裏第3話 メンバー
「うーん、まずはその髪の毛と髭を何とかすべきだな」
無理やり牢獄から連れ出された俺の顔をまじまじと見て、レイがそう呟く。
それもそのはずで、俺はこの牢屋にぶち込まれてから散髪はおろか、風呂にすら入れていない。
髪も髭も伸びっぱなしであり、かなり見苦しい見た目となっていた。
更に、自分で言うことじゃないかもしれないが、体臭もかなり酷くなっていると思う。
俺自身はこの環境に慣れたせいもあって何も感じないけど、実は臭いということは十二分にあり得る。
「……よしっ。メンバーと会う前に、まずは身なりを整えることが先決だな。おいっ!」
「な、なんですか?」
レイが隣を歩いていた男に声をかけた。声をかけられた男はビクッと肩を震わせるも、訝し気な視線をレイに向ける。
「彼を風呂に案内してくれないか? それと、髭を剃るための剃刀と服の準備も頼む。サイズは標準的なものでいいだろう」
「はぁっ!? どうして私がこの出来損ないの為に動かないとならないのですか!?」
納得しかねると言わんばかりに男が声を上げる。多分、このままお役御免とばかりにこの場を去りたかったのだろう。
俺に対する嫌悪感を微塵も隠そうとしないあたり、逆に清々しさすら感じた。
「私はこれからメンバーを集めて彼のことを説明する必要がある。だからお前に頼んでいるんだ」
「そんなの、こいつを風呂に連れて行ってからすればいいじゃないですか!! そもそも、私はあなたと彼を会わせることが目的であって、こんな雑用をする必要なんてどこにも――」
「いいから」
こちらがぎょっとする勢いで、腰に差していたレイピアを抜くと、男の喉元に軽く押し付ける。
その動きはあまりに早く、視認できなかったほど。一方、喉元にレイピアを押し付けられた男は悲鳴に近い声を上げる。
「ひぃっ!? い、いい、いきなり何をするんですか!? こんなことをして、タダで済むと思って――」
「私はきちんと国王様に許可を得て、彼を連れ出しているんだ。お前も頼まれた以上、彼が私の部隊にきちんと配属されるまで面倒を見るべきなんじゃないのか?」
正直、無茶苦茶な異論ではあるのだが妙に理にかなっていて困る。更に、威圧感のある彼女の瞳は有無を言わさない説得力があった。
男は額から冷や汗を流しつつ、半ば投げやりに叫ぶ。
「わ、分かりました! 分かりましたから、早くこの物騒なものをしまって下さい!!」
「……分かればいい。それじゃあ、頼んだぞ。風呂が終わった後は、私の所属する部隊の部屋に連れてきてくれ」
要望が受け入れられたので、静かにレイピアを柄に納める。男は安心したのか、その場にすとんと座り込んでいた。
確かに、あんな物騒なものを喉元に押し当てられたら気が気がないのはよく分かる。彼女も殺す気はなかっただろうけど、それでも怖いものは怖い。
一瞬だけだったけど、彼女の強さ(強引さ)を垣間見た気がした。
「君も、また後でな」
ポンっと俺の肩を叩く彼女の表情はやわらかく、先ほどのやり取りが嘘のようだった。
メンバー? の元へ向かったレイの姿が見えなくなると、座り込んでいた男がわざと聞こえるように舌打ちをする。
「全く!! なぜ、私があの女の為にこき使われなければいけないんですか!? あなたも、その辺を分かっているんでしょうね!!」
正直、その辺の事情なんて知っちゃこっちゃない。そもそも、この世界の事すら碌に分かっていないのだ。
国王という名前だけを聞いて判断するに、恐らく俺の生きていた現代社会とはまるで違うことだけは確かである。
「聞いているのですか!? ……はぁ。今のあなたと話すだけ無駄ですね。ほら、さっさと行きますよ!」
俺に文句を言っても無駄だと悟った男は、紛然たる雰囲気のまま俺を風呂のある部屋まで連れていく。
半分、脅されていたとはいえ、なんだかんだ律儀な人である。
彼について2、3分ほど歩いただろうか?
「ほら、着きましたよ。中には誰もいませんから、好きに使って下さい。剃刀はそこ、服は持ってきて置いておきますから」
案内された浴室は、かなり広い場所だった。言うなれば、スーパー銭湯並みの広さがある。
多分、20人程度なら一緒に入っても十分過ごせるだろう。
中央にある浴室からは湯気が立っており、いつでも入ることができそうだ。
「ほらっ、ぼさっとしてないで!! 使い方は流石に分かりますよね?」
「は、はい……」
「まったく、私も忙しいのですから、これ以上余計な仕事を増やさないで下さいね!? それにしたってあの女は本当に強引で困る」
ぶつぶつと文句を言いつつ、男は足早に風呂場からでていった。
残された俺は、少しの間ポカンとその場を見つめていたが、取り敢えず風呂に入るため来ていた服を脱ぐ。
服と言っても、体を隠すための布生地と言ったほうがいいだろう。汚れているのはもちろん、所々破れているのでもはや布生地と言えるのかも怪しい代物だった。
そんな最低限の布生地を脱ぎ捨て、浴室内へ足を踏み入れる。
流石に、元住んでいた日本の施設と比較して粗末なものではあったが、一応石鹸やシャワーなど最低限のものはあるようだった。
「蛇口はこれか……冷たっ!?」
蛇口らしきものをひねると、シャワーヘッドからお湯ではなく水が出てきたため思わず声を上げる。
温度調節ができるようなものはなかったため、もしかするとシャワーからは水しか出ないのかもしれない。
それにしても、ちゃんとした自分の声を久しぶりに聞いた気がする。これまでは一人で過ごすだけだったので、声を出す必要がなかったから余計に。
冷たいけど浴びれないよりはましだと思い、しばらく水をかぶっていると徐々にではあるが水が温まってきた。
どんな仕掛けがあるのかは知らないが、温まるには温まるらしい。
しかし、今の俺にとって水でも身体を洗えるというのはとてもいいことだった。
身体を水が流れていくうちに、これまでのやり取りのトラウマが少しだけ流れていく感じがする。
「……えっと、シャンプーはこれでいいのかな?」
目の前には石鹸らしきものと、何らかの液体が入ったボトルのようなものが置かれていた。
ボトルから液体を手にとってみると、ドロッとした感触が手のひらを通じて伝わってくる。
確証はないが、これが恐らくシャンプーだろう。しゃかしゃかと手のひらを合わせると、泡立ってきたので間違いない。
ボトルは1本しか置かれていなかったため、リンスはこの世界に存在しない可能性が高い。
それでも、先ほど言った通り、現状の汚れを落とせるだけで今の俺にとっては十分すぎた。
泡立った液体を頭皮に塗り込むように馴染ませていく。しかし、あまりに汚れが溜まっていたのか、すぐに泡立たなくなってしまった。
正直、さっきまでは自分の頭皮の事なんて何も気にしていなかったけど、こうしてシャンプーを馴染ませてみるといかにあの環境で汚れが蓄積していたかが分かる。
俺は一度、シャワーのお湯で泡を流し、再度シャンプーを手のひらに出して頭の汚れを落としていく。
今度は先ほどの汚れがある程度落ち切っていたので、泡立ちもよく、頭を洗っているという気持ちよさが勝ってきた。
続けて石鹸を泡立出せて身体を洗っていく。こちらも頭皮と同様、かなり汚れが溜まっていた。
入念に身体を洗い、更に顔にも石鹸を馴染ませていく。そのまま渡された剃刀で髭を落とすと、幾分かまともな顔になった自分が浴室の鏡に映っていた。
(……滅茶苦茶やせたな)
鏡に映った自分の顔を見て、思わず苦笑いを浮かべる。
頬はこけ、目の下には隠しきれないくまがくっきりと浮かんでいた。多分、体重も5キロ、いや10キロ以上落ちているかもしれない。
まともな飯を食っていなかったので当たり前ではあるのだが……。
しかし、不思議と気分は先ほどと比較してかなり良くなっていた。汚れや髭を落としただけで、これほど気分が良くなるとは……。
苦笑いではあるが、笑みを浮かべられるようになった点も、汚れを落とした効果があったと言えるだろう。
泡や汚れを落としきった俺は、そのまま大きな浴室へ。
ご丁寧にかけ湯用の桶まで用意されていたため、お湯で身体を流してから湯船に身体を沈める。
(……あぁ~)
思わず声が出かけるほどの気持ちよさだった。お湯の温かさによって、生気が身体を巡ってくるような感覚に襲われる。
湯船の気持ちよさは元の世界と全く変わらなかった。いや、それ以上と言っていいのかもしれない。
血の巡りを感じるのも随分と久しぶりだ。それ程までに、俺の身体はぼろぼろになっていたのだろう。
(風呂を勧めてくれた、あの女の人に感謝しないと……)
気を利かせてくれた彼女に感謝しつつ、俺はたっぷり15分ほど湯船につかる。
そして身体が十分に温まったところで浴室から出ると、ご丁寧に着がえとタオルが籠の中に置かれていた。
正直、タオルの事なんて考えていなかったので、あの人が機転を利かせてくれたのだろう。態度からは俺に対して嫌悪感しか感じていなかったみたいだけど、意外にいい人だったのかもしれない。
まあ、あの女の人に怒られたくないってのが本音だと思うけど。
タオルで身体の水気を取り、用意されていた服に袖を通す。
パッと見は、ゲームなどで冒険者などに最初に支給される服とよく似ていた。
名づけるとすれば、旅人のローブとでもいうべきか? 意外と肌触りも悪くなかったので、それなりに良い素材を使っているのだろう。
着がえを終えた俺は浴場の扉を開けると、既に先ほどの女の人が扉の前で俺の事を待っていた。
「おっ、来たな」
「あっ、す、すみません、お、お待たせしてしまって……」
「いや、気にしなくて大丈夫だ。私が早く来すぎてしまっただけだからな。それにしても……」
風呂上がりの俺をまじまじと覗き込むと、
「さっきよりも、だいぶいい顔つきになったな」
そう言ってニコッと微笑んだ。これまで見せてきた凛々しい顔つきとはまた違う、女性らしい柔らかな表情。
何となく、こっちの表情の方が良いなと思うのは多分、俺だけじゃないはずだ。
この表情を他の人に見せているのかは分からないけど。
それにしても彼女の言う通り、顔つきはましになったかもしれないが、それでもましになった程度である。
いい顔つきというのは半分、彼女なりのお世辞、牢屋から出てきた俺を気遣ってくれたのだろう。
「さて、それじゃあ早速私たちの部屋に向かおうか」
歩き出した彼女を慌てて追いかける。いかんせん、初めて歩く場所ばかりなので置いて行かれたら大変だ。
慣れた様子で歩いていく彼女に付いて行きながら、俺は周りの様子を確認する。
内装は中世ヨーロッパの城内で見られそうなシャンデリアや、壁・床の作りをしていた。
まあ、実際に当時の城を見たわけではないから、あくまで想像でしかないわけだけど。
ちなみに、歩いている場所の広さから察するに、かなり大きな建物の様だ。人が4、5人すれ違ってもまだ余裕がある。
そして、実際に先ほどから何人かとすれ違っているのだが、一様に俺の姿を見てギョッとしていた。
(……まあ、風呂に入ったとはいえまともな人相ではないだろうしな)
髭は剃ったが髪は伸びっぱなしであり、頬もこけている。遠目に見るとゾンビや亡霊のように見えているのかもしれないな。
しかし、前を歩く彼女は周りの視線をまるで気にした様子もない。スタスタと歩みを進めるその姿は、一種の感動すら覚えるほど。
そんな調子で歩き続けること約5分。
「よし、着いたぞ。ここが私たちの部屋だ」
とある部屋の前で立ち止まった彼女は、振り返って俺に伝える。かなりハイペースで歩かれたので、俺は息も絶え絶えになっていた。
牢屋に入る前までなら全く問題ないペースだったのだが……体力の衰えを顕著に感じる。
「おっと、少し早く歩きすぎたかな?」
「い、いえ、だ、大丈夫です……」
息を整えつつ、扉にかけられた木片に目を向ける。
木片には『第9部隊』と、少しだけ汚い字で書かれていた。この部隊名を示すものがなかったため、急ごしらえで用意したのだろう。
言い方はよくないかもしれないが、部隊を名乗る部屋の看板にしてはあまりに粗末なものだった。
「落ち着いたかな?」
「は、はい。なんとか……」
「体力については徐々に戻してもらうとして……それじゃあ、早速中に入ろうか」
彼女が扉を開け中に入って行ったため、その後に続く。
「みんな、さっき話した新しい仲間を連れてきたぞ」
「ほーい。一体、どんな人……」
部屋の中はそれなりに広く、メンバーが使っているであろう道具らしきものが床に転がっていた。
そして部屋の中には銀髪の彼女を除くと3人。
赤色の髪をサイドにまとめている少し小柄な女の子と、青みがかった髪を無造作にストレートに伸ばした女性、更に黒色の髪を短く刈り上げた人のよさそうな男性が、入ってきた俺の事をまじまじと見つめていた。
こんな形で人に見つめられたのが久しぶりだった俺は思わず視線を逸らす。
牢屋から救い出されたとはいえ、この世界の人たちに対するトラウマが完全に消えたわけではない。
恐らく、一生消えることはないだろう。それくらい、これまでに受けた仕打ちは俺の心に大きな傷を残していた。
だけど、救い出してくれた恩には何らかの形で報いる必要があって――。
「ちょっとレイってば! 新しい仲間だって言ってたのに、どうしてゾンビ《モンスター》なんて連れてきてんのよ!?」
なんてことを考えている俺の耳に、つんざく様な声(悲鳴に近い)が聞こえてきたのは、ほとんど同じタイミングだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます