上位捕食者

 眼鏡の少女は、見覚えがあった。

 魔法協会が運営する学園の、生徒会の一人で、ニックネームもそのものずばり“メガネ”と呼ばれている少女だった。

 生徒会とは魔法学園に在籍する生徒たちの、最も高いヒエラルキーに位置する連中だ。

 たかが生徒であり、現世で最強の魔法少女たち。

 魔法少女の全盛期が十代の少女であるからこそ、テロリストはこぞって少女を誘拐し、自分の人格を彼女たちの肉体に書き込む。

 魔法少女達の理外の力を欲するあまり、人道を踏み外す。

 力が心を狂わせるのは、生徒会の少女たち自身にとっても例外ではなかった。

 あまりに高いエーテル感応値と、未熟な精神に釣り合わない力は、彼女たちの慢心と野心を大いに焚き付けた。

 独自の下位組織を作る者、協会に禁止されている魔法技術スクロールの開発、魔女テロリスト狩り等々、学生どころか人の領域すら逸脱する彼女たちを真っ向から止められる者はこの世にいない。

 本来は彼女たちを監督・監視・支配するはずだった魔法協会も、明らかに手を焼いていた。

 魔法協会にとってテロリストは公然の敵だが、生徒会の連中は内部の対立派閥として、また別の意味で厄介な存在だった。


「ちょこまかちょこまか逃げ回って……もう気は済みました? センパイ」

 

 メガネは聞き取れないほどか細い、神経質な声でそう呟いた。

 

「盗んだ物を大人しく返せば、私たちみんな嬉しいです。返してくれなければ、私たちみんな悲しいです。

 すぐ悲しくなっちゃうんです。思春期だから。

 私たちが悲しくなったら、どうなるか分からないセンパイじゃないですよね」


 メガネの頭の上に、直径20センチほどの光輪が浮かぶ。

 可視化出来るほど圧縮された高密度のエーテルが、天使の輪のように彼女の頭に浮いているのだ。

 魔法少女の中でもエーテル感応力が特別に卓越する者にだけ出現させる事が出来る、オーバーヘイローと呼ばれる未知の現象だった。


「ノーミソ取り出してデータ抽出するのが一番手っ取り早いんですけど、センパイは魔法協会の犬ですし、居なくなったらちょっと揉めちゃうかもしれないですね。協会と。

 でも、センパイは魔法協会の会員かっていうとそうでも無いし……野良犬が居なくなったところで、協会がどれだけ騒ぐかっていうと、やっぱりあんまり騒がないかも。どう思います?」


 メガネはどこか楽し気に、ぶつぶつとか細い声で呟く。相手に聞こえていようと聞こえていまいと、まるでお構いなしに。

 聞こえていないならそいつが悪い、とでも言わんばかりに。


「……俺ごときが死んで、魔法協会が何を気にするっていうんだ。分かってるだろ?」

 

 俺がそう言うと、メガネは鼻で笑った。


「ええ、分かってて言ってるんですよ。ある事無い事並べ立てて、上位捕食者に必死に命乞いする哀れな負け犬が見たくって」


 明らかに陰キャな風貌のメガネは、きっとカーストの下の方が定位置だったのだろう。

 魔法という不相応な力を手にした彼女は、歪んだ心がそのまま肥大化しているようだった。

 でなければ、まだ十数年しか生きていない女の子の口から『上位捕食者』なんて言葉はなかなか出てこない。


「……君は俺の脳内にある何のデータが目的なんだ?」

 

「しらばっくれないでくれます?」

 

「いや、しらばっくれてない。マジで分からない。なんで俺が君と揉めてるのかも分からない」


「思い出せないなら、私があなたの脳みそからじっくり探してあげますけど」


「多分見つからないと思う。なんせ、この五日間の記憶が無いんだ」


「……チッ」

 

 メガネは苛立たしさを隠さず、舌打ちすると、自分の親指をガシガシと嚙み始めた。

 

「早すぎ……もう記憶が盗られてる……? 誰だ? 魔法協会か、テロリストか……私以外の生徒会の誰かだってあり得る……早すぎんだろ……!? ムカつくムカつくムカつく……」


「だから、俺に……いや、俺の脳みそに君の言うような価値は無い」


 メガネはキッとこちらを睨みつけると、おもむろに右手を翳した。


「価値が無いかは私が判断しますから。センパイが嘘ついてる可能性も全然ありますし」


 メガネの光輪オーバーヘイローがまぶしく輝き始めた。

 エーテルを遮断されてる俺は(意図的に遮断されているのではなく、彼女の強力なエーテル感応力によって俺のリソースが奪われているのだろう。デカい惑星の超重力に吸い込まれる小惑星のように)、成す術無く突っ立っていた。

 魔法は使えず、銃もなく、財布すらもない。記憶だって無い。

 命乞いをするには、あまりにも俺は手元にカードが足りていない。

 瞬きする間に俺の肉体は何らかの手段で生命活動を強制終了させられて、頭から脳みそを穿り出されて、チョンウのパートナーよろしく分子メモリに魂を抽出されるのだろう。

 じっくりと記憶データを解析され、目当ての情報が無いと分かれば、そのままゴミ箱に捨てられて……。


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