたいなんて言ってないんだけど」

「あら、せっかくお父さんが貰ったチケットなのにそんなこと言うもんじゃないよ」

母の英恵に注意を食らい、気を悪くした結衣はそのまま黙って手元を動かす。

「結衣も難しい年頃だからなぁ」

運転する朗輔の朗らかな声に軽く舌打ちをする。結衣はこの旅が憂鬱で仕方なかった。

突如、三春が「あっ」と大きな声を出した。

「ちょっと、何。急に大きな声出さないでよ」

「間違って写真消しちゃった」

三春がいじくるデジカメの画面を見ると、2週間ほど前に彼女が校外学習で行った船橋のアスレチックパークで、彼女とその友人がブランコで楽しそうにしている画像の上に「削除されました」と表示されていた。彼女は校外学習を機に買ってもらったデジカメがマイブームみたいで、最近は何かとあれば写真を撮っている。

「ずっといじくってるからだよ」

ムスッとした三春がぎゃぎゃあと言ってくるのを無視して、結衣は何も変わらない田園風景を眺めていた。




到着したそのキャンプ場は、広いノッパラの真ん中に簡易な作りのキャンプファイヤーらしいものがあるだけの閑散としたものだった。

ただ、されど軽井沢。自然は圧巻で、多くの人がここを避暑地としてわざわざ休みを潰してまで出向のはそういうことだとわかった。

涼しげな風が頬を撫でて気持ち良い。

朗輔が地図を眺めながら歩く横で、結衣は新鮮な自然の空気をめいいっぱいに吸い込んだ。

「お、川があるぞ」

朗輔がそう言って指差した先に、小川があった。広い小川は遠く向こうに靄がかかっていて、神秘的に見える。

どうも、連日続いた雨の影響でその靄は濃く一寸先も見えぬほどだった。

最初に行ったガレージで、あちら岸に行ってしまうと靄が強く迷子になってしまうから行かないように、とキャンプの注意事項として管理人に言われたことを思い出す。

「自然が溢れていい場所だな」

朗輔のそれには、結衣も同感だった。


一行はその日、観光名所を何点か見に行った後、自分たちが立てたテント近くでバーベキューを行い楽しんだ。

心地よい疲労感と非日常な出来事は案外退屈ではなく、見れば結衣も三春も笑顔が多かった。

「結衣、三春、楽しかったか?」

「すっごい楽しかった!」

「まぁまぁ」

「はは、そうか。…結衣のまぁまぁなら、それはもう楽しかったってことだよな」

「ふふ…お父さんのそういうとこムカつく」

「三春はキャンプ初めてだし、結衣は行く前機嫌悪かったし、最初はどうかと思ったけど、たまにはこういう時間も良かったね。お父さんありがとうね」

皆が口々に感想を発しながら眠りに入る。

良い旅だった。4人は皆、眠るに入る前同じ感想であった。



深夜


2時頃、三春がふと結衣の身体を揺さぶった。

眠気眼をこすりながら「何?」と聞く結衣に、三春は「トイレに行きたい」と言い、その様子は大分焦っていた。

ここから一番近い簡易トイレは100メートル近く離れた距離にあって、両親は就寝前、夜中トイレに行きたくなった時は一人で行かないで私たちを起こすように、と再三言っていた。

ただ、テントの中で寝袋に包まる両親は、大分疲れがたまっているのか、小さないびきをかいて熟睡している。小学生の彼女なりに両親を気遣った結果、姉と二人なら大丈夫だ、という結論に至ったのだろう。ただ、その選択をとった彼女を結衣は少し疎ましく思った。

「しょうがないな、もう」

結衣は半ば怒るような形で、グッと身体を起こしジッパーを開けて二人は外に出た。

外に括りつけてある、夜道用の無骨な懐中電灯をもって歩く。

夜は少し風が強く、道の左右に生える木々が唸っているみたいで怖かった。

「これは…確かに一人じゃトイレ怖いかもね」

「そうでしょ?お姉ちゃん起きてて良かったぁ」

三春は嬉しそうに駆け足でまっすぐトイレに向かう。彼女から目を離さぬよう、結衣も後ろを追うような形で歩いた。



「お姉ちゃん、いる?」

「いるよ。早く済まして」

トイレに入った三春を待ちながら結衣は夜空を見渡した。一面に星が散りばめられた絨毯みたいな空は、人工物の光で溢れる千葉の空とはまるで違うものだった。

ただそれを眺めている途中、急に何か違和感を覚えた。

その違和感は無視できないほどの強烈なもので、結衣は思わず視線を正面に戻した。

「あれ…ここにあったっけ」

前に、小川がある。

靄が酷い小川の向こうは夜の闇と相まって、まるで彼女を誘っているような様子だった。

結衣はそれをぼぅっと眺めていた。

「お姉ちゃん、もう出るよ」

三春は、中から姉を呼びかけた。小さい頃の彼女は夜中トイレに起きると、隣のベッドで寝る結衣を起こしてついてきてもらうほどの怖がりで、中からこのように呼びかけることも、そんな彼女が昔から姉にやっていたものである。

「お姉ちゃん、出るからね」

もう一度、三春は言った。反応が返ってこない。

「お姉ちゃん、眠くて寝ちゃったの?」

その呼びかけに対しても、反応はなかった。おかしい。不安に思った三春は急いで衣服を整える。三春の心臓が、ドッドッドとドラムを叩くように騒いだ。

と、その時、遠くの方で「三春」と呼びかけるような声が内に響いた。声は姉のものだと確信したが、その距離があまりにも遠いことに違和感を覚える。

バッと三春はドアを開けた。

「三春」

遠く向こうの川の対岸で、霧に紛れた結衣は笑っていた。

一体そこまでどうやって行ったのか、小川を越える橋は見当たらない。それどころか、まずここに小川なんてないはずだった。

「なんでここに川があるの…」

「三春、大丈夫だよ」

「なにこれ、怖いよお姉ちゃん」

「大丈夫だよ、三春。写真とって」

「え?」

「デジカメあるでしょ。写真もっておきたいの」

意味不明なことを先走る彼女に対し、現状が全く理解できない三春はただそれに従った。

持っていたデジカメで、震える手で写真を撮った。


パシャ



ちょうどこれを最後に、三春は記憶がないという。



翌朝、二人はトイレの前で寝ているところを散歩中のおじいさんに発見され保護された。両親は朝起きると二人がいないことに気が付き、キャンプ場では大捜索が行われていたのだ。

これ以降、一行がキャンプ場に出向くことは生涯ないまま終わった。



三春は全てを言い切ると、ふぅと息をついてまた続けた。

「その後は両親にこっぴどく叱られました。もちろん、あの話については信じてもらえませんでした」

「…でも結衣とは、その話について話すようことはあったんでしょ?」

「いいえ。この件のことは家族でタブーにされてるような雰囲気だったし、結局姉と話すこともなかったです」

正孝は、クイッとジンジャーハイをあおった。話途中にも時折飲み物を欲す正孝の元で、三春はただ何も口にすることなく話し続けた。

「ただ最近、実家で姉の遺品を整理していたら、姉が当時使っていた学習机からこれを見つけたんです」

彼女は写真を眺めて続ける。

「姉が写真を現像して、こんなふうに持っているなんて知らなかったから驚きました。…だから、なんというか…こういう状態でしまってあったということは、姉はあの出来事について実は何か覚えていることがあったってことですかね?」

三春は正孝の返事を急かすように「どう思いますか?」と追随をする。

「ごめんなさい。僕に聞かれても…」

「ですよね。ごめんなさい」

「いや、まぁでも…。この写真の場面に似た夢を時々見ることがあります。前、言ったことありましたよね?」

「…実は、前にその夢の話をしてくれたことを思い出して今回話した節もあるんです。気を悪くしたらごめんなさい」

三春はまたバッグから、一つの本を取り出した。

その表紙、大きな黒文字のタイトルで「不思議な夢の因果」とある。

「夢ってどうやら色々な力があるらしいんです。それは科学的なこととかそういうのじゃなくて、例えば運命の人と夢で会えたり、死後と現世を繋ぐものであったり、と」

「はぁ、それがどうかしたんですか」

「正孝さん、その夢を見始めたのは大学生の頃って前言ってましたよね」

「あぁ…まぁあんまり覚えてないけど、そのぐらいからです」

「それってこの日からだったりしないですか?」

「…だとしたら何が言いたいんですか」

「もしかしたらあの日の夜、正孝さんと姉は会っていた、ということです」

「なんだそれ」

何十年前だろう。似たような言葉を聞いて焦燥した夜があったような気がした。

「三春さん疲れてますよね。今日は飲んで忘れましょう」

「…疲れてないです。今日だって仕事はすぐ切り上げてきました」

「じゃあいきなりそんな話をするのはおかしいよ」

「そんなことはわかってます。でも、私だって色々調べたんです」

「一体何を調べることがあるんですか。そんなこと」

くだらない、と正孝は三春の言うことを一蹴した。彼女は眉をひそめ、少し悔しそうな表情で正孝をキッと睨んでみせた。その表情、昔結衣と喧嘩した時に彼女が見せた表情に重なる。

「ごめん、言い過ぎました」

「私だって知ってます。正孝さんがこういうの嫌いなことは」

「いや、そんなことは言ってない」

「…ずっと否定してくるじゃないですか」

「否定してるつもりはない。ただ三春さん、よく考えてみてください。故人と夢で会えるとか、夢と現実は繋がってるとか、別に遊びで話しているならそれは構わないですよ。だけどそれをここに持ち出してどうだとか、そんなこと真面目な顔で言われて、僕はどうすればいいんですか」

「…探すんです」

「探す?なにを?」

「姉の未練を」

「はは。冗談でしょう」

「本気です。姉はまだ思い残したことがあるから、今だって夢でそれを正孝さんに伝えてくれているんだと思うんです」

奥のテラス席と窓淵が重なり、その輪郭がダブって見える。酒が回ったのだろうか。目前がぼやがかかってモザイクだった。

「もういい。もういいから」

「何も良くないです。それが見つかれば姉は安心できると思うんです」

だから正孝さん、と三春が言いかけたところで、正孝は

「もうやめてくれ」

と遮った。

「はは。三春さんやっぱり飲んだ方がいいですよ」

三春は、卓に置かれたウイスキーをグイッと飲み干した。何かを忘れたいのか、一気飲みをする彼女を見て悪いことをしたと思った。きっと、三春は気休めにでも話していたのだ。

少しの罪悪感で、彼女に何か協力できればいいと思った。

「そのキャンプ場ってまだあるんですか?」

「…はい、まだ一応。ただキャンプ地の名称も変わったいみたいで…確か日向キャンプ場だった気がします。あと…その川はもう埋め立てられたみたいで、ないと聞きました」

三春は急いでスマホを取り出し、その詳細情報を見せてきた。

「私も前は度々行ってたんですけど、もう最近はめっきり行かなくなってしまって」

「…じゃあ夏休み辺り、僕も行ってみようかな。日菜子も連れて」

正孝がそう言うと、彼女は驚いた表情で持っていたグラスをスッと机に戻した。

月明りがブラインドから入り込んで、まだらにカウンターを照らしていた。




【空蝉】


駐車場から見える景色でさえ、そこが自然溢れるところだということは十分わかった。

綺麗な薄緑と濃い緑のまだら模様が木漏れ日になって、空気がとんと澄んでいる。

鼻一杯に吸い込んでみると、ざわざわと揺れる内のモヤが晴れる気がして正孝は何度もそれを繰り返した。

「日向キャンプ場」の看板の地図を眺めた後、すぐに視線を戻す。

「日菜子、米はどうだ?」

「やってるよ。いちいちうるさいな」

日菜子が釜の蓋を開けると、真っ白な米がキラキラと輝いて表出した。

「こっちはカレー出来てるぞ」

鍋からはスパイスの利いた香ばしい匂いがして鼻を刺激する。

スマホを注視して席についた日菜子を確認してから、正孝は二つのご飯の皿にルーを盛った。

いただきます、と正孝が手を合わせるのと同じタイミングで日菜子も小さな声で言った。

日菜子が最初にそれを頬張った後、顔をクイッと上げて少し目を輝かせた。

「…意外とおいしい」

「はは、良かった」

「いつもの料理はおいしくないけど」

わざとらしい低いテンションで言う日菜子に、正孝は笑う。

ただ、本当に美味しそうにそれを口にかき込んでいる日菜子を見て、目元を緩ませ、ここに来た事を良かった、と思った。

向こうに見える家族も、みな自分たちと同じように和気藹々と楽しんでいる。

正孝はふと、スプーンを片手にごそごそとバッグから地図を取り出した。

全体がうつし出されるそれを見る。「散歩コース」「水鳥コース」「博物館コース」「キャンプコース」など、可愛らしくデザインされていてわかりすい。現在がここ、「調理所、休憩地」のところだった。

日菜子もそれを覗き込む。

「この博物館コース面白そうだし、食べ終わったら見に行こう」

「えー」

「嫌か?」

「…まぁ別にいいけど」

あえて嫌そうに言う日菜子だが、彼女は小さな頃から博物館やら資料館などは好きみたいで、よく連れてってやっていた。

「よし、じゃあ早く食べちゃおう」

「じゃあ、お父さん残り全部食べてね」

ちょっかいをかける日菜子でも、その笑顔を見たのは数カ月ぶりだった。

正孝はそれが嬉しくなって急いでご飯をかきこんだ。




博物館コースはガレージの中みたいで、そこに様々な資料があった。

他の人は見当たらなかったため、ぶらぶらしながら室内を見渡す。

どれも古い資料ばかりで、何か目新しいものがないのも歴史を感じて面白かった。

順々に目をやっていくと、「キャンプ場の歴史を辿る」と題して様々な記事がのっている。

どうやらこのキャンプ場ができるまでの経緯が、事細かく載ったものみたいだった。

1950年にできたここは地域の憩いの場として親しまれてきた、当初はどうもキャンプ場じゃなかったらしい。

それらの記事を見ながら、正孝はゆったりと身体を移動させていく。

大半は歴史のことだったが、「日向キャンプ場」に改名された理由はどこにも見当たらなかった。そもそも「現在」と書かれた箇所が「川神キャンプ場」と誤表記されている。

「資料館のくせに雑なんだな」

正孝は少しげんなりして見るのをやめようと思った時、ふと気になる記事を見つけた。

それはどうも端の方にあってその歴史を隠しているかのような載せ方だった。

なんとなく気になって無言で記事を追っていく。

「川神キャンプ場で水難事故が発生。夏休みに遊びに来ていた高校生の藤峰結衣さん(16)が夢見川で溺れ死亡。遺体からは何者かと接触したような跡が発見されたが、詳しいことはわかっていない。警察は事故として捜査している」

必死な眼でそれを見る彼の様子が気になったのか、日菜子もそこまで駆けてきた。

「お父さん、気になる記事でもあった?」

その呼びかけに対しても、正孝は無言で記事を追うばかりだった。

日菜子も気になって記事を見る。

「川神キャンプ場 死亡事故」

事故?と、彼女は年数を見る。「1996年8月」の記事だった。

「何、これ」

ぐぅっと頭が締め付けられる感覚になる。

あの夢の記憶が、急速に音を立ててくるように蘇ってきた。



【夜】


ガレージから戻った後、正孝はずっと今までテントの傍で考えていた。

目の前の焚火をただジッと見つめる。

混乱する日菜子はどっと疲れてしまったみたいで、随分前にテントに入った。

「…」

「お父さん」

「…」

「お父さんってば」

日菜子が心配そうに正孝を見ていた。

「…眠れないのか?」

「うるさいな、そうだよ」

「はは、ごめんな。…お母さんがいたらもっと楽しかっただろうな」

「そんなことない」

「ごめんな」

「やめてよ」

日菜子の語尾が強くなる。

「お母さんがいなくなってからお父さん謝ってばっかじゃん。そんなに謝んないでよ」

日菜子は少し拗ねたように言って、正孝の横のキャンプチェアに腰かけた。

「…本当はね、キャンプお父さんと行くの嫌だったんだ。部活休んでまで行く理由ないし、一人で行ってきてよって言おうとしたんだけど、夢でお母さんに呼ばれたの」

「…そうか」

「お母さんが夢に出てきた時はびっくりしたよ」

日菜子はゆらゆらと揺れる目前の火を見つめる中、何か思い出したかにようにポッケからスマホを取り出した。

「これ、見て」

彼女は一つのウェブサイトを見せてきた。

何やらその見出しには「夢のもつ特別な力」「夢のお告げ、現実への忠告」「あの世とこちらを繋ぐ夢の世界」などとあった。

正孝はそれを一瞥して目を伏せる。

「お父さんは信じる?夢のもつ力」

「そんなの、バカらしい」

「でも三春ちゃんだって言ってたよね。夢にはこういう特別な力があるって」

「あぁ言ってたな。ただ日菜子の場合、お母さんへの想いが強いからそういう夢を見たんだとしたら別に不思議なことじゃないだろ」

「違うよ。私はそういうことだけじゃないと思う。ここにも書いてあったけど夢はそういう潜在意識とか、大切な人に対する強い思いとか、そういうことだけじゃない。もっと強くなって現実に影響を及ぼすことだってあるんだよ」

「おかしいよそんなこと」

日菜子は一瞬溜息をついて黙った後、控え目に口を開いた。

「実はね、お母さんとの間でお父さんに秘密にしてたことがあるの」

「…なに」

「お母さん、これ秘密にしててねって言ってたけど。もういいや。別にくだらない話なんだけど、お母さん、お父さんと結婚するずっと前、一回会ったことがあるんだって」

「そんなはずはないよ。会社の同僚だったが会ったのは、25を越えた時だ」

「だよね。でもお母さん真面目に言ってた。お父さんが助けてくれたんだって」

「助けてくれた?」

「川で溺れたところを助けてくれたって」

その言葉、脳に衝撃が走る。

前の焚火がぼやぼやと燃えているのを見ながら、ぐわんぐわんと脳が揺れる。

「お父さん、大丈夫?」

正孝は頭を抱え込んだが、すぐに気を戻した。そんなはずない。

揺らめく火を見ながらぼやぼやと記憶が思い出されていく。でも肝心なところはまだらに穴が開いているみたいで、そこからスルスルと通りぬけていく。

「ちょっと、お父さん。顔怖いよ」

「あぁごめん。…もうこんな話やめて、寝よう」

「…お父さんはそうやって、いつもはぐらかすよね」

「そんなことない。日菜子の言うことだっていつも聞いてるじゃないか」

「聞いてないよ。お母さん死んでからいっつもうわの空だよ」

「いやいや、聞いてる。そんなおかしな話より、日菜子の将来こととかを考えてるよ」

「…もういいや、私寝る」

拗ねた日菜子は正孝に背を向けテントに向かった。

思わず溜息を漏らす。旅の最後に良い時間を過ごせると思っていたのに、こんなことになってしまうとは思わなかった。

もしここに結衣がいたら…。日菜子の言う通り、彼女が死んでから自分はずっとこんな調子で情けない。

急に酷く疲れてきたような気がした。それになんだか、とても眠い。

「お父さん」

頭上からそう声がした。

火の粉がぱちぱちと頭皮に当たる感触があって熱かった。

「ここ、どこ?」




【深夜】


霧が深い。

周りの景色がいつの間にか変わった。

それは違って見えるとかではなく、事実としてまるで違う場所だった。

「どこだ、ここ」

そういえばさっきから、人の気配すら二人とも感じなかった。

強い風で木々が揺れる。…周りにこんなにも木々はなかったはず。

ガレージに出向く前は夕方だったはずなのに、夜が途端にやってきたのもおかしい。こんなに早く更けたものだろうか。

無視していた違和感が度重なって襲う。

何か、とてつもなく大きなものにからかわれているような感覚だった。

「なにこれ、怖いよ」

泣きそうな日菜子を励ましながら、正孝は必死に考える。

「とりあえず、人を探そう」

霧が深く、数メートル離れただけで見失ってしまいそうだったから手を繋いだ。

「誰かいますか?」

「誰か、誰か!」

二人で大声で叫ぶも、その声は森に吸収され中々響くことはない。

どこを探すも本当に人の気配がなかった。

夜は、暗い。

どこまできたのだろうか。夢中に叫んでいたら随分遠くの方まで入ってしまった。

「とりあえずテントに戻ろう」

正孝は冷静に、半泣きの日菜子を諭し来た道を切り替えそうとした時だった。

「あれ?」

日菜子の大きな声で気付く。彼女の視線の先、人がいる。

ただ、その人の前に川があった。

「どこだ、ここ…」

ふと横に気配が消えた気がしたと思うと、日菜子が川の方に向かって走り出していた。

「日菜子!待ちなさい!」

思わず正孝も日菜子を追いかけるようにする。

「日菜子!」

日菜子を見失わないよう必死に追いかける。

息が辛い。

「はぁ、はぁ。日菜子、待って」

酸素がいつもより回らない気がする。



…息を切らして川までついてしまった。

目前の日菜子の肩が、ふるふると震えている。

「日菜子!どうしたんだよ」

大声で日菜子の背中に呼びかけると、ゆっくりと彼女は振り向いた。

その頬からは、溢れんばかりの涙がこぼれ落ちていた。

「お母さん」

霧かかった向こう側を見る。




結衣がいた。




「正孝さん」

その声色、自分を呼ぶイントネーション、間違いない。結衣だった。

「お母さん」

日菜子は震えた様子でこぶしを握りしめている。

「お母さんだよね?」

「日菜子」

「…結衣?」

一体どういうことなのか、酒を飲んだみたいに頭がふわふわしている。

「正孝さん、あの時は私を助けてくれてありがとう」

「…?」

「言いたかったの。ここで私が溺れた時、あなたが助けてくれたこと」

急速に記憶が蘇る。ずっと昔のあの晩のこと。

「高校生の時、ここで溺死した時あなたがこっちの世界まで担いでくれて助けてくれた」

まどろみの中で、夢を見ているようだった。

正孝は黙り込んで結衣をずっと見つめる。気付けば涙が溢れて止まらなかった。

「お母さん!」

「日菜子、きっと大丈夫だから」

「私、お母さんいないと大丈夫じゃないよ」

「日菜子には、パパがいるから大丈夫」

結衣の優しい、懐かしい声。日菜子はずっと泣いていた。

結衣の目、日菜子を頼むよ、という深い眼差しが正孝にしっかりと向けられていた。

「正孝さん、日菜子」

二人は懸命にその声を聞こうとした。風のせいで、搔き消されないように。

「愛してる」

全てが繋がった気がした。

「結衣!」

「お母さん!」

二人は同時に叫んだ。




愛してる!

大好き!




翌日、2人は大きな大木の近くで固まって寝ているところを発見され、保護された。



【終】


「行ってきます」と大きな声で呼びかける。

日菜子は、少しうっとおしそうにしながら「じゃあね」と返してくれた。

外に出た。

今日は1カ月ぶりに三春と会う約束もある。一昨日は結衣の1周忌だった。

あの夜について、三春になんとなく話してみると、彼女は混乱もせず最後にただ一言「ありがとうございました」と頷いて笑った。

日菜子はあの夜のことを記憶している。怖い出来事かどうかと尋ねれば、それは違うと答えた。お母さんと話せて良かった、と。


あの夜のことは、正直今でもよくわからない。

夢なのか、幻想なのか、はたまた集団ヒステリーなど、オカルトの類にはしたくないが日菜子も自分自身も同じ体験をしたというのは、世の中には不思議なことがたくさんあるんだろう、と結論づけることにした。


あの日以降、ついにいつもの夢をみることはなくなった。


結衣の写真を見る。にこやかな表情が自分たちを見守ってくれている気がした。

駅に向かう途中、空を見る。

青に月が隠れながら、ぼんやりと薄色に見えているのがわかった。


(了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泡沫の夢 夏場 @ito18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る