薬の副作用を抑える薬の副作用

 俺と壁子は少女を然るべき機関に送り届けてから、帰路についていた。

 数年前に中古で買った軽自動車は、公道を「私は貧乏です」と宣伝しながら走る。

 ランボルギーニに乗りたい訳じゃないが、あんまりなボロ車で悪目立ちするのも考えものだ。

 特に、我々のような恨みを買いやすい生業の人間は。

 仕事がひと段落ついて、痛む右腕を思い出す。右腕は打撲傷で黒ずんでいた。鉄パイプだか日本刀だかを受け止めたっけ。折れてはいなさそうだった。

 

「今日、集合地点を間違えてたよな」


 助手席で、俺はポツリとそう呟いた。

 壁子は全く何の反応も示さず、アクセルを踏み続ける。

 遅くもなく、早くもなく、メーターは法定速度ちょうどを指していた。


「ごめん」


 と、壁子は言った。


「謝らなくても良い。責めたい訳じゃない」


 それは本心だ。

 世の中には潮時というものがある。

 とりわけ、魔法少女のそれは早い。

 十代の頃のエーテルに対する感応値がいくら高くても、己の肉体を循環器にし続けた末路は、決して幸せなものではない。

 四肢が動かなくなる者、言葉が話せなくなる者、目や耳が聴こえない者、そして……心を侵される者。

 “技術”が秘匿される理由は大きく二つある。

 一つは、オーバーテクノロジーであること。ある程度の規制や体系は形作られてきても、まだまだ黎明期と言って差し支えないこの力は、必ず社会を無秩序に陥れる。

 そしてもう一つは、有害性。安全性が全く保証されていない危険な力で、使用者にどんな悪影響が及ぼされるか分からないからだ。

 “技術”は魔法なんかじゃない。人類の発展にも、破滅にも、どちらにも大いに貢献できる未知の存在だ。

 夢と希望だけじゃないから、魔法協会のような番犬が必要だった。

 その末端で生きている俺たちだが、それもずっとは続けられない。

 今回、壁子が合流地点を間違えた原因は分からないが、彼女は話したがらないだろうし、聞くつもりもない。

 俺たちの使用するスクロールはシンプルなものばかりで、誤作動はあまり考えられない。

 となると、誤作動を起こしたのは人間の方だ。

 それが俺の悲観的な妄想じゃない事は、彼女の足を見れば分かる。

 彼女の足首が赤黒く腫れている。

 肉体組織をカーボンナノチューブに変えた際に、傷ついてしまったのだろう。

 平気でアクセルを踏んでいるのは、こっそりとスクロールで痛覚の受容体を麻痺させているに違いない。

 触覚を失った足での運転は危険だから、ダミーの感覚神経を展開して。

 薬の副作用を抑える薬の副作用を抑える薬の副作用を抑える……。

 ……そんな魔法ばかり使って、体が正常にいられるワケがない。

 壁子の引退の日が近い事を、俺はひしひしと感じていた。

 きっとそれは、彼女も同じだろう。

 

「次で終わりにしよう」


 俺の言葉の意味は本人も良く理解しているだろう。

 壁子は相変わらず表情を変えないが、纏っている空気がほんの少し沈んだ。


「……次で終わり」


 ほとんど何も考えていない様子で、壁子は俺の言葉を復唱する。


「そうね……それが良いかも」


 絞りかすのような言葉が、ぽつりと彼女の口から漏れる。

 俺は少し憐れに思った。

 魔法少女にさせられて、強引にフィギュアスケート選手の夢を奪われた彼女。

 そして今度は、魔法少女の未来が閉ざされようとしている。

 次で終わり。でも、人生はまだ続いていく。

 彼女にとってのその次は?

 ……だが、このままだと崖っぷちだ。

 肉体は蝕まれる。精神も蝕まれる。

 それでもなお魔法を使い続けた末路が、あのテロリスト達だ。一番恐ろしいのは魔法そのものに“取り憑かれて”しまう事だった。

 連中は魔法少女への憧憬が産んだ、自らを葬り損ねたゾンビ達だ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る