第6話 薄らぐ現実




「これ…… お、俺?」


 言葉が出ない。

 鏡に映る自分にすら嫌悪感を覚える俺が、左右反転した「正姿勢の自分」を見てなおこれが自分だとはすぐには信じられなかった。


 比較的広いスタッフルームはその部屋の中央に、俺の死体をぶら下げガラスで覆ったオブジェがあったのだ。


 それらが死体だと思ったのはその損傷具合。


 一つは手首に傷。

 一つは全身黒焦げ。

 一つは全身バラバラ。

 一つは頭部を激しく損傷。


 それらが重力を無視してガラスの中を漂っている。


 だが不思議なことに、それらを見てどこか納得してる自分がいた。


「俺、実はちゃんと死んでたんですかね」


 俺は大崎さんに話しかけたつもりだったが答えが帰ってこない。ふと彼女を探すと奥に開かれた扉を見つけた。

 その部屋はこちらが見えるように大きな窓が取り付けられており、彼女の姿をガラス越しに見つけた。どうやら何かの機械操作にかかりきりになっているようだ。


「……驚いた?」

「大崎さんは何をどこまで知ってるんですか?」


 当然の疑問。

 しかし彼女は大きなモニタにかかりきりでこちらを見ない。


「ある男性がね、自殺したの」

「!!」


 俺は彼女の言う聞き慣れた重く暗い言葉に、何故かその時だけ過剰に反応した。


「理由は不明。死因も不明。外傷はなし。ただ発見時はまだ死んで間もなく、蘇生処置を行えば助かるって思われてた」


 モニタにはなにかのインジケータが表示され、一気に99%まで伸びていく。


「当時最高の施設で様々な施術をされ、一命は取り留めたんだけど目を覚まさない」


 パーセンテージが100を指す。

 コンソールの中央にあるパネルが開き、手の形をしたくぼみが露わになる。


「ここに手をおいて」


 鋭い目つきで彼女は俺に詰め寄る。否応ない空気に気圧され、俺はそっと手を重ねた。


「!? っく!」


 視界にノイズが走る。

 一瞬大崎さんが小さな子供に見えたが、目をこすって見直すといつもの彼女だった。


「ただその男性は、特定の刺激には反応を見せたの。それが自己他者関わらず『死の瞬間』を体験したときだった。具体的には……」


 心臓が踊る。

 汗が吹き出る。

 網膜に刺激が届かない。

 意識が、遠く、なっていく……






 人は、なぜ自殺をするんだろう。

 誰だって生きてるほうがいいのに、それでも死を選ぶのはどうしてだろう。


 ……いや、綺麗事を並べるのはやめよう。


 理解なんかできっこない。

 自分は自分だ。

 誰でもない。

 それこそ『相手の立場になって考える』なんて夢物語を信じ切ってるこどもでもないかぎり、無意味な行動なんだ。


 あの子は死んだ。

 死んだんだ。

 俺が殺したんだ。

 自殺じゃない。

 俺が信じなかったから、俺が謝らなかったから、俺が拒否したから。


 人は勝手に自殺したりしないんだ。







「サルベージ成功しました。覚醒します」


 薄暗い部屋には、重青おもあおいLEDの光だけが天井を照らしていた。それは瞼の上からでもギリギリわかるほどの明るさで、しかし眩しさは感じなかった。


「宇川、栄治さん。聞こえますか?」


 くぐもった声は、腰のあたりから聞こえてきた。

 恐る恐る瞼を開けると、微かな人影がこちらに話しかけているのが見えた。

 その顔は、見たことのない男性のものだった。白衣を着ていることから、医者であろうことだけは理解出来た。


「初めまして。私は主治医の林と申します。あなたは…… 長い間眠ったままでした」

「あ…… うぁ?」


 うまく言葉が出せない。


「ああ、胃に直接食事を送っていたのでうまく話せないと思います」


 俺は体を起こそうとした。

 だが、体は言うことを聞かない。縛り付けられてるわけでもない。ただ純粋に力が入らないのだ。


「まずは意識回復おめでとうございます。あなたはもう何年も寝たきりで、まともに体を動かすことはできません」


 ……なんだって?

 状況が飲み込めない。


「あなたは今から八年前、自宅で自殺を図りました。特殊な自殺方法だったらしく、またそれが逆に早期発見からの蘇生に繋がりました」


 俺が、自殺……??

 いや俺がしてたのは自殺体験のテストだったはずじゃあ……


「ですが、その直後あなたは病院からいなくなったんです。動ける状態ではなかったのに。そして、ようやく


 林と名乗った医者は、胸くらいある大きな顔写真を俺に見せた。


「この方を知ってますね」


 知ってるも何も、その人は……


「彼女は大崎けい


 俺は、目を見開いた。


 そうだ、思い出した。彼女だ。

 あの時、俺を助けてくれた、俺が見捨てた、俺が、俺が、殺した……


 だが待て、なぜ姿!?


「ええ。彼女は二十年以上前に死んだ人間の名前を名乗っていました。あなたを病院に担ぎ込んだ直後、行方をくらませましたがね」


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