第4話 日常4

 無事にレイと共にポイズンドッグを倒し終え、薬草採取も終えたその日の夜。


「ん~! やっぱり一日働いた後のご飯は最高ね!」

「モンスター狩りで疲れた体に染み渡るな~」

「二人とも、大袈裟ですよ」


 俺とスカイラはフェリシアが作ってくれた晩御飯を口に蕩けるような感想を口にしていた。

 フェリシアは謙遜しているものの、全く謙遜する必要もない。これまで多くの飯屋で料理を口にしてきたが、フェリシアよりもうまいと思ったことはほとんどなかった。

 材料の良し悪しもあるかもしれないが、やはり一番は愛情がこもっているという所だろう。

 つまり、愛情に勝るスパイスはないということだ。


「いやいや、何にも大袈裟じゃないから」

「そうそう、ユウの言う通り。フェリのご飯は世界一!」

「も、もぅっ! 褒めても何も出ませんからね!」


 顔を赤くして表情をふにゃふにゃさせているので、全く説得力がなかった。多分、今の状態で色々頼めば何でも作ってくれるだろう。


「二人とも、あまりフェリシアで遊んでやるなよ?」

「えぇ~? でも、この状態のフェリって可愛いからつい」

「……まあ、可愛いのは認めるが」

「認めちゃうんだ」


 見かねたレイが苦言を呈すも、スカイラの説得力?のある言葉に何故か言い負かされていた。まあ、気持ちは分からんでもないけど……。


「それにしても、この鮭は美味しいな。安かったのか?」

「そうなんです! たまたまお店に行ったら安くしてくれたので」

 

 レイの問いかけに、嬉しそうに手を合わせるフェリシア。

 ちなみに、今日食卓に並んでいたのは朝とはまた違った種類の野菜サラダ。それにビーフシチューと鮭のマリネ。鮭については魚を仕入れている店主が安くしてくれたとのこと。

 いつもお世話になっているお店なので、おまけをしてくれたのだろう。あと、絶対にフェリシアが可愛いってのもあるはずだ。

 

 男の俺が行っていたらおまけはしてくれなかったはずである。店主が男なので、こればっかりは仕方がない。

 商売ってのはどこまで言っても結局は人が運営しているからな。


「ところで、今日のモンスター狩りは順調だったの?」


 ビーフシチューを口に運びつつ、スカイラが訊ねてくる。


「まあ、順調だったよ。ほとんどレイが倒しちゃったけど」

「それじゃあ、いつもと変わらないじゃん。ユウってば何しに行ったのよ?」

「一応俺も倒したから。……2匹くらい」

「少なっ! ……まあ、隣にレイ(戦闘狂バーサーカー)がいれば仕方ないか」

「おい。なんだか失礼なことを考えていないか?」


 仕方ないかという表情で納得するスカイラに、レイは不満げだ。

 しかし、それもいつもの事なので気にしない。というか、レイは誰と行ったって一番多く倒すんだから今更も今更だ。

 

「若干、数が多かったことだけは想定外だったけどな」

「あっ、そうなんだ! でも、ギルドの適当さも今に始まったことじゃないからね~。アタシも別のクエストの時に思いっきり詐欺られたことあるし」

「そういや、モンスターの数が多かったって愚痴ってたときあったな」

「まあ、あの時もレイと一緒だったから問題なかったけどね。アタシの出る幕はほとんどなかったから」

「流石、戦闘狂レイだな」

「流石でしょ、うちの戦闘狂レイ

「お前ら、隠す気ないだろ?」


 おっと、心の中で思っていたことと、建前が逆になってしまった。

 ギロッと睨まれた俺たちは慌てて口を噤む。これ以上いじり過ぎると、またレイピアの柄で殴られることになりかねないので、程ほどにしておこう。


「でも、クエスト自体は完了できたんですよね? それなら報酬もよかったんじゃないですか?」

「まあ、討伐数も違ったからな。薬草クエストもつつがなく終わったから……ユウト、どのくらいになったか分かるか?」

「大体、半月程度なら余裕で暮らしていけるほどの報酬は獲得できたよ」

「多いか少ないか、もの凄く微妙な感じね」


 微妙といったスカイラの気持ちも分からなくはない。モンスター退治って言葉以上に危険と隣り合わせだからな。

 今回のように、ギルドが適当な仕事をしていると数を間違えて酷い目に合うことだってあるわけだし。

 しかし、3人が半月を余裕で暮らしていけるのだからよっぽど問題はないだろう。


 それに、この程度のクエストならギルド内にゴロゴロ転がっているので、俺たちが路頭に迷うこともないはずだ。

 いざとなれば野営覚悟で、連続してクエストを受注すればよい。むしろ、早くお金を貯める目的ならそうしてもいいだろう。俺はごめんだけど。

 今は毎日ふかふかのベッドで眠る生活に慣れてしまっているため、野宿なんて耐えられそうにない。

 情けないと言われればそうかもしれないが、人間は慣れた環境を好む生き物なのだ。だからこそ、俺の考え方は間違っていない……はず。


「それでも半月は暮らせるのだから十分だろう」

「うーん、それもそっか! それに、春からは野菜とか魚とか、色々採れるようになる季節だから、食費も多少浮くだろうし」

「ところで、畑仕事は捗ったのか?」


 俺の疑問に、スカイラは待ってましたとばかりに胸を張る。


「もっちろん! 捗ったという言葉が適さないくらい捗ったわよ!」

「おぉ~……ほんとなの、フェリシア?」

「ちょっと! 少しはアタシの言葉を信じなさいよ!!」


 憤慨しているスカイラを放って、フェリシアに視線を合わせる。すると、彼女は苦笑いで頷く。


「ほんとですよ、ユウトさん。多分これまでのスカちゃんの中で一番頑張ったんじゃないですか?」

「嘘……だろ」

「スカちゃんは意外と真面目ですから」

「ほらみなさい! アタシだってやる時はやるんだから!」

「普段からもっと頑張ってほしいものだが」


 レイから最もなツッコミが入るも、スカイラは無視して続ける。どうやら、都合の悪いことは聞こえないようだ。


「今日だって、明日以降の仕事を楽にするために、半分以上耕したんだから!」

「まじか……」


 俺はスカイラの言葉に半ば絶句する。そりゃ、機械があれば楽勝かもしれないが、そんな都合のよい機械はこの世界に存在しない。

 つまり、全て手作業で畑を耕したということになるのだから、それは本当にすごい。いや、やばい。

 改めて、こいつの体力の多さと腕力の強さに感服する。


「やはり、力仕事をスカイラに任せて正解だったな。流石、パーティ随一のパワー担当だ」

「ちょっと、その言われ方は女としてあまり嬉しくないんですけど!?」


 そりゃそうだ。パワー担当と言われて喜ぶ女はいないだろう。一部のゴリラのような女を除いて。

 しかし、これからも基本的にパワー系の仕事はスカイラの主担当となるだろう。だって、俺とかフェリシアが担当するより、はるかに効率的に作業が進むだろうし。

 レイも体力はある方だけど、ここまでパワーがあるわけじゃないしな。彼女はどちらかというとスピードや手数で戦うタイプだから。


「まあまあ、それでもスカイラを疑ったのは悪かったよ。ごめんな」

「分かればいいのよ!」


 俺からの謝罪に、一発で機嫌を直すスカイラ。このあたりの単細胞さもパワー系と呼ばれてしまう所以なんだろうな~。

 その後は適当に雑談をしつつ、晩御飯を平らげる俺達。疲れていたせいか、俺もレイも、ついでにスカイラもビーフシチューを2杯もお代わりしてしまった。


「ふぅ……お腹一杯」

「お粗末様でした。はい、お茶ですよ」


 流石に食べ過ぎてお腹をさすっている俺に食後のお茶を差し出してくるフェリシア。相変わらず、よくできたお嬢様である。


「ありがとう。洗い物は俺がやっておくからそのままにしてくれて大丈夫だよ」

「ふふっ、気を遣ってもらってありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えちゃいますね」


 頬笑みを浮かべつつ、フェリシアも隣に座ってお茶を啜る。


「あっ! そう言えば、今日はお風呂を沸かす予定なので、ユウトさんがお皿を洗い終えるまでに準備しておきますね」

「おっ、マジか。それじゃあ、サクッとお皿を洗っちゃわないとな」

「ユウトさん、お風呂好きですからね」


 フェリシアの言葉に俺は浮足立つ。それは風呂に入れるからというからに他ならない。

 

 この世界ではお風呂に入るという習慣はほとんどなく、お湯に浸したタオルで身体を拭くことが一般的だ(石鹸もあるので、それで頭や体も洗っている)。

 シャワーもあるにはあるのだが、それは水道がきちんと行き届いた町にしかなく、こんな辺境にそんなものは存在しない。しかも、シャワーと言っても普通に水しか出ないことも多いからな。ぬるま湯が出れば上出来といった感じだ。


 さらに言えば風呂という施設自体、王族や一部貴族の家にしかなく、一般庶民にとってはないことが当たり前なのである。


 しかし、元の国で長年風呂に浸かることが当たり前の文化だった俺にとって、風呂がないことは耐えがたかった。

 だからこそ、無理を言って浴室を作ったというわけである。


「ユウトさんがこのお家にお風呂場を作ると言った時にはびっくりしましたけど、今となっては作ってよかったですね」

「部屋が一つ余っていたことも、不幸中の幸いだったよな」

「私は特にお風呂に対して違和感はなかったですけど、レイさんやスカちゃんは最後まで懐疑的でしたから」


 フェリシアは元貴族なので、お風呂は珍しいものではなかったが、レイやスカイラは違う。

 作ろうと言った時も、「別に必要ないのでは?」と言われたくらいだからな。説得に若干苦労したことは昔の話である。

 ……今となっては、二人ともお風呂の持つ魔力の虜になっているけど。


「だけど、お風呂って本当に気持ちいいですよね。あの、身体から疲労感が抜けていく感覚とか……ここに来てからお風呂がもっと好きになりました」

「欲を言えば、普段から気兼ねなく入れる風呂があれば一番よかったんだけどな」

「仕方ないですよ。この町の施設には限界がありますから。ないものねだりをしてもしょうがないです」

 

 と、長々と風呂について説明してきたが、そんなに大層な施設を作ったわけではない。

 やったことといえば、空き部屋に防水対策を施し、風呂桶を町の家具職人に頼んだだけである。俺はアイディアを話しただけで、実際に何も作ったわけじゃない。


 そもそも、まともな水道設備がないから水は井戸から汲んでくるか、水魔法を唱えないといけないし、お湯を沸かすのにも火の魔法がいる。


 うちには魔法担当のフェリシアがいるので、その辺りはあまり困らないけど。しかし、彼女がいない時には風呂が使えなくなるのが唯一の欠点だった。


 俺とスカイラは魔法の才能がほとんどなく、初級魔法しか使えない。そのため、風呂の準備に魔法を使うのは余りに効率が悪かった。

 

 全員で入浴したいという下心が働き、風呂桶もかなり大きいサイズにしたこともあだになっているだろう。

 初級魔法や中級魔法では、お湯が沸くまでにあまりに時間がかかり過ぎる。というか、お湯が沸く前に俺やスカイラは疲労困憊で倒れてしまうだろう。


 レイは中級魔法まで使えるが、それでも上級魔法を扱えるフェリシアには効率といった面で遠く及ばない。だからこそ、風呂は基本的にフェリシアがいる時限定となっていた。


 先ほど疲労という言葉が出た通り、この世界で魔法を連続して使うと疲労感が蓄積され、最終的には魔法が使えなくなる。

 要するに、何度も乱発できる代物ではなかった。それは魔法の才能がある者も、ない者も一緒。


 その為、フェリシアの負担軽減のために普段は俺たちが水汲みを手伝い、お湯を沸かす時だけ彼女の魔法を頼っていたというわけである。

 恐らく今日も、スカイラが水汲みを担当したはずだ。彼女は俺達パーティのパワー系だからな。


「よしっ! 取り敢えず、俺はお皿を洗っちゃうわ。申し訳ないけど、お風呂はフェリシアにお任せするよ」

「はいっ、お任せください」


 残りのお茶を飲み干すと、俺は台所に重なっていたお皿を洗うべく立ち上がったのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「ユウトさーん。お風呂、湧きましたよ!」


 リビングで今か今かと待っていた俺に、部屋の外からフェリシアから声がかかる。

 その声に飛びあがるように立ち上がるくらいに、俺は風呂を楽しみにしていたというわけだ。


「おう、ありがと」


 そわそわしていたのを悟られないように、俺は努めて冷静にフェリシアへ返答する。


「ユウってば、そわそわ隠しきれてないからね」


 ちなみに、同じくリビングのソファに座っていたスカイラに呆れたようにツッコまれた。

 同じ空間にいたため、隠しきれなかったみたいである。レイは自分の部屋に戻ったのか、リビングには居なかった。


「うるさいぞ。……ところで、一番風呂は貰っても?」

「そんなにそわそわ楽しそうにしてるやつの一番風呂を奪うほど、アタシの性格は悪くないわよ」

「ありがとう!」


 早く行って来いとばかりに手を振るスカイラにお礼の言葉を述べ、俺は一度浴室へ直行する。

 着替えやタオルは浴室に各メンバー分、備え付けてあるのでいちいち部屋に戻らなくていい点もポイントが高い(俺のアイディアです!)。


 そんなこんなで浴室についた俺は、来ていた服を脱ぎ捨て一直線に浴槽へ。

 

「さて、今日の温度は……うん、ピッタリ。流石フェリシアだ」


 浴室内に手を突っ込んで温度を確認する。

 これまた最適な温度で、フェリシアの仕事ぶりには感心するばかりだ。


 温度を確認した後、俺は賭け湯用の桶を使って体にかけるとまずは頭と身体を洗う。

 身を清めてから浴槽に浸かるのは、最低限のマナーだ。これは例え自分の家であっても変わらない。


 そして、身体に付着した泡を十分に落とすと、


「あぁぁぁぁ~~~~」


 じじくさい声と共に、浴槽内に身体を沈める。

 風呂に入る際、このタイミングが一番好きな瞬間だ。これだから風呂というものはやめられない。

 筋肉が解れていくような感覚と共に、身体の芯がだんだんと温まっていく。


(はぁ~、ごくらくごくらく……)


 鼻歌の一つでも出そうなほどの気持ちよさだ。これほどまでに広い浴槽を一人占めしてしまっているのは少し気が引けるが、それでもこの気持ちよさには敵わない。


 このままいつまでも浸かっていたい……そう思った瞬間、


ばたんっ


「っ!?」

 

 突然浴室の扉が開かれる。

 驚いて視線を向けるとそこには――。


「ユウト、私も一緒に入ってもいいだろうか?」


 その声とともに、一糸まとわぬ姿のレイが浴室内に入ってきたのだった。 

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