第7話 それぞれの側で
「慧…… なぜ死んだ?」
壮年の男性は、自分の孫娘の亡骸をただ抱きしめることしかできなかった。
今の医療技術では死んだ人間を蘇らせることは出来ない。
「なら…… せめて責任を取らさなければ!」
娘夫婦が孫娘の死亡届を提出する裏で、彼はある計画を立てた。
それが『ブレインディスク計画』である。
彼にはそれを行う社会的地位と資産があった。
人の脳は、いまだに未知の機能が備わっている。それらを調査するうちに脳内の記憶を入出力する技術まで昇華させた企業があった。
だが、その記憶と感情を紐つけることはできなかった。なぜ自殺しようと考えるのか。そこへ至る感情のプロセスは、脳には記録されていなかったのだ。
彼が孫娘の脳から情報を抜き出し、解析するのに十年近く経っていた。
その間にも、彼女が自殺への感情を持つにいたる可能性のあった接触者を洗い出し、『贖罪』させた。
だが、最後の一人はどうしてもできなかった。
彼女は、その男のことを好いていたらしかったからだ。
そこで彼が次に取った行動は、孫娘のクローンを作って彼に接触させることだった。
仮想空間で精神的な成長を促進させ、受け皿となる肉体は科学技術で補う…… はずだった。
仮想空間で成長は実時間のそれに近づきはしたものの、まだ肉体はそこまで成長が進まない。まごまごした実験はいつしか五年以上が経とうとしていた。
ある朝、最後の一人が自殺を図ったと連絡が来た。
……なぜ今更?
自殺には特殊な薬を用いたらしく、心臓と脳を限りなく死なないまでの仮死状態を誘発するものだったらしいが、素人分量で投薬したようで復帰することなく死んだとのことだった。
計画をここで止めるわけには行かない。
それならば。
―――
「やあ。君が今回のテストプレイに参加してくれる方だね。よろしく頼みたい」
「ええ、ああ、はい。ちょっと変わった高額な仕事と聞いて」
回収した彼の死体は時間が経っており、思い通り記憶の抽出を進めることができなかった。
しかし、慧のことや自殺の事を刺激として与えることで脳は活性化し、脳機能を回復できることが分かった。
それならば、やるしかない。
もう後戻りなど考えてる場合などではない。
すでに守りたいものなど、ないのだから……
「栄治くん」
夢と仮想空間と現実を行き来してた俺の意識に、突然聞き覚えのある声がぬるりと入り込んだ。
ふわりと温かな感触が右手に籠る。人のぬくもりを数年ぶりに感じた気がした。
「大崎…… さん」
「ごめんなさい」
彼女は呟くような小さな声で謝罪してきた。
その手に力が込められていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
相変わらず暗い室内に彼女の声と水滴が布団にかかる音だけが響いた。
「俺、ずっと言いたかった」
できうる限り、彼女の手を握り返す。
「ごめん、それと―― ありがとう」
大崎さんは目を見開いた。
そして、夢で見た時以上の笑顔で笑いかけてくれた。
「俺、君に会いたかった。夢でも良い。嘘でもいい。――会えて、うれしい」
ゆっくりと俺は言葉を紡ぐ。
その言葉に彼女は小さく頷くだけだった。
完
自殺実験 国見 紀行 @nori_kunimi
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