無知
誰が俺の記憶を盗んだか。それが最も重要な問題だ。
まず、悲しい事実として、俺の命の価値は限りなく小さい。魔法協会にとっても、生徒会にとっても。
そして、記憶の操作はまだまだ未開の技術で、失敗の可能性も多々ある。
わざわざ記憶を剝ぎ取って生かしておくぐらいなら、あの“メガネ”のように俺の頭から脳みそを取り出す方がずっと手っ取り早いのだ。
クー・シーに助けられて冷静になればなるほど、俺は自分の状況に違和感を覚えた。
なぜ俺は生かされている? 誰が何のために生かしたんだ?
様々な状況から、点と点が結ばれ始める感触。憶測が徐々に事実として確定する感触。
確定した事は、即座に対処すべきだ。
クー・シーの頭を吹っ飛ばしたのも、そのためだ。
(……拳銃よりも強い魔法少女に、何でわざわざ自分が丸腰になってまで拳銃を預ける必要があるんだ? それも、出会って数日のほとんど赤の他人に。
どこまでが本当で、どこからが嘘かは分からない。五日間の間に本当にクー・シーという少女と組んでいたのかもしれない。でも、こいつは十中八九偽物だ。俺を助けるタイミング、洗練されたスクロールの使いっぷり、何から何まで都合が良すぎる――案の定、idiotも知らなかったしな。
そしてこいつが敵なら、今このタイミングが魔法少女に勝てる最初で最後のチャンスだった。遠慮はしない)
じわじわとクー・シーと名乗った少女の顔面の色が変わり、形が変わっていく。スクロールで容姿を変化させていたのだろう。
化けの皮が剥がれた後には、見たこともない、別の魔法少女の死体が現れた。
(容姿を変えるなんて、回りくどい事をしたもんだ。だが、それだけの理由があるって事だろう。お陰でこの状況が分かりかけてきたぞ)
俺はスクロールを使用し、地面を液状化させると、どこの誰とも知らない魔法少女の亡骸をずぶずぶと沈めた。
液状化した地面はすぐに元の土くれに戻り、彼女の遺体は初めから無かったかのようにその場から消えた。
数日後には腐臭が辺りに漂い、誰かが気づいて世間を騒がせるだろう。俺はといえば、怖いニュースがあるもんだなぁ……なんてしらばっくれるわけだが。
(こいつが俺を殺さなかったのは、俺を殺せばデータが手に入らなくなるからだ。俺本人が知らなくても、俺が勝手にデータの元へ連れて行ってくれる。
となると……即ち、壁子だ。俺から彼女に連絡するのは得策ではないし、彼女は今まさに“データ”を持ってクライアントに届けているはずだ)
エーテルビジョンに通知が来る。
案の定、壁子からだった。
『作戦終了。お疲れ様』
壁子からのメッセージは非常に簡潔で、内容については何一つ触れられていない。
だが、『心配するな』と言わんばかりの端的なメッセージに、俺は安堵のため息をついた。
作戦終了と彼女が言うなら、心配ない。
どうやら俺の憶測は間違っていないようだ。
つまりこういう事だ。
俺の記憶を消去したのは、他ならない。
自分の脳をデバイス代わりに使用して、何らかのデータを運んでいたのだろう。
それも、生徒会絡みの超超超危険なデータ。チョンウから渡された子犬の写真があれば、それが何かは分かるだろうが……当然、俺自身がそれを廃棄しているはず。
俺は俺自身をデータ運搬に使い、それをどこかのタイミングで壁子に譲渡した。
クー・シーの言う事が事実なら、メガネたちに見つかったどさくさだろう。
壁子がデータをクライアントに渡すまで、俺は陽動役だ。
記憶を消したのは『無知こそが最大の武器』であり、何よりも安全だから。隠し事をする上で、知らないという事実は何よりも強い。万が一俺が捕まって、脳みそをほじくり返されても必ずデータは守られる。
そして、保険として存在したのが、クー・シーだ。
正しくは彼女に化けた“どこぞの組織の奴”だが……メガネとは必ず接触する事を前提とした、生徒会への抑止力だったのだろう。
魔法協会か、あるいは……同じ生徒会の敵対派閥か。
メガネと誰かが、このデータとやらを奪い合っている背景を、俺は知っていたのだ。
記憶を消してからは、後の俺(今の俺)に任せたって事なんだろう。
(記憶を消す前の俺には殺意を覚えるが……まあ、とにかく作戦は完了したんだ。生徒会にも恨みを買ったし、紛れもなく最後の仕事となった事だろう)
そう、これが最後の仕事だ。
……しかし。
俺の気持ちには妙な“しこり”が残っていた。
仕事は終わった。俺と壁子が終わらせた……“らしい”。
記憶を失った俺の推測は、一応の結論を状況から紐づけた。
でも、誰がそれを証明してくれるのだろう。
本当に俺は仕事を終わらせたのだろうか。
本当に俺は俺なのだろうか?
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