異世界成り上がらない生活
@renzowait
第1話 日常1
チュンチュンチュン……
「……んん?」
外から聞こえてくる鳥のさえずり。そして、窓から差し込む陽射しの眩しさを憶えた俺は、ゆっくりと目を開く。
「朝か……」
カーテンを閉め忘れたのか、空き放たれた窓からは容赦なく陽射しが差し込み、その奥には雲一つない青空が広がっていた。
昨日までは2日連続で雨が降っていたため、久しぶりに青空を見た気がする。
季節は春。しかし、それはあくまで暦上の話である。
差し込む陽射しからは温かさを感じるものの、まだ本格的に暖かくなったとは言い難い気候。
つまり、布団の中が天国であるということだ。
……何がつまりというツッコミは置いておいて、この心地よさから逃れるすべを俺は知らない。
否、逃れる必要などないのだ。むしろ、この心地よさを自分から手放すなど言語道断。
ここは心地よさに浸りつつ、もう一度夢の中へ旅立つことが俺に残された唯一の選択肢と言っていいだろう。
そう、頭の中で結論付けた俺は再び目を閉じると、再び夢の世界へ――
「おい、何をもう一度眠ろうとしているんだ?」
二度寝を決め込もうとしたところに聞こえてくる呆れたような声。そして間髪入れずに、容赦なく身体からはがされる布団。
先ほども話したが、季節は春とはいえまだまだ朝晩の冷え込みは激しく、晴れている今日も例外ではない。
しかも声の主は何を思ったか窓まで開け始めたので、冷たい外気が部屋に吹き込み、俺の身体から熱を奪っていく。
突然の寒さにぶるぶるっと体を震わせた俺は、寒さから逃れるように敷布団の上で丸くなる。その姿はまるで攻撃から身を守るアルマジロのようだ。
「全く……無駄な抵抗せずに起きればいいものを」
「……だって、寒いし眠いし」
「駄々をこねるな。子供じゃあるまいし。ほら、さっさと起きるんだ。このままだと布団も干せん」
どうやら声の主は久々の青空の元、最近干せていなかった布団を干したかったようだ。春って意外と雨が多いので、貴重な晴れ間を利用するのはある種当然の事だろう。
そこまで言われて俺はようやくのろのろと布団から這い出る。
あくびを噛み殺しつつ立ち上がり、声の主に向かって一言。
「おはよう、レイ」
「あぁ、おはようユウト」
朝の挨拶をすると、レイもうっすらと微笑んで挨拶を返してくれるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ひとまず顔を洗ってこい。そうすれば少しはさっぱりするだろ」
「おう、そうさせてもらう」
「それにしても、朝の弱さは相変わらずだな」
「いやいや、俺は普通だよ。むしろ、レイが強すぎるんじゃ?」
「私は早起きが癖みたいなものだからな。それに朝は日課のトレーニングも長い事続けてきているから、特に辛いと感じたこともない」
「癖って……俺からしたら信じられないよ」
「それならユウトも朝のトレーニングに付き合ってみるか?」
ニヤッと笑みを浮かべるレイに俺は大袈裟に首を振る。
「朝からあんなトレーニングに付き合ってたら、俺の身体はいくつあっても足りないよ」
「そうか。それならば仕方ない。……トレーニングしていない割に、私たち3人とするときには無尽蔵な気がするのは、私の気のせいかな?」
不思議でならないと言ったレイの視線から逃れるようにして……自然と彼女の身体に視線が吸い寄せられる。
この世のモノとは思えないほど鮮やかな銀色の髪。その銀髪を頭の少し高い位置にゴムで縛っている、所謂ポニーテールと呼ばれる髪形。
彼女がその髪型にしている理由は、「動きやすいから」と何とも女っ気のない回答。しかし、それこそが女騎士レイを表しているのだから仕方がない。
それでいて、でるとこが出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、女性なら誰しも羨むようなプロポーションだから困りものである。
ちなみに、「こんなものが付いていても重いだけ」と他の女性同居人に話したところ、総ツッコミをうけたそうで。しかも結構なマジトーンだったらしい。うん、そりゃそうだ。
こんなものがどんなものかは、皆様のご想像にお任せします。
「それとこれとは別問題だから。あれは、まあ……仕方ない」
これ以上彼女の身体に視線を向け続けると朝から変な気分になって来てしまうので、適当に話を誤魔化す。
男とはそういうものなので許してほしい。それに、体力だって無尽蔵なわけではないから。激しくし過ぎた次の日とかは普通にしんどいし。
「あの体力があれば私のトレーニングなど、大したことではないと思うのだが……おっと、無駄話をしている暇はなかったな。ちなみに、今日の朝食登板はフェリシアだぞ」
「了解! じゃあ、さっさと顔洗ってくるわ」
「全く、最初からその機敏さを見せればいいものを……」
呆れるレイとの会話を切り上げると、俺はタオルを片手に一旦家の外へ。
家の外には井戸があり、水は基本的にそこからくみ上げる形となっている。この世界には水道という便利な技術はないので、井戸で水を汲むというのは至って普通の事だった。
最初は戸惑ったものだが、今となれば手慣れたものである。
桶を下まで降ろして水をくみ上げると、その冷たい水でバシャバシャと顔を洗う。肌寒い中でこの水の冷たさは中々答えるものがあるが、おかげでかなり目が覚めた。
持ってきたタオルで顔を拭き、再び家の中へ。そのまま、朝食が並べられているであろうリビングの食卓を目指す。
先ほどよりも足取りが軽やかなのは、フェリシアの作る朝食がうまいからに他ならない。
レイも下手ではないのだがフェリシアの腕には到底かなわないと言った感じだ。そして、俺もできないわけではないが以下同文。
もう一人の同居人に至っては論外である。味付けを間違えるわ、適当な分量をぶち込むわ、あげくの果てには材料を全て炭にしたことも……。
あいつには普段、料理以外の事をやってもらっている。幸い、家事スキル全般が終わっているわけではないので、その辺が唯一の救いだろう。
なんてことを思いつつ俺がリビングに辿り着くと、レイの言った通り既に机の上には人数分の朝食が並べられていた。鼻腔をくすぐるいい香りも漂っている。
ジャガイモのポタージュと、焼き立てのパン。それに大皿には季節の野菜を使った彩鮮やかなサラダも盛り付けられていた。見るだけで美味しそうな光景に、思わず生唾をごくっと飲み込む。
「あー、やっときた!」
美味しそうな朝食に目を奪われている俺に向かって、目の前から不満げな言葉を投げかけられる。朝食から視線を声のした方に向けると、不満げに頬を膨らませているやつと目が合った。
彼女の名はスカイラ。先ほど話した料理のできないほうの同居人である。
特徴的な赤色の髪をサイドにまとめている姿もいつも通りだ。レイと比較すると少し小柄ではあるのだが、その勝気な瞳と性格を相手にしていると、あまり小柄だという印象は持たないだろう。
身長にしては、スタイルもかなりいい方なのだろうが、件の女騎士様のお蔭で霞んでしまっている模様。俺はそこまで気にしなくてもいいと思っているのだが、その事を口に出すと怒られるので普段は言わないようにしていた。
彼女の紹介を済ませたところで、もう一度彼女の様子を確認する。
手に持っているスプーンとフォークを見るに、どうやら俺の到着を今か今かと待っていたらしい。
スカイラもまたフェリシアの朝食を楽しみにしているうちの一人である。
「やっとって、そんなに待たせてないだろ?」
俺も彼女に倣って、椅子に腰掛けながら答える。ベッドの上でもぞもぞしていたとはいえ、起きる時間は普段と大差ないはずだ。
それに、本当に待たせているのならレイももう少し強引に起こすだろうし。
「いやいや、今日は待ったよ。めちゃくちゃ待った! 普段より、一分も待った!!」
「全然待ってねぇじゃねーか」
やっぱり普段とほとんど変わっていなかった。というか、1分単位で話してるけど、本当に分かってるのかこいつ?
「ユウは1分を甘く見すぎだよ! 1分あれば何ができると思う?」
「出来ることなんてほとんどないだろ。逆にスカイラなら何が出来るんだよ?」
「ふっふっふ、アタシなら1分あればティアナのスープを飲み干してお代わりすることができます!」
「おバカなことを言うのはこの口かな?」
「いひゃいいひゃい! ひぃ、ひっひゃらないで~!」
何かまともなことを言ってくるかと思えば、単純に食い意地が張っているだけだった。少しだけイラッとしたので、そのぷにぷにとしたほっぺたを適当に引っ張る。
あまり痛くしているつもりはないのだが、スカイラは涙目で抗議の声を上げる。
やめたあげたいのは山々だが、このほっぺたの感覚は正直癖になるな。絶妙な柔らかさとモチモチ感。
いつまでももにゅもにゅしていたい……離し難い感触に俺が抗えずにいると、
「ふふっ、ユウトさん。そのくらいにしてあげてください。スカちゃんも悪気があって言ったわけじゃないですから」
キッチンの奥から聞こえてくる声。その声の主は、おかずの載ったお皿を食卓に並べると、自然な仕草で俺の隣に腰掛けた。
「まあ、そりゃ分かってるけどさ……この感触がなんとも」
「ひゃーにゃーしぇー」
「もう! あんまりイジメちゃ駄目ですよ?」
「いやいや、イジメてるわけじゃないから。本当に気持ちいいんだよ。ほら、フェリシアも触る?」
「えっ? いいのですか?」
「ひょ、ひょっひょ!?」
「ふふっ、冗談ですよ」
まさかの裏切りに頬をつねられながら驚愕のあまり目を見開くスカイラ。そんな漢書の様子をみて、フェリシアはクスクスと笑みを浮かべる。
手を口に当てて上品に微笑む姿は、金色に輝く彼女の髪色と相まってまるでどこかのお姫様のようだ。……まあ、実際にそうだったりするんだけど、この話は今すべきことでもないだろう。
手入れの行き届いた金色の髪は流れる水のようにサラサラで、ひとたび風に靡けば金色の微粒子が周りに漂う……そんな妄想が目に浮かんでしまうほどの美しさだった。
背の高さはレイと同じぐらい。プロポーションは少し控えめな感じなのだが、それ以外が完璧すぎるので全く問題ない……と俺は思っている。しかし、これも女性の性なのかスカイラと同じく、自身のプロポーションを気にしているようだった。
彼女は料理もできるし他に出来ることも多いから何をそんなに悩む必要があるのか……ただ、これも口に出すと怒られるので思うだけに留めている。まあ、他人の家の芝生は青く見えるとか、そんな感じなのだろう。
「ほら、ユウトさん。そろそろ離してあげてはどうですか?」
「……フェリシアがそこまで言うのなら」
ムチムチと柔らかいスカイラのほっぺたを仕方なく開放する。うーん、もう少し触っていたかったな。
彼女は涙目で引っ張られていた頬をさすっている。少しだけ赤くなった頬の様子も相まって、なんだか小動物みたいだ。
「全く……フェリの言うことなら聞くんだから」
「そりゃ、スカイラとは普段からの信頼度が違うからな」
「酷い! アタシが何したって言うのさ!?」
「普段から散々からかってくるじゃねぇか! 後は余計なちょっかい出したりとか」
「……そんな事してたっけ?」
「まさかの自覚なし!?」
今の出来事だってそうだし、他にも色々とやられてきたというのにこいつときたら……まぁ、コミュニケーションの一環だし俺も嫌じゃないからいいんだけどさ。
「もしかしたらからかってるのかもしれないけど、それはからかってほしそうな顔をしているユウに問題があると思うんだよね!」
「どんな顔だよそれは?」
「『スカイラ様、どうかわたくしめをからかって下さい』って感じ!」
「んな顔してねぇわ! とんだ変態じゃねぇか!」
「えっ? ユウって変態じゃなかったっけ?」
「お前は俺をどんな目で見てるんだ!?」
「……ふっ、あははっ! ふ、二人とも、や、やめてください……」
下手な漫才師のようにスカイラがボケ、ツッコミを入れ続ける俺を見て、フェリシアが堪えきれなくなったようで笑い声を上げる。
しかも、若干ツボってしまったようで身体が小刻みに震えている。
「すまない、待たせた……随分と楽しそうだな?」
そうこうしているうちに、布団を干し終えたのかレイも戻ってきた。笑いを何とかして堪えようとしているフェリシアを見て、不思議そうに首を傾げている。
「いやー、ユウのツッコミが冴えわたっちゃって。フェリがツボっちゃったのよ!」
「なるほど。それ程までに今日のユウトのツッコミは冴えわたっていたのだな」
「ちょっとまって。それだと普段はあんまり冴えわたってないことにならない?」
「…………そうかもしれない」
「今のはボケだから。真面目に捉えないでくれ……」
「ふふっ、み、皆さん……。あ、あまり笑わせないで……」
変なところで抜けているレイに、再びフェリシアがツボを刺激されたらしい。
止まりかけていた笑いが再来し、今度はお腹まで抑えている。うーん、これはしばらくかかるかもな。このお嬢様、意外と笑いのツボが浅かったりするし。
俺の予想通り、2~3分程度笑い続けていたフェリシアだったがようやく笑いが収まると、わざとらしくコホンと咳払いをする。
「……そ、それでは、皆がそろった事ですし、朝食にしましょうか」
「結構前から揃ってたけどね」
「す、スカイラ!」
「まあまあ、ほら冷めないうちに食べようか」
「ユウトの言う通りだ。せっかくの料理が冷めてしまう」
ぷりぷりと頬を膨らませるフェリシアを抑えつつ、俺たちは手を合わせる。
『いただきます』
その後の朝食は3人と何気ない会話で盛り上がりながら、終始和やかな時間となった。
本当に、何気ない、普段と変わらないひと時。起きてから朝食に至るまでの間がまさにそう。
誰かの会話に対して、誰かが頷き、また驚き、そして笑い合う。
誰にも邪魔されることのないこの空間は、まさに俺がこの世界にやってきてから欲していた時間だった。
正直、手に入らないと本気で思っていた。
何故なら俺は、この世界に召喚され、そして失敗作という烙印を押されてしまったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます