第5話 記憶の外の、断片の思い出




 地元に残された俺は父方の祖父母に身を寄せ、家を出るまでそこで暮らした。


 そんな幼少期の姿を見ながら、俺はこの仕事を受けたことを少し後悔した。


『だいじょうぶ?』


 死の間際に見る走馬灯は、仮想空間で死の体験をしても見えるものらしく、ふと小学校の頃に自分をかばった子のことを思い出したのだ。


 名前は…… 忘れた。


 覚えてるのは、その子は自分をかばってくれたこと。俺の注目が彼女に移ったこと。

 そして、代わりに彼女が…… 自殺したこと。


『宇川くんはあやまったから、もうゆるしてあげようよ』

『お前、こいつのことスキなのか?』

『うーわ、カップルでほかのひといじめてる!』


 幼稚で、それでいて卑怯ないじめ。

 俺自身も矛先が変わったことをいいことに彼女を助けようともしなかった。


 じきに、その子は学校に来なくなった。

 中学に上がる頃、風の噂で自殺したと聞かされた。


「……いまだに何が正解かわからない」


 会いに行けばよかったのか?

 一緒にいじめっ子を殴ればよかったか?

 逆に、庇うなって怒ればよかったか?

 風化しつつあった記憶のかけらが、何故か自分が自殺体験をする過程でこんなに鮮明になると思わなかった。


『ほんとうにそう?』

「!?」


 眼の前に彼女が立っている。


『どうぶつ係のエサ当番、私の代わりにしてくれたよね?』

「あ、ああ。確か、やった」

『うんうん。カサ、貸してくれたよ?』

「……ああ、あったねそんなことが」

『だから、こんどは私の番』


 わたしの、ばん?


『さあ、起きて。今そっちに行ったから』

「え、どういうこと? なんの事!?」


 しかし彼女はニコニコするだけ。


『私の分も、どうか――』






「――くん、宇川くん!」


 激しく肩を揺すらてることに気がついた俺は、ようやく自分がうなされてることに気がついた。


「え、あ、大崎、さん?」

「私の顔、わかる?」

「そんなの、もちろん分かりま……」


 言われて、俺は自分の異変に気がついた。

 周囲は薄暗く、白かった壁が濁った緑色のものに変わっている。照明は点いているはずなのに光が届いていないのか、手元が全然明るくない。


「あれ、まわピーガー!?」


 声も、自分が出したにしては不明瞭で何度も圧縮をかけたような電子音に聞こえる。

 それだけじゃない。肝心の大崎さんの顔が丸いボールにドット絵にまで粗くした雑な顔に見えている。


「まずい、これ飲んで!」


 そんな取り乱し始めた俺を見た大崎さんは、ポケットから黒いタブレットケースを取り出すと、中から水色のカプセルと取り出し俺の口に投げ込んだ。


「ガーガ、ピーヒョロロ、ガー!?」

「水なんかなくても飲めるから! 飲んだって認識すれば飲めるから!」


 コーヒーソーサーのような手で俺の口をふさぐ。言われるままそれを喉の奥に押し込めると、突然頭がクリアになった。


「あれ? ……大崎、さん?」

「よかった。戻ってきたみたいね」


 かかっていた妙な映像効果が解消されて大崎さんの顔がくっきり映る。


「私の顔、わかる?」

「ええ、わ、わかる、わかりますよ……」


 分かるけど、色々と分からないことが多いままだ。


「今なら監視もないからうまくいくかもしれない、行きましょう」

「え、行くって、どこへ?」


 彼女は俺にかけられていた布団をはぎ、手を掴む。

 先ほどまで鉛のように重かった俺の体がすっと動き、ベッドから跳ね起きた。気が付くと部屋の様相も以前のものに戻っており、それらの変化に妙な納得が自分にあった。


「あの薬、鎮静剤? ……いや、冷却剤ですか?」

「気づいた?」


 大崎さんはウエストポーチをごそごそしつつ何かを取り出した。ペン型のライトのようだ。


「お話はもうちょっと後にしようか」


 口元に人差し指を当てて『静かに』とジェスチャーする。俺はそっと頷いて彼女の後に着く。


 扉を開けるといつもは明るい廊下が薄暗くなっており、異様な雰囲気が漂ってきた。

 ペンライトで足元を照らしながらそっと部屋から出た彼女の後を追って部屋を出ると、体全体に奇妙な抵抗が起こった。


「あ、なんだ? 急に体が重く……」

「うそ、あれでまだ足りないの? 仕方ない、ちょっと目をつぶって」


 言われるまま目をつぶると、体全体にのしかかったスライムのような重さが若干和らいだ。


「どう、軽くなった?」

「ええ。一応……」

「じゃあ、とりあえずこっちに」


 大崎さんは俺の手を取ってどこかに歩き出した。急いでいるのか目をつぶっているからか、その速度は普段の倍以上の速さに感じたおかげで何度かつんのめりそうになったが、引っ張られる力に助けられて何とか歩き続け、とある場所で止まった。


 そこは、歩いた方向が間違ってなければスタッフルームのはずだ。


「大崎さん、そこって」

「ちょっと待ってね」


 何かを操作するピッピッという音が何度か響き、最後に長い機械音が鳴る。


「よし」


 ガコン、と重い音がして空気の抜ける駆動音が続いて鳴る。扉が開いたようだ。


「入って。そしたら目を開けていいから」


 言われるまま進んで、俺はそっと目を開けた。


「うぁあああっ!!??」


 目を開けた俺の視界に映ったのは、いくつもの『俺の死体』だった。


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