第3話 日常3

「ユウト、そっちに行ったぞ」

「りょうかい!」


 俺から少しだけ離れた場所でレイピアをふるレイから指示が飛ぶ。

 丁度一匹にとどめを刺し終えた俺は、彼女の声に視線を向けると、レイの攻撃をかわした1匹がこちらに向かって突進してくるところだった。


「ウォンッ!!」


 雄たけびを上げながら突進してくるポイズンドッグ。

 ドッグという名前がついているので可愛く感じるかもしれないが、飼いならされたペットの犬と違い、こちらはれっきとしたモンスター。

 見た目も毒を纏ったモンスターらしく、毒々しい紫色の体毛に覆われ、目も赤く染まっている。

 かわいらしさの欠片もない。


(とても、こんな見た目のモンスターに愛着はわかないな)


 俺の腕を噛みちぎらんばかりの勢いのポイズンドッグを剣で受け流すと、その後姿に向かって素早く一太刀浴びせる。


「ぎゃぉん!?」


 ポイズンドッグの臀部に刃が届き、そこから紫色の体液と悲鳴に近い泣き声が上がる。倒せるほどのダメージではないが、充分に致命傷となっているはずだ。

 モンスターの体液や死に際の悲鳴は、最初の頃慣れなかったが、今となっては特段気にする程でもなくなっている。むしろ、慣れないとモンスターの戦闘なんてやっていられない。


「ユウト、交代だ!」

「おう、助かる」


 グッドタイミングで、先ほど相手をしていたモンスターを倒したのか、レイから声がかかる。

 俺はその声を聴き、後ろへ飛ぶ。レイが相手をしていたのって、確か3匹くらいいたはずなんだけどな……あの僅かな時間でサクッと倒しているあたり、一生かかっても彼女の領域に到達することは不可能だろう。

 なんて考えているうちに、俺と入れ替わったレイがものすごいスピードでポイズンドッグとの距離をつめ、


「はぁっ!!」


 モンスターの眉間にレイの一撃が直撃したのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「思ったより時間がかかったな」

「予想していた数よりも、ポイズンドッグの数が多かったからな。それでも、充分に早い方だと思うけど」


 ポイズンドッグを片付けた俺たちは、森の中にある湖のほとりで少し遅めの昼食をとっているところだった。


 今日の昼食は、フェリシアが持たせてくれたサンドイッチ。チーズとハム、それにレタスとトマトが挟まっているオーソドックスなタイプのものと、玉子サンド。


 これがまたうまい。素材の味はもちろん、ハムなどが挟まっている方はソースが食材の良さをこれでもかと引き立て、食べているのにむしろお腹が減ってくるほど。

 玉子サンドは卵の甘みと程よい塩味のバランスがこれまた絶妙。

 

 転生前にももちろん食べたことはあったが、正直それとは比較にならなかった。単純にフェリシアの料理スキルの高さがうかがえる。

 それにプラスして、一仕事終えたという達成感もうまみを引き出すスパイスとして一役買っているはずだ。


 目の前のレイも美味しそうに頬張っている。

 まあ、彼女はよっぽどまずいものでない限り、何でもうまいうまいと言って食べるタイプなのだが。


「それにしても、湖を目の前にサンドイッチなんて食べてると、なんだかピクニックにでもきた気分になるよな」

「確かにな。まあ、ここにもモンスターが出現することはあるから、気は抜けないが」

「この辺なら、レベルも知れてるから大丈夫だろ。ましてや、迷宮ダンジョンに潜ってるわけでもないわけだし」

「ふむ、それもそうか」

「そうそう。だから、今はフェリシアの持たせてくれたサンドイッチを楽しんだほうが得ってもんだ」


 パクっと、俺は残っていたサンドイッチにかぶりつく。心配するものいいが、適度に気を抜いていたほうが、人生楽でいい。

 そもそも、せっかくのサンドイッチを味わうことなく食べてしまうほうが、俺にとってはよっぽど問題だった。


「……ユウトの言う通りかもしれないな」

「本来ならレイみたいに、気を張ってるのが当然かもしれないんだけどな。でも、今、この場所でならそんな必要もないだろ? どうせ、ここには俺たちしかいないわけだし」

「それなら……」


 レイは俺のとの距離を詰め、ピタッと肩を寄せてきた。彼女は普段、ノースリーブのシャツを着ることが多く、今回も多分に漏れずその格好だった。

 鍛えているはずなのに、やわらかいと言った矛盾を抱える彼女の柔肌から、じんわりと体温が伝わってくる。


 更に彼女は密着するだけでは飽き足らず、その右腕を俺の左腕にしっかりと絡ませてきた。


「私がこうしても、誰からも文句を言われないというわけか」

「……まあ、そうだな」

「ふふっ、確かにこうして考えると気を抜くのもいいものだな」


 微笑を浮かべながら、レイは俺の左腕を更に抱き寄せる。

 そうすると、彼女の持つ破壊力抜群の双丘が押し当てられる形になり……相変わらずこの世のモノとは思えない柔らかさだ。


「……ユウト。なにかエッチなことを考えているんではないか?」

「いや、全然。フェリシアのサンドイッチ美味しかったなって」

「おっぱいが押し当てられてやわらかくて気持ちいいと、顔には書いてあるぞ」

「そこまで分かってるのなら、質問しないでくれ」

「ふふっ! ユウトが分かりやすいんだ」


 楽しそうに微笑むレイ。むしろ、俺はそっちの方にドキッとした。

 普段は凛としている彼女が時折見せる、子供っぽい笑顔。俺は意外とギャップに弱いらしい。


「というか、今日はいつになくグイグイくるな?」

「ん? 私としてはいつも通りにしていたつもりなのだが……しいて言うと、最近ユウトとイチャイチャしていなかったから、寂しがっているのではないかと思ってな」

「そんな、子供じゃあるまいし」

「……嫌だったか?」


 一瞬にして不安げな表情を覗かせる。だから、そのギャップは反則だ。


「……嫌だったら振りほどいてるよ」

「ふふっ、本当にユウトは素直だな」


 よしよしと頭を撫でてくるレイ。一方、俺は若干不服だったので、不満げな表情を浮かべる。

 しかし、それも彼女にとっては子供が拗ねているのと同じに感じたようだ。撫でる手の動きが優しくなったのがその証拠である。


(はぁ……ほんと、レイには敵わないな)


 これ以上文句を言ってもしょうがないので、俺はしばらくなすが儘にされる。

 しばらくすると満足したのか、レイはゆっくりを撫でていた手を離す。抱き寄せている俺の左手はそのままだ。


「ところで、今日は予想以上にポイズンドッグの群れが多かったな」

「当初のクエスト以来だと5~6匹だったよな? 全く、ギルドも適当な依頼を出しやがる」


 朝の割り振りを終えて、そのままギルドに向かった俺達は、通常の手続きにのっとりクエストをうけていた。

 クエスト依頼の内容はギルドがある程度調査し、張り出す形となっているが、今回ばかりはギルド側の調査不足を嘆くほかない。ちゃんと数えていたわけではないけど、15匹は確実にいただろう。


 俺たちだから問題なかったけど、駆け出しのパーティと普通に全滅しかけてたほどだぞ。


 ポイズンドッグは単体だとそれ程強くないのだが、集団でこられると厄介極まりない。

 モンスターにしては珍しく連携の取れた動きをしてくるし、何より数で圧倒されればどうしようもないからな。


「まぁまぁ。それでも問題なく片付いたからいいとしよう。報酬は3倍もらうことにするがな」


 ニヤッとレイが悪い笑みを浮かべる。しかし、状況的に考えてもそれくらい貰ったところで罰は当たらないだろう。

 モンスターの素材だって、倒した分だけあるわけだしな。


「まっ、報酬は良いとして、今回もほとんどレイの活躍だけどな。俺は狩りきれなかった奴らを処理しただけだし」

「人には適材適所があるから、問題ない。それに、ユウトがうまく連携してくれるからこそ、私も思い切った攻撃ができている」

「そうだといいんだけどな。これでも剣の扱い方は、こっちの世界に来た当初よりも上達してるんだけど」

「来た時ときと比較してうまくなっていてもらわないと、教えた私のメンツが立たないのだが?」

「嘘嘘。レイ先生のお蔭で俺は強くなれたんだ。だから、ありがとう」


 優しく彼女の髪を撫でると、レイは満足げに頷く。


 詳しくは省略するが、来た当初はもちろん剣を振った経験も、パーティで行動する経験もなかったのですべてが手探りだった。

 もろもろの動きを手取り足取り懇切丁寧に教えてくれたのが、レイというわけである。

 流石、女性で初めて部隊長を務めたほどの実力者だ。


 レイの教え方は分かりやすく、俺はメキメキと頭角を現した……言葉で言うのは簡単だが、めっちゃ大変だった。事実、1年くらいは毎日修行してたくらいだし。

 元の世界で剣道でもやっていればよかったと思ったほど。


 ゲームではキャラクターが簡単に振り回している様々な武器。これをしっかり取り扱うのが難しいのなんの。某モンスターを狩るゲームの主人公をあれほどまでに尊敬したことはなかっただろう。


 それに加えて、パーティでモンスターなどを狩る際には、場面に応じて必要な連携をとる必要があり、これもまた大変だった。

 理由は簡単で、いくら練習で学んだとしても、実践でいかせないと意味がなかったからである。


 レイの指導の元、実践で経験を重ねた俺だったが、数えきれないほどの失敗をした。パーティに死ぬほど迷惑もかけた。


 しかし、だからこそ、今日の連携があるのだ。あの日々は決して無駄ではなかった。

 それを今実感できているのだから、あの特訓は大いに意味があったと言えるだろう。


「だけど、やっぱりレイのレイピア捌きは何時みてもすごいよな。スピードとか、太刀筋の正確性とか」

「そう言ってくれるのは嬉しい限りだが……今日はあまり調子が良くなくてな。最後に倒した一匹も、本来であればまとめて倒せていたはず」

「あ、あれでも調子が良くなかったんだ……」


 悔し気に親指を噛むレイに、俺は少しだけ引いた。だって、普通に全盛期と変わらない動きしてたんだもん。

 あの動きのどこに悔しがる要素があるというのか。きっと、フェリシアやスカイラも同じ反応だろう。


「やはり、ポイズンドック程度では修行にもならないということか。今後は、更に難易度の高いクエストをうけなければ……」

「ほどほどでな。あんまり危険なクエストを受けて怪我でもされたら大変だし」


 彼女の戦闘狂っぷりにも困ったものである。せっかく辺境の地でのんびり暮らしているというのに、自ら危険に飛び込んでいっては元も子もない。

 これは、しばらくクエストは俺とスカイラで言ったほうがいいかも。


「……さて、サンドイッチも食べ終えたし、残りは薬草採取のクエストだけだが」

「その場所については、ある程度目星は付いている。ここからそこまで離れていない場所に群生地があったはずだ」


 流石、既にそこまで調べが行き届いているのであれば、クエスト達成にそこまで時間がかからないだろう。


「じゃあ、サクッと薬草を取りに行ってクエストを終わりにしますか……って、ん?」

「…………」


 立ち上がろうとした俺は、左手の力が強くなり腰を少しだけ持ち上げた姿勢となる。理由は、レイが俺の左手を離すどころから少しだけ力を強めてきたからだ。

 何かやり残したことでもあったかな?


 首を傾げていると、少しだけ顔を赤くしたレイがぽそぽそと、しかしはっきりと希望を俺に告げてくる。


「…まだ」

「まだ?」

「私はまだ、このままでいたい。……最近はユウトと二人きりで過ごす時間も少なかったから」


 ギュッと、甘えるように抱き締める力を強くする。彼女と視線が合うと、その瞳は涙で潤んでいた。


 ……慣れていたはずだったのに、思わずごくッと生唾を飲み込む。


 どこまで計算しているか分からないが、その瞳は俺をその場にとどまらせるのには十分な威力を誇っていた。


「もちろん、皆と過ごす時間も楽しい。だけど……たまには、こうして二人きりでユウトに甘える時間も欲しい。……だめだろうか?」

 

 レイは俺より2つ歳が上だ。つまり、年上のお姉さんということになる。

 さらに言えば、女性として初めて部隊長を務めるほど、精錬で、凛々しくて、弱音を吐かない女性だった。


 そんなお姉さんであるレイが、まだこのままでいたいと甘えるように声を上げる。事実、甘えてきてくれてる。

 

 普段は頼りになるお姉さん的ポジションで、事実、俺たちのお目付け役のようなレイ。口うるさいことも多いが、全ては俺たちの事を想っているが故。


 他人に甘える姿が想像できない、そんな彼女。だからこそ、こんなギャップのある姿を魅せられて、この場を動くという選択肢を取れるはずがない。


「……確かにレイの言うとり、薬草採集なんてすぐに終わるだろうし、しばらく休んでも罰は当たらないだろうな」


 俺は立ち上がりかけていた腰を元の場所に落とすと、レイの身体を優しく抱き締める。

 甘えた言葉を投げかけられたあたりから、我慢していたから少し力は強かったかもしれない。

 だけど、彼女は嬉しそうに俺の身体を抱き締め返してくれた。


「……やっぱりユウトは優しいな」

「それは違う。俺はみんなに優しくされてきたから……その想いに応えようとしてるだけだよ」


 俺は別に誰彼構わず優しくするようなお人好しではない。

 優しくされたから……特にレイ、スカイラ、フェリシアは特別だった。俺は3人のためだったら死ぬことだって厭わない。


 3人は全力で拒否するだろうけどな。これは俺の中だけの秘密である。


「スカイラやフェリシアはこの姿を見て、嫉妬するだろうか?」

「まあ、多分するんじゃねぇか? クエストの最中に何やってるんだって感じに」

「ふふっ、二人のその姿が想像できるな」


 想像できると言いつつ、俺の背中にまわす腕を解く様子はない。 


「……でもやめないんだ」

「それとこれとは別の話。まだ、全然足りない」


 抱き締めあったまま、後ろにゆっくりと倒れる俺達。

 倒れた先には草が生い茂っており、やわらかいクッションのような役割を果たしてくれて痛くはなかった。

 そのまま、レイが覆いかぶさるように態勢を変える。


「逆に自慢してもいいかもしれないな。二人でクエスト中にこんなことをやっていたと。嫉妬する二人の顔が見てみたい」

「レイって意外と意地悪だよな? というかS?」

「どっちだろうな。だけど、どっちの私でもユウトは甘えさせてくれるんだろ?」

「そりゃな。どんな性格のレイでも、おれにとってはただ一人のレイには変わりないわけだし」

「……やっぱりユウトはユウトだな」

「なんだよ、それは?」

「私がユウトの事を好きだという意味だ」


 気付くと俺とレイの唇が重なっていた。

 瑞々しさと張りのある彼女の唇は、何度口づけをしても飽きることはない。


「んんっ……」


 一度唇を離しても、それを許さないかのように彼女が再び唇を重ねてくる。

 舌を絡ませ合うと、くぐもった声が彼女の唇から漏れる。普段の口調からは想像もできないような甘ったるい声。

 

「……んんっ、……ゆぅ、とっ、……ぁっ」


 段々と舌の絡み合いが激しくなり、そのたびに悩ましい艶やかな声が本能を刺激する。


(……っと、これ以上は駄目だ。外だし、クエストも途中だし。……ものすごく、勿体ないけど)


 これ以上やると外でシかねないと感じたため、名残惜しくも俺たちは唇を離した。

 つつっと唾液が俺とレイの間に糸を引く。


 彼女の顔は真っ赤に染まり、その唇は混ざり合った唾液でてらてらと輝いていた。


「……少し、物足りないな」

「流石に外でするのもな。まだクエストも残ってるし」

「……私としては外でシても構わないのだが?」

「…………ダメだ」

「大分、間があったのは私の気のせいかな?」


 男の本能を刺激する言葉ばかりを並べ立てるレイに、俺は何とかして抗う。しかし、逡巡していたことはバレていたようだ。

 レイがエロすぎるのが悪い。というか、スイッチが入って一番ヤバいのってレイなんだよな(これまでの経験より)。


「もう少し休んだら目的の場所までいこう。それでいいだろ?」

「まあ、ユウトの言う通りだな。これ以上シて、遅くなったら二人を怒らせしまう」


 ようやく彼女も落ち着いてくれたようだ。多分、お互いにあれ以上踏み込んでしまうと、理性がどこかへ飛んでいってしまうと分かっていたからだろう。


「……だから、あと少しの間はユウトを堪能させてもらうことにしよう」

「ほどほどでお願いします」


 その後は二人きりの時間を堪能するように、甘えたり、甘えられたりしていた。

 もちろん、クエストはしっかりこなしましたよ?

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