第1話

2021年4月

「大きいなぁ」

1人の女性が、スーツケースを片手に持ちながら白い建物を見上げていた。 

青森市の山奥に大きな建物が聳(そび)え立っている。

その建物は、竜堂(りんどう)福祉大学。

東北屈指の福祉の大学と言われている。


そこへ、1人の警備員が寄ってきた。

「そこの方、なにしていらっしゃるのですか?」

その声ではっとなった彼女は、警備員に向かって話した。

「私、川島玲歌と申します。本日付でこちらの大学の准教授を務めることになりました。」

「あ、新しい准教授の方ですか!初めまして。僕は、ここの警備員、暁 千尋です。何かあったらこちらの警備室に電話ください!」

敬礼のポーズをとる彼に玲歌はふっと笑った。

「えと、川島さん、どこの学科の准教授に配属だったのですか?」

「情報福祉です。」

「あぁ、あの学科ですね。本日から頑張ってくださいね。」

「ちょっと待ってください。」

「なんでしょうか」

「”あぁ、あの学科”って、なんかありましたか?」

「いえ、別に。がんばってくださいね。」

暁は、静かにその場を去ろうとしていたが。

それを見逃さなかった彼女はすかさず行く手を阻んだ。

「詳しいお話を聞かせていただいても?」

「・・・」

観念したような様子に変わり、彼女の耳元で囁いた。

「え・・・?記憶喪失の教授・・・・?」


「だからこそ、ここの機能を生かすためには、このようなアプローチができるものが必要なのですよ。わかりましたか?」

一人の男性教師が黒板に脳の機能について指し示しながら学生に講義をしていた。

大学中に講義終了の鐘が鳴り響く。

「宮野の講義はこれで終わりです。・・・次回あったら、また来てね。」

自信なさげに微笑む彼を見て女生徒達は黄色い悲鳴をあげた。

男子生徒達は面白くなさげにその場を後にしていく。

彼は水色のメモ帳を取り出しあるページを開きながら教室を後にした。



自分の研究室前に着き、鍵を取り出しドアに差し込もうとした時だった。

『宮野くん…?』

女性の声でハッとした彼は右へ顔を向けた。

『やっぱり、宮野晃くんだ!久しぶり!』

嬉しそうに微笑んで近くによってくる女性に恐怖を感じたのか慄いて、右手で抱えていたものを落としそうになっていた。

『宮野くん…?』

「ぼ、僕は確かに、宮野晃…だけど、君は誰?」

目線を合わせようとせず、彼は目の前にいる女性に怯えていた。

その様子を見て、彼女は一定の距離を保ち自己紹介をした。

『川島玲歌と言います。今月からこの学科の准教授として赴任してまいりました。宮野晃…さん、よろしくお願いします。』

「この学科…僕と同じ学科の准教授…。今月から赴任。よろしく…。メモさせて。僕は記憶があまり持たないんだ。」

再び水色のメモ帳を取りだし、書き込み始めた。

『記憶…いつからそうなったんですか?』

「半年前…かな。周りはそう言ってるけど、僕は何も思い出せないからね。1日しか保てないんだ。だから。いつもこうして水色のメモ帳に今日したこと、講義で話した内容、諸々の先生と会議した時の記録、会議の記録は録音させてもらってるんだけど。その他も細かく書かないといけなくて。」

『そうなんですか。』

玲歌のことをメモし終えた彼は、「あの」と声をかけた。

『なんでしょうか?』

「何故、僕何も名乗らなかったのに、名前を知ってるのかな?」

この質問に彼女は少し悩んだ。

それから彼女はある『嘘』を着くことにした。

『警備員さん達がかっこいい教授、情報学科で有名な教授ってことで名前を教えてもらっていました。』

意外な返答だったのか、彼は照れくさそうにしながらドアにまた向き直って、鍵を差し込み、開けた。

「かっこよくなんて…ないですよ。僕は。では、川島さん。これからよろしくお願いしますね。僕はこれからメモに書き込む作業あるので。」

と言いドアを閉めようとした時に、

『一つだけ質問いいですか』

「はい?」

手に持っている水色のメモ帳を指さして、

『なぜ水色なのですか?』

「…変でしたかね?」

『いえ、そういう訳ではなくて。』

「あー。理由ですかね。私の視覚では、水色が輝いて見えているんです。その他はモノクロなんですよ。おそらく事故のせいです。」

『え』

「川島さんの服、姿、景色…水色以外はモノクロなのです。お医者の方も匙を投げるくらいよく分からないというくらいですし。僕にはそうとしか言えません。」

『わかりました。教えてくださってありがとうございました。』


ドアが閉まったあと。


彼女は静かに崩れ落ちた。それから涙を流していた。

『本当は、本当は、昔会ってるんだって言いたかった。。それから…。』


宮野はとても申し訳ないような表情になりながらも、椅子に座りメモ帳に書いていた。


ー川島玲歌。今月から准教授として赴任。僕の名前を警備員さんたちから聞いてきた。そしていきなり現れたけど、優しそうな方。


「これからどうなっていくんだろうな…痛っ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かけがえのない君と 坂綺知永 @tomonagai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ