第2話 日常2

「……さて、今日は何をする予定なんだ?」

「ん~、別に今日は何もしなくていいんじゃね?」


 フェリシアの朝食を食べ終えた俺たちは、これまたフェリシアの淹れてくれたお茶を飲みつつ食卓でまったりしているところだった。

 大して高くないありふれた茶葉のはずなのだが、彼女が淹れるとその価値は数倍にも膨れ上がっている気がする。


 フェリシアは料理だけでなく、お茶やコーヒーを淹れるのも抜群に旨いため、もっぱら食後のお茶担当のように扱われていた。まあ本人はニコニコと笑顔で淹れてくれているため、嫌ではないのだろう。

 何度か俺やレイも試してみたのだが、何度やっても彼女の淹れる味には届かなかった。

 ……スカイラ? あいつは言うまでもないよ。


 そして冒頭の会話は真面目なレイから発せられた言葉だったが、俺はそれに対して適当に返事をする。

 なんもかんも、フェリシアの淹れてくれるお茶がうますぎるのがいけない。こんな状態だと仕事をする気も起きなくなってくる。時間が無くなるほど忙しいわけではないということも、こののんびり気分に拍車をかけていた。


 現に、目の前の席に座るスカイラも「ほわ~」と間抜けな声を上げつつ、文字通り蕩けている。何なら、蕩けすぎて机と一体化していると言っても過言ではない。

 どこぞのスライムの様である。髪色からレッドスライムとでも呼んでおこう(心の中だけで)


「何もしなくていいわけがないだろ。昨日、一昨日は雨で何もできていないことを忘れたのか?」

「忘れてはないけどさ~、だけど、これだけのんびりした気分になっちゃうと、どうしたってやる気が起きないわけで~」


 目の前で蕩けるスカイラと同様に、俺も机に突っ伏すような姿勢となる。

 レイの言う通り、昨日一昨日は天気が悪いという理由にかまけてだらけていたのも確かだ。その為、彼女の言う通り今日はその二日分を取り戻すために動かないといけない。


 大して忙しくないというのも間違いではないのだが、普段の生活費を稼ぐためにクエストをこなす必要もあるし、春にとれる野菜を植えるために畑作業もしなければならない。


 更に布団を干すだけでなく、各部屋の掃除も必要だろう。それ以外にも共同生活を行うにあたってやるべきことは意外と沢山ある。

 ……沢山あるってことは分かってるんだけどな。金銭面以外の作業はあくまで緊急を要しない仕事であり、身体がだらけモードに入ってしまっている俺は中々その場から動くことができない。


 金銭面での仕事は急ぐべきでは?というツッコミが聞こえてきそうだが、のんびりモードである俺の耳には届かない。


「ユウの言う通り~。アタシも今日はダメもーどってゆうか~。やる気が入らないから、家の中でのんびりしたい~」

「お~、珍しく意見が合うじゃねぇか~」

「それはこっちのセリフ~」


 俺に追従するように、スカイラが間延びした声を上げる。からかう、からかわれるという間柄な俺たちだが、基本的に性格などはよく似ていた。

 意外とものぐさなところとか、だらけ始めるといつまでもだらけてしまう所とか。だからこそ、この場で意見が合致したのだろう。


「もう、二人とも。怠けてばかりではだめですよ?」


 見かねたフェリシアが苦言を呈すも、あくまで「めっ!」程度の迫力なので、俺とスカイラには全くと言っていいほど響かず。

 なんだかんだ甘い部分が多いところはフェリシアのいいところであり、悪いところでもある。そんな甘さに俺とスカイラは付け込んでるわけだが。


 すると、今まで黙っていた女騎士様が深いため息をつきながら、遂に動く。


「……お前たち、いい加減にしろ!!」

「うぐっ!?」「あいたっ!?」


 どこから取り出したのか。彼女が愛用しているレイピアの柄で容赦なく俺とスカイラの頭を叩きつける。

 げんこつよりも若干鋭利で堅いレイピアの柄が頭に直撃し、俺たちは揃って悲鳴を上げた。


 いや、めっちゃ痛い。痛すぎる。驚くなかれ、彼女の腕力はそこら辺の一般男性をはるかにしのぐレベル。

 そのレベルで、しかも鉱石の施されたレイピアの柄の部分で叩かれたのだ。これが痛くないわけがない。


 これなら、レイのげんこつをもらったほうがましだと思えるレベルだった。

 というか、レイピアの使い方、完全に間違えてるだろ! レイピアはモンスターを討伐する時だけに使って下さいって学校で習わなかったのか!?


 スカイラも痛みは同じようで、両手で叩かれた部分を涙目で押さえている。蕩けていた姿はすっかり鳴りを潜め、今では苦悶の表情を浮かべてその場を転げまわらんばかりだ。


 一方、鋭い一撃を浴びせた張本人は自業自得だと言わんばかりに、痛みに震える俺たちを呆れた瞳で見下ろしている。


「全く。最初から真面目に考えていれば私も直接手を下すまでもなかったというのに」

「流石レイさん。一切の容赦がないです」

「こいつらに隙を与えたらどこまでもつけあがるからな。こうしてしっかりと教育調教してやらないと。フェリシアも優しくするだけじゃなく、時には厳しくすることも必要だ」

「な、なるほど……勉強になります!」

「ちょ、ちょっとだけ、不穏な言葉が聞こえたのは気のせいでしょうか……?」


 明らかに聞こえてはいけない言葉が聞こえてきたため、痛みに堪えつつ何とかツッコミを入れる。

 調教とか聞こえた気がするけど、冗談ですよねレイさん? あなたが言うと洒落にならないので。

 エッチな意味じゃなくて、そこには甘い空間など存在しないマジな意味での調教が俺たちを待ち構えているのだろう。


「それだけ話せるのなら、もう痛みは大丈夫そうだな」

「いや、めちゃくちゃ痛いんですが? その痛みで外に出るのが難しいほどなんですが?」

「……まだ無駄口を叩けるというのなら、もう一発くらいおみまいしても大丈夫そうだな?」

「勘弁してください!」

「勘弁してっ!!」


 俺と、ついでにスカイラは、先ほどとは別の意味で机に突っ伏す。いや、首を垂れていると言った表現の方が正しいかもしれない。

 その場で土下座をしかねない勢いで、レイに絶対服従といった感じだ。


「全く、仕方のないやつらだ。それで話を元に戻すが、私は今日いくつかクエストをこなしていこうと思っているが……ユウト、付き合ってくれるか?」

「えっ? 俺だけ?」

「あぁ。そこまで難しいクエストを受けるつもりはないからな。一緒に行くのはユウトだけで十分だ」


 話していなかったのでざっくり説明するが、俺たちの暮らす町の名前はリリアーノ。

 この世界にはいくつかの大きな王国とも呼べる国が各地に点在しているのだが、この地はどこにも属さない、よく言えば中立的な、悪く言えば辺境の地と言えなくもない、そんな町。


 主要な産業と呼べるものはほとんどなく、自然豊かな町なので酪農を含めた農業は盛んな町として知られていた。


 また先ほど説明した世界の主要な国からはかなり離れているため、文明の発展も若干遅れており、住んでいるのは先祖代々この地に住んでいる者かよっぽどの物好きと言われるほど。


 しかし、来る者拒まずといった独自の地域性は、種族や性別などと言った差別とは無縁であり、それ故に住む者にとっては意外と居心地のよい町という側面も持っていた。


 人間だけでなく、エルフやドワーフ、他の国だと忌避されがちなオークやゴブリンなどといった人間以外の種族も多種多様である。

 これだけ様々な種族が混在していると争いの人くらいでも起こりそうだが、意外なことにそう言った争いとは無縁の地でもあった。


 まあそれがなせるもこの町の持つ地域性と、こんな辺境の地まできて誰かと諍いを起こしたくないという感情的側面があるからだろう。俺だって、こんなところで誰かといがみ合うだなんてごめんである。


 そして意外なことに、この町にはギルドと呼ばれる、集会所のような施設も町の中心に建てられていた。

 何故こんな辺境の地にあるのかと言えば諸説あるのだが、この地が自然豊かなことが影響しているだろう。

 町から少し外に出れば、うっそうとした森林が広がり、また川や湖などといった水資源や鉱石なども豊富。更に、場所によっては希少な薬草などの群生地になっているところもある。

 とにかくこの地は、主要な各国に比べて資源が豊富だということだ。


 これらの資源は主要国家にとっても貴重であり、できれば定期的に欲しい代物ではあるのだが、定期的に軍隊を動かすには遠すぎるし、それは国家内にあるギルドでも同じこと。


 つまり、中央国家内でこんな辺境の地に派遣するクエストを出しても人が集まらないのだ。クエストを受注させるために報奨金を上げたら、一国が破産しかけたということが起こったくらいである。


 だからこそ、資源の安定供給を求める各国が導き出した答えが、この辺境の地でギルドを開くということだった。

 結果として、この地でギルドを開くクエストを受注させることによって、資源を安定的に各国家へ運べるようになったというのが、嘘のような本当の話である。

 まあ、クエストを受ける人材がいるとか、様々な疑問はあると思うがそれはまた別の機会にでも説明させてもらおう。


「ちなみに、今日受けようとしているクエストは?」

「3日前に見た時のままなら、一般的な薬草採取クエストと、モンスターの討伐依頼だな」

「薬草採取はともかく、そのモンスターってのは?」

「心配するな。ただの、ポイズンドッグの討伐だ。町の人間やクエスト受注者が被害にあっているらしい」

「……ただのっていうけど、噛まれたら結構酷い目に合うモンスターじゃん」


 自然が豊かとは説明したが、それは俺達人間にとって有益なことばかりを運んでくるわけではない。


 まずは、自然が豊かだということは基本的に整備されている場所などほとんどないということである。

 道らしきものがあればいい方で、基本的には草木をかき分けるけもの道。その為、地元の人間でも慣れてないと道に迷うほど。


 そして自然が豊か=モンスターと言うがごとく、自然豊かなばっかりにこの地は様々なモンスターが沸くことでも有名だった。

 先ほどのポイズンドッグは薬草などの群生地に出没し、春になるとよく被害報告が入る。


 名前の如く、牙に毒を持っており死に至ることまではないのだが、その代わりに噛まれた部分は酷く腫れ、一週間は痛みと戦わなければいけないという、割と毒性の強いモンスターだった。


 ちなみにポイズンドッグ以外にも大小危険なモンスターはおり、今回のように人間へ危害を加えるやつらも。だからこそ、ギルドに討伐依頼が届くというわけなのである。

 

「なに、噛まれなければいいだけの話だ」

 

 俺の心配をよそに、この女騎士様は自信満々だ。元々抜けているところがあるのだが、いくらなんでも無茶苦茶な理論である。

 しかも、それが彼女にとって戯言でもないのが余計に問題だ。

 もしかすると、彼女の頭の中は筋肉で埋め尽くされているのかもしれない。

 

 

「そりゃ、レイは問題ないかもしれないけど、俺は分からんだろ?」

「大丈夫。いざとなったら私が運んで家まで帰るからな」

「俺は噛まれるの前提かい」

「も、もし噛まれた時は私の魔法ですぐに治しますからね!」


 見かねてフェリシアが助け舟を出すも、それは何の助け舟にもなっていない。結局、俺が噛まれていることには変わりないわけだし。

 一応、これまで一度も噛まれたことはないし、レイが大丈夫という理由も分からなくもないけど……。


「ちなみに、薬草採取はともかく、ポイズンドッグの報奨金はかなり割のいいものだったぞ」

「あいつらって単独だと大したことないけど、基本的に数頭の群れで行動してるからな~。駆け出しパーティとかじゃ対応も難しいし」

「確かに、アタシも最初の頃は結構苦戦してた記憶があるわね。すばしっこいし、意外と連携取った動きをしてくるし」

「だからこそ、私たちの出番というわけだな!」


 何がだからこそなのか、全く持って意味が分からないが、レイが気合十分なので俺は嬉しいです(白目)。


「よしっ、ユウトの気持ちも固まったし、早速ギルドへ行こうか」

「気持ちを固めた記憶はないが……まあいいや」

「私は取り敢えずお部屋のお掃除をしてから、スカイラさんのお手伝いをしますね!」

「アタシは……って言いたいところだけど、何をすればいいの?」

「何をって、やる事沢山あるだろ。それこそ、畑を耕して野菜とか薬草の種をまくとか」

「うぇ~……畑を耕すって、めっちゃ疲れるじゃん」


 畑作業と聞かされたスカイラは露骨に嫌そうな顔をする。確かに、この世界には耕運機などと言った便利な代物は存在しない。

 魔法は存在しているのだが、畑を耕すと言ったピンポイントな魔法はなく、専ら魔法は戦闘用がメインである。畑に使える魔法といったら、水魔法くらいだろうか?

 だからこそ、畑を耕すには人力で行うことがマストであり、それをスカイラが嫌がるのもある意味当然だった。


「疲れるって言っても、この中で一番パワーがあるのはスカイラだろ?」

「ユウトの言う通りだな。畑仕事はスカイラが一番適している。うちのパワー担当とっても過言ではない」

「スカイラさん、小さいのに力持ちで筋肉質ですもんね!」

「ちょっとちょっと! みんなして若干バカにしてるでしょ!?」


 三人からパワーとか筋肉とか言われたもんだから、流石のスカイラも憤慨している。特にフェリシア。あれで悪気があるわけではないので、余計に質が悪い。


 ちなみに、スカイラがパワー担当というのは間違いではなかったりする。事実、うちのタンク的な立ち位置であり、使用する武器も戦斧バトルアックスと盾。


 あれ、めっちゃ重くて俺じゃとても扱えないほど。レイでも重すぎて戦闘にならないほど(普通に持てる)なのだが、彼女はそれを平気で振り回している。しかも片手で軽々と。

 初めて彼女の戦闘スタイルを見た時の衝撃を俺は忘れないだろう。


 しかし、そのパワー担当というのをスカイラは意外と気にしている縁がある。

 意外(といっては失礼)と乙女な部分があり、自身の身体が筋肉質で若干女らしくないのが悩みらしい。本人としてはフェリシアのスタイルや雰囲気に憧れているとのこと。

 まあ、胸の大きさなど存分に女性らしい部分も多いので気にする程ではないのだが、これを言っては以下略。


 と、色々話してきたのだが、彼女が畑仕事に適しているのは揺るがない事実である。


「適材適所というやつだ。それに今日一日で全てを耕せとは言っていないのだから、休憩しながらやってもらえれば問題ない」

「レイの言う通りだよ。まあ、サボらないようにフェリシアの監視は必要かもしれないけどな」

「しっかり見張っておきますね!」

「全然信頼されてない!?」


 ガーンッと本人はショックを受けているようだが、こればっかりは仕方ない。俺と性格がよく似ているということは、誰かが見ていないところではサボるということがあり得るからな。

 ただ、スカイラも言われればちゃんとやるので、これだけ言っておけば大丈夫だろう。それに、フェリシアという見張り役もいるわけだし。


「さて、ようやく各人のやることが決まったわけだし、私たちはギルドへ向かおうか。早くいかないと誰かに取られてしまうかもしれない」

「多分、誰もとらないと思うから大丈夫だよ。取り敢えず準備してくるから待っててくれ」


 急かすレイを宥めつつ、俺は格好を整えるために一度部屋へ戻るのだった。

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