第4話 自分の歪んだ足跡
「生き物は、基本的には自殺しないものなのよ」
大崎さんは、俺にまたがって呟く。
「野生動物なんかそうじゃない? 自分が生きるために
ずちゅ、ずちゅとお腹が広げられる。時折中身が飛び出すが、大崎さんは物怖じしない。
「人間だけが自殺するの。その身に起きたことを全部自分が受け止め、行き場のないストレスや絶望を抱えたまま、良かれと思ってね」
ずる、と引き抜かれた俺の内臓は、握られた感覚なく顔を出す。しかし途中で無惨にも切り刻まれ、あっけなく体から切り離された。
「一応、自殺する生き物はいなくはないけど。でもそれらは、
ぱくり。俺の腸を食べる。
それが、ぽとりと俺の空いたお腹へ戻る。
「緩やかに絶滅へと向かっているのかもしれないわね」
なぜなら彼女の食道から下は、俺が先に引きちぎっていたからだ。
「……夢、だよな。話の内容以外は」
大崎さんが言っていた『緩やかな絶滅』は、俺がここに来たとき彼女から実際に聞いた言葉だ。
その事を思い出したとき、俺はバーチャル自殺プログラムを作った会社の説明会で言われた一節をふいに思い出した。
『当社は自殺を止めることではなく、自殺を選択肢から外していただくための学習として、この仮想体験をしていただきたいと思ってます』
火の怖さを知るには火に当たれば良い。
車の事故が怖いなら、一度事故ればいい。
だけど、死は取り返しがつかない。
それを脳に植え付ければ、ひょっとしたら自殺は減るのではないか。
「需要があるかもしれない。ただ、未成年にはショッキングな内容だと言わざるを得ないな」
依然として自殺者は未成年が多い。
だからといってこの体験をさせることが未然に防ぐことにつながるかと言えば、違う気がする。
なぜなら、自殺を考えるものは「それらリスクを計算に入れてなお、最後の一歩を踏み出してしまった人」だからだ。
「……そういえば、まだ迎えが来ないな」
部屋には時計がない。窓もないので時間が正確にはわからないが、俺が起きたときにいつも何かしら反応がいつもあった。
「ちょっと外に出てみるか」
連絡手段がないので滅多にこちらから動くことはないのだが、どっちにしてもテストに参加できる状態ではない。
俺はドアノブをひねった。
「……あれ?」
扉を開くと、何故か廊下は真っ暗で、非常灯がやけに明るく輝いていた。
しんと静まり返る廊下はエアコンの駆動音のようなごうごうとした音だけが響いている。
人の気配がない。
「えっと、坂道さーん?」
無駄に響く廊下の向こうからは返事がない。
「これも夢か?」
にしてはリアル…… いや、どこかしら現実味がないのは明晰夢かもしれない。
「ちょうどいいや。自分の深層心理ってやつを覗いてやるか」
俺はそっと扉を閉めると、普段歩かないテストルームの反対側へと進んだ。
どことなく歩いたことのあるような廊下。
初めて歩くはずなのに既視感に襲われた俺は、その理由を瞬時に理解した。
「小学校…… 初めて廊下を歩いたときに似てるな」
入学したての小学校は生徒にとってお城のようで、どこまで行っても無限に広がる空間のようで怖くもあり、楽しくもあった。
「走馬灯? なわけないか? でも、今の自分が死の淵にいるなら…… ありえない話でもないけど」
通路の奥に向かい、その曲がり角を右に折れる。
すると突然ふわりと体が宙に浮かんだ気がした。
また夢か? と思ったら今度は自分のすぐ脇を数人の子供が走っていく。
驚いて周りと見ると、同じような子どもたちがたくさん現れ、それぞれが楽しそうに遊んでいた。
「……あっ!」
瞬時に理解した。
先程すれ違ったのは、俺だ。
「小学生の時の…… 俺、か?」
身長が伸び、見える世界も変わったのに、何故か先程の子どもたちに自分が混じっていると確信した。
恐らく理由は、一緒に走っていた子どもたちに見覚えがあったからだろう。
「あいつらと一緒ってことは…… 多分このあと」
ぱちん! と何かを叩く音が響いた。
子どもたちのざわめきの中、ひときわ強く響いたその音を打ち鳴らしたのは…… 小さい頃の俺だった。
『なんでたたいたの?』
『あやまれよ』
『ごめん』
『ちゃんとあやまれよ!』
『あやまったじゃんか! ごめん!』
『そんなんでゆるせるはずないじゃん!』
『ごめん! ごめん!』
『こいつ、口だけでぜーんぜんあやまってないぜ!』
どん!
『わっ』
小さい俺を口うるさく言ってた男の子を、小さい俺は突き飛ばした。
倒れた男の子は当たりどころが悪かったのか、頭から血を流した。
後日その男の子は下半身不随になり、俺は謝っても謝りきれない罪を犯したと理解した。
そのせいで俺の親は、その地域にいられなくなり引っ越していった。
――俺を置いて。
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