第9話 日常9

「ユウトさんと二人きりでお出掛けなんて、なんだか久しぶりな感じですね!」

「言われてみればそうかも。こっちに来てからは、クエストやら畑仕事やら、ゆっくり遊びに行くこともなかったし」


 とある日の午後。


 俺とフェリシアは、隣町までの道のりをのんびり歩いているところだった。


 季節は春本番に差し掛かったということで、外はかなり暖かく、歩いているうちにうっすらと汗ばんでくるほど。

 

 元の世界だと桜の花びらが舞い踊る季節でもあるのだが、生憎この世界には桜という植物は存在していない。

 残念ではあるのだがその代わりに、多種多様な植物が道端に咲き誇っているため、これはこれで春を感じることができていた。

 

 そして、冒頭の会話に戻るのだが、今は俺とフェリシアの二人きり。

 今日はこれから、生活必需品やその他の物資などを揃えに隣町へ向かうことになっていた。


 俺たちの町にももちろん、最低限の物資を取りそろえる商店は存在する。しかし、品ぞろえはお世辞にも多いとは言えないため、手に入らないものも多い。

 そのため、必要に応じて隣町の商店にまで足を運ぶことがあるのだった。


 隣町の商店は規模も比較にならないくらいで、尚且つ値段も安い。

 クエストで報酬を稼いでいるとはいえ、安いに越したことはないのはもはや一般人の定めだろう。

 同じ商品の値段が安いのなら、そちらに向かうのは世の常である。


 ただし、毎回毎回隣町までいくのは面倒(片道1時間以上かかる)なので、行くのは1か月に一回程度。

 大体、そのタイミングで必要なものをまとめ買いしている。


 基本的にはレイやスカイラも含めて向かうことが多いのだが、今回はレイがスカイラをクエストに連れて行ってしまった(強制的)ため、フェリシアと二人きりとなっていた。


(レイの前で口を滑らせたのが仇となったな……)


 うっかり食事時にスカイラが『最近身体がなまってるのよね~』と何気なく呟き、その呟きを見逃さなかったレイが『それじゃあモンスターを狩りにクエストに行こう!』となったわけだ。


 別に身体を鍛えるのに必ずしもモンスターを狩る必要はないのだが、頭をクエストという言葉に支配されたレイは止まらない。

 あっという間に準備を整えると、駄々をこねるスカイラをお構いなしに引っ張っていったというわけである。


『ユウ、助けてっ!? アタシ、死んじゃう!!』


 強大なモンスターに襲われたとき並みの悲鳴を上げ、俺に助けを求めたスカイラ。しかし、俺が手を伸ばす暇もなく連れていかれたため、どうすることもできなかった。


『大丈夫だ。人はそう簡単に死にはしない。特に、今回のクエストは簡単だからな』

『いやぁああああああ!!』


 断末魔のような悲鳴。泣き喚くスカイラを特に気にした様子もなく、レイは笑顔で家を出ていった。


 あまりにあっという間に出来事に俺は何もできず、ただ茫然と立ち尽くす。


 しかし、すぐに気持ちを切り替えると、スカイラが連れていかれた方向に合掌していた。


 こればっかりは仕方ない。人類、時には犠牲もつきものである。それに、レイが付いているので本当の意味で死ぬことはないだろう(スカイラにとっては可哀想だが)。


 というか、レイはこっちに来てから脳筋度合いが増した気がしてならない。元々若干、脳筋な部分は見え隠れしていたのだが、最近は特に顕著である。

 ある意味、自由になったこともあり、眠っていた彼女の戦闘狂バーサーカーとしての一面が顔をのぞかせているのかも……。


 そんなこんなで、残った俺とフェリシアは、直近で生活必需品がかなり少なくなってきた事もあり、隣町までお出掛けすることになったのであった。


「それにしても、スカちゃんはあれでよかったのでしょうか?」

「いいか悪いかで言ったら多分、良くなかったと思うけど……まあ、あいつの事は忘れよう。レイに捕まったら助からない」

「ユウトさんて、スカちゃんに対して意外と容赦ないですよね」


 苦笑いのフェリシア。いや、あれはレイが悪いのであって、俺が容赦ないわけではない。


「仕方ないよ。あのまま助けに行ったら、俺までクエストに連れていかれかねなかったし」

「なるほど……それは困りますね」

「だろ?」

「はい。連れていかれてしまったら、こうして二人きりで買い出しに出掛けられなかったですから」


 フェリシアはそう言って笑うと、嬉しそうに俺の腕をとる。

 二人きりの時、フェリシアは普段よりも積極的だ。彼女の持つ積極性は、分かっていても少しドキッとする。


 いつもは御淑やかであり、レイやスカイラに隠れて一歩後ろに下がっている印象があるからこそ。

 しかし、二人きりの時はあまり遠慮をしないみたいだ。俺にとっても、気を遣われるよりはよっぽどましである。


 ましではあるのだが、未だにドキドキしてしまうのは、やはり彼女のもつギャップ性が大きい。

 お姫さまって意外と積極的なことが多い(漫画とかラノベとか)けど、実際にやられると本当に心臓に悪いんだね。


「…………」

「ん? どうした?」

「せっかくこうして腕を組んだのに、ユウトさんの反応がイマイチだなと」


 不満げに眉を顰めるフェリシア。何となく、彼女の言わんとしていることが分かる。


「……私のここが、お二人に比べて貧相だからでしょうか?」

「…………」


 前もどこかで話したかもしれないが、彼女はレイやスカイラと自身のを比較し、サイズ感を気にしている。

 

 確かに、単純に彼女たちのモノ《おっぱい》と比較すると小さいのかもしれない。

 たまに、彼女たちのモノと、自身のモノを見比べてため息をついている時もあるからな。


 しかし、こうして腕を組むと彼女の持つおっぱいの柔らかさはもちろん感じる。

 更に、フェリシアのおっぱいのサイズはあの二人と比べて小さいだけで、世間一般と比較すると平均値以上だ。


 つまり、男である俺からしてみれば、彼女のおっぱいが貧相なんてことは考えられないことだった。

 俺が何も反応しなかったのは、彼女の腕組までの仕草があまりに自然であったため、それが普通だと錯覚してしまったことが大きい。


「いやいや、別にそんなこと考えてないから。ただ、あまりにも腕を組むまでが自然だったから、何も反応できなかっただけだよ。ちゃんと嬉しいって思ってるから」

「……本当ですか?」


 それでも疑いの眼差しを向け続ける彼女に、俺は一つ息を吐く。

 周りに誰もいないことを確認し、


「……っ!?」

「…………」


 彼女の唇にキスをした。


 ここまでするつもりはなかったけど、まあいいだろう。決して、フェリシアの唇が瑞々しくて我慢できなかったとかじゃないからな?


 あくまで、彼女を安心させるため、機嫌を直してもらうために仕方なく。本当に仕方なくだからね!?


 一方、道のど真ん中でいきなりキスをされたフェリシアは目を白黒させ、頬を赤らめる。

 あまりに突然だったし、流石に怒られるかも……しかし、その心配も杞憂に終わった。


「……も、もうっ! こんな所で、い、いきなりキスなんて……誰かに見られたらどうするんですか!?」

「ご、ごめんなさい……」

「まったく……でも、ありがとうございます」

「え? なんでお礼?」

「だって、私を安心させるためにしてくれたのでしょう?」


 普通に見抜かれていた。

 いや、この状況でキスをすれば普通は気付かれるか。俺はバツが悪いとばかりに頭をかく。


「い、いや、別にそんなことは……」

「下手くそな嘘をつかないで下さい。私にはお見通しなんですから」

「……はい。フェリシアの言う通りです」

「ふふ、よろしい!」


 楽しそうに笑うフェリシアにつられて、俺も思わず笑みがこぼれる。


 ここに来た当初は見られなかった、心の底からの笑顔だった。


「道の真ん中でキスは流石に恥ずかしかったですけど、誰も見ていないようですし、ユウトさんの気持ちも伝わってきたので、許してあげます」

「ありがとう。許してもらえなかったら、土下座も覚悟してたくらいだし」

「えぇっ!? そ、そこまでしなくても……」

「大丈夫、土下座は嘘だから」

「っ! も、もうっ! また私をからかって!!」

「あははっ、ごめんごめん」


 ぷんぷんと頬を膨らませるフェリシア。

 その辺の女の子がやったらあざとさ100%なのに、フェリシアがやるとただただ可愛いのは不思議なものである。

 取り敢えず、おっぱいの事は忘れてくれたみたいなので、よかったよかった。


 その後は、ぷりぷりと怒るフェリシアを宥めつつ、隣町を目指して歩くのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「着きましたね!」

「前に来た時よりも出店の数が増えてるな」


 歩き続けて1時間ほど。俺とフェリシアは目的の町に到着していた。


 俺たちの住む町と比較して人口も多く、商品の流通も活発なであり、至る所から威勢の良い声が聞こえてきて、活気に満ち溢れている。


 また出店だけでなく、酒場や宿場の数も多く、多くの冒険者らしき姿の者も見受けられた。


「あっ、見てください! 珍しい果物が沢山ありますよ! こっちにはお魚やお肉も! あっちには洋服を売っているお店もありますね!」


 目をキラキラと光らせ、近くの出店に駆け寄っていくフェリシア。そんな彼女を思わず苦笑いで追いかける。


 確かに、珍しい果物も陳列されているし肉や魚もあるが、俺にとってはあそこまではしゃぐほどではない。


 しかし、元お姫様であるフェリシアは違うようだった。


 なぜなら、お姫様だった頃は常にお城の中にいるのが当たり前で、こんな下町のような光景に触れることもなかったのである。


 一人での外出はもってのほか。食事は既に加工されたものであり、洋服は宮廷内で用意されたもの。

 つまり、自分の目で、自分の好きなように見る機会すら、彼女にとって貴重な体験だったのだ。


 自由という言葉は、お姫様の時代の彼女には存在しない。


 だからこそ、こうして自由に歩き回って、気の向くままに商品を見て回ることも、全てが新鮮に映っているのだった。


 ……一応、何度かレイたちも含めてこの町には来てるんだけどね。

 それでも、物珍しさがなくならないのは、ある意味良いことなのかもしれない。

 本人が楽しいのなら、それでオッケーです。


 俺やレイ、スカイラは、特段珍しい光景でもなく、あくまでよくみる光景の一つ。

 つまり、このような町を見ても特に気持ちが昂るとまではいかないことが増えていた。


 だからこそ、無邪気に楽しむフェリシアの姿は俺たちにとっても癒しになっているわけで……。

 

「ほら、ユウトさん。早く行きましょう!」

「はいはい、分かったから。あんまり引っ張らないで」


 例えるなら、大型犬がはしゃぎまわっているという言葉がぴったりだろう。

 俺はその大型犬に振り回される主人というわけだ。


 大型犬というだけあって、力も強いのなんの……あの細い腕のどこにこんな力があるのやら。


 彼女に引っ張られること、約2時間。


「ふぅ、流石に少し疲れましたね」

「……少し?」


 俺とフェリシアは買い物袋を抱えて、近くにあったベンチに腰を下ろしていた。


 フェリシアの右手には出店で買った、焼き豚の串が。歩き回ったので、お腹が空いたとのこと。


 ちなみに、俺も匂いに負けて購入しました。あの甘じょっぱいタレが絡んだ豚肉を、炭火で焼いた匂いにかなう人類なんていない気がする。いや、本当に。


「はふはふ……ん~! すっごく美味しいです」


 幸せそうな表情で焼き豚の串にかぶりつくフェリシア。かぶりついた時の表情は、元の世界であれば間違いなくCMに起用され、焼き豚串のブームが起こっていたと想像できる程。


 俺も冷めないうちにとかぶりつくと、口の中にタレの甘じょっぱさと肉汁が広がり、とっても幸せな気分になった(小並感)。


「うん、うまい。フェリシアにつられた感じだけど、買って良かったな」

「ふふっ、ユウトさんってば口元にタレが付いてますよ?」


 タレが付いていると指摘したフェリシアは、俺の口元に指を伸ばす。

 そのままタレを優しく指でふき取ると、何の抵抗もなくその指を咥えて汚れを舐めとった。


「……フェリシアって、意外と大胆だよな」

「へっ? 何がですか?」


 不思議そうに首を傾げるフェリシア。うん、さっきのも無自覚だったようだ。

 お姫さまって意外と大胆で恐ろしい。


 さて、フェリシアにつられて、気になったお店に片っ端から入った結果、思いのほか時間が経過していた。


 時間は大体夕方の5時くらい。

 必要なものは大体揃えたし、このまま帰ってもいいのだが、途中で日が暮れて真っ暗な道を歩くことになる。


 夜はモンスターの動きも活発になるので、結構危ない。夜行性のモンスターの中には、凶暴性の増す奴らもいるからな。

 そもそも今日は、結構動き回って疲れたので、このままこの町で一泊するのが良いだろう。


 幸いなことに、この町には酒場も宿屋も豊富で、値段も良心的であるため、食事や泊まるところに困ることはない。

 うん、今日はもうこのまま泊まってしまおう。


「フェリシア。今日は遅くなったし、このままどこかの宿を取って泊まろうと思うんだけど?」

「確かに、結構遅い時間になってますね。申し訳ないです、私がはしゃいでしまったばっかりに……」

「いや、全然気にしてないから。むしろ、はしゃいでるフェリシアを見てて、俺も楽しかったし」

「それはそれでなんだか複雑です……」


 少しだけ頬を赤らめるフェリシア。

 テンションが落ち着いてきたため、先ほどの行動を思い出して恥ずかしがっているようだ。可愛い。


「じゃあ、取り敢えず宿を探そうか」

「はい。ありがとうございます」


 宿屋が点在しているエリアに歩いていき、よさげな宿を見つけた俺たちは荷物を置いて一息つく。

 

 部屋は2人で過ごすには十分な広さであり、真ん中にダブルベッドが置かれていた。

 朝食も付いて値段もリーズブル。更に部屋の中にシャワーまで設置されていた部屋だったので、我ながら良い部屋を見つけたと心の中で自画自賛していたのは内緒。 


「よし、取り敢えず飯を食いに行こうか。さっき、宿の人から美味しい飯屋の情報は聞いてるから、そこに行こう」

「はい! 楽しみです」


 宿の人におすすめされたお店は、新鮮な魚介類を使用した料理が有名であり、カルパッチョやアクアパッツァ。

 更には、パエリヤや季節の魚のお刺身(流石に醤油はなかったので、別のタレだった)など、種類も豊富だった。


 味はもちろん美味しく、フェリシアが『家で作る時の参考になります』と話していたほど。

 お酒も飲めるお店だったため、俺とフェリシアもほろ酔いになるくらいにはお酒も楽しんだ。


 そして大満足のまま俺たちは部屋に戻ると、俺はベッドに大の字に横たわる。


「いや~、美味しかったな」

「はい。私も食べ過ぎちゃったくらいです」

「俺もだよ。めちゃくちゃお腹一杯」

「最後の方、少しだけ苦しそうでしたもんね」


 お腹をさする俺を見て、フェリシアが笑みを浮かべる。彼女の言う通り、最後の方は頼み過ぎて若干苦しかったが、それでも美味しさの方が勝っていた。

 いやはや、お店を勧めてくれた宿屋の人には感謝である。


 しばらく、お腹を休めるために横になっていると、何やらそわそわしているフェリシアと目が合った。


「ん? どうかしたのか?」

「っ!? べ、別に、何でもない、です、けど!?」


 何でもないわけない反応。

 俺が疑うような視線を向けていると、彼女は観念したようにぽそっと呟く。


「…………このまま何もしないで寝ちゃうのかなって」


 フェリシアの言葉の意味が分からないほど、俺も子供じゃなかった。

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