痛い系なハーレム

 「あっちゃー、やっちゃったー」


 女神が自らのミスに気づいたのは一週間後のことであった。


 あまりにもヘンテコなスキルの組み合わせに不信を抱いた上司からの指摘で、やっと気づいたのだ。


「行ってきまーす!」


 女神は、謝罪と訂正のために、ソードマジカにテレポートした。


 女神がテレポートしたのは「旅立ちの村」であった。


 この世界に転生した者は、みなここで人生をスタートさせる。


 初心者に易しいモンスターが生息する草原に囲まれた村だ。


 近代的なものはほとんどなく、気の優しそうな村人が、のほほんと暮らしている。


 女神は、その村の中央広場に姿を現した。


 彼女が姿を現したちょうどそのとき、広場を通りかかった村人の青年がいた。


 彼は、女神に気づくと、顔を真っ青にして駆け寄ってきた。


「女神さま! 大変だ!」


 女神はドキンとした。


(なんか、嫌な予感がするんですけど)


 彼は、大声では言えない何かをかかえているようで、声を小さくして、女神の耳元で囁くようにして喋った。


 うんうんと頷きながら彼の話を聞いている女神。


 額に冷や汗が浮かんできた。


「マジ? ……そんなことになってんの?」


(緊急事態はっせー!) 


 女神は彼と別れると、慌てて元僧侶の住処に駆け出した。


 女神は、アンドレーの家にあがり、寝室のドアを開けた。 


 その瞬間、女神の顔が凍りついた。


 ギョッとする顔で立ちすくんでいる。


 涅槃や菩提心や金剛心のスキルを要求した人物の部屋だとは到底信じがたい光景が広がっていた。


 六畳の寝室に、百の女が咲いていて、ベッドの上の男に奉仕している。


 むせ返りそうなほど甘ったるい香りが充満している。


 どの女も男好きのしそうな色物ばかりだ。


 例えるなら、フラワーショップの最前列に陳列される花だ。


 その花だけを集めて、贅沢なブーケにしたみたいな、オールスター夢の共演の光景。


(なんじゃこりゃーッ!!)


 彼は、性欲以外の欲望をオフにするスキルと、「イケメン」という性欲を謳歌するスキルを併せ持ってここへ転生した。


 このことが、なにを引きおこすか?


 女神はそれを想像して、ビクビクしていた。


(まずい、このままじゃ、この村の女が、いや、この世界のすべての女がコイツに喰われる!)


 女神は慌てた。


「あの! アンドレーさん!」


 アンドレーがこの転生者の新しい名だ。


「おはよう女神。何の用じゃ?」  


 口調だけは、転生前と変わっていないようだ。 


 彼が、女の花園の隙間から顔を出し、女神にあいさつした。


 それはそれは見事な顔つきであった。


 チート級のイケメン。


 だが、その唇が、不気味な紫色に変色している。悪魔みたいになっている。


 それを見た瞬間、女神の心臓が止まりそうになった。


「あの、ちょっとよろしいですか?」


 女神がアンドレーを部屋の外に誘導した。

 

 彼は女たちを残して寝室をでた。


 二人は客間に場所を移して話しをした。


 アンドレーはバスローブを無造作に羽織っている。


 ローブの隙間から見える胸板が凄まじかった。


 なぜだか、彼の両手の拳も、唇と同じ色に変色していた。

 

 女神は、その変色の理由をちゃんとしっていた。


 そして、その理由が、やんごとなきことであることも理解していた。


「アンドレーさん。ここに転生するときに、ソードマジカのルールブックをお渡ししましたよね。読んで下さいました?」


「確かそんなものがあったような……」


(絶対読んでねぇな)


「読んで頂かないと困るんです」


 アンドレーは悪びれることなく言った。


「安心しろ。我は涅槃を得た僧侶なり。世を乱すような振る舞いは絶対にしない」


(すでにやっとるわ! この紫クチビル野郎!)


「アンドレーさん、ソードマジカの法律はご存知ですか?」


「なんだ、それ」


 女神は肩を落としてため息をついた。


 この男には、ソードマジカの詳細をちゃんと説明しなければならないなと思った。


「ソードマジカは、剣と魔法の冒険世界。


職業・村人から冒険をスタート。


まず冒険者ギルドにいきます。


ギルドで職業試験を受けて合格すると職業ライセンスをもらえます。


ギルドで職業を登録して冒険者認定をうけると、クエストにエントリーできます。


エントリーしたクエストをクリアすると『クエストポイント』を獲得。 


クエストポイントは、お金やスキルと交換できます。


そんな感じで、武器やスキルを入手しながら自分を成長させ、より難度の高いクエストに挑むことを楽しむ。


そして、最後に魔王を倒してクリアー!


それがソードマジカの基本概念です。


ここまではお分かりいただけました?」


「つまり、RPGゲームの世界じゃろ?」 


「そうそう、その通り~」


(わかってんやったら、いちいち説明させんな!) 


「ところで、ソードマジカで冒険を楽しむにあたって、絶対に守っていただかないといけない法律があるのをご存知ですか?」


「知らん」


(知らんで済んだらケーサツ要らん!)


「じゃあ私が説明しますね。ソードマジカには職業保護法とスキル規制法の二つの法律があります。

 この二つの法律によって、各職業の使用可能なスキルや装備品が規定されていて、規定を破ったスキルや装備品を使っちゃいけないんです。

 さらに、職業ライセンスなしにスキルを使ってはいけないとか、スキルを、人に向かって使っちゃいけないとか、二つのスキルを同時発動しちゃいけないとか、いろいろ決まっているんです」


「つまりはあれじゃろ? ゲームバランスを保つための調整のことじゃろ?

 たとえば、剣でガンガン雑魚的を蹴散らす魔道士とか、素早さマックスで物理攻撃回避しまくりのシーフが最強魔法使うとか、その手のゲームバランスを崩壊させるチートキャラを生まないための調整が、職業保護法であり、スキル規制法なんじゃろ?」


(おみごと! カンペキな説明!)


「我の持論じゃが、チートは快感じゃが、やはり邪道じゃ。

チートキャラがうまれたらゲームにならん。

ゲームの面白さの本質は制限じゃ。

制限の中で知恵を絞って難関を突破したときの気持ちよさ。それがゲームの醍醐味。

チートはゲームを破壊する。

ゆえに職業保護法とスキル規制法は遵守すべきじゃ」


「オホホホホ」


 女神は、笑いが止まらなかった。


(そこまでわかってるならなぜお前は……)


「ところでアンドレーさん。法律、守ってますか?」


 アンドレーは口笛を吹きだした。ごまかそうとしている。


 女神のこめかみに血管が浮き出ていた。


「アンドレーさん。

 もうバレてるんですよ。

 ソードマジカでは、法律違反すると、スキルを使った手や唇が、悪魔の色に変色するんです。

 あなたの唇と拳の色が、あなたが違反者だってことを証明してるんです」


 女神の瞳に殺気がみなぎっている。


 対するアンドレーは、あいかわらず口笛を吹いていた。


「職業試験受けました?」


「受けとらん」


「じゃあクエストにエントリーしてないし、とうぜんクエストポイントもゲットしてないですよね?」


「ああ」


「じゃあどうやってスキルを入手したんですか? クエストポイントがないとスキルを購入できないでしょ?」


「ハーレムの女どもにドロップしてもらった」


 ソードマジカには、スキルのドロップシステムがある。


 上級冒険者が、強力なスキルを下級冒険者にギフトして支援する。


 新人冒険者育成には欠かせないシステム。


 アンドレーは、そのシステムを逆手にとって、ハーレムの女たちにスキルを取得させ、それを自分にドロップさせたのだ。


 そのおかげで彼は、全スキルをコンプリートしていた。


「つまりあなたは、女をたぶらかして貢がせてリッチになったクソホストというわけですね」


 女神が目尻を釣り上げながら問うた。


 アンドレーは、口笛を吹いてすましている。


 彼は、ソードマジカの法律を無視し、職業試験を受けずにスキルを使いまくった。


 その結果、唇と拳が悪魔の色に染まっているのだ。

 

「アンドレーさん、いますぐ保安局に自首してください。

 今なら軽いペナルティーを受けるだけでリセット申請がおりますから」 


「どうしてそんなことをしなければならんのじゃ?」


「アンドレーさん、違反者がギルドに行っても、クエストにはエントリーできません。

 そういう決まりになっているんです。

 ということは、あなたは冒険者としてご飯をたべていけないことになり、飢え死にするんです」


 ソードマジカの冒険者は、クエストポイントを換金して暮らすのだ。


 違反者になるとクエストエントリーできずに、お金を稼げない。


 生活できない。


 死を意味する。


 だから、この世界の者は、誰ひとり法律を破らない。


 だが、アンドレーは、こともなげにこんなことを言ってのけた。


「我は『不財』のデフォルトスキルがある。カネなど要らん」


(いやいや、ちょっと待て)


「食べていくのにお金は必要でしょ?」


「我は『不食』のスキルがある。メシなど要らん」


「宿をとるにもお金が」


「『不眠』のスキルで寝床要らず」


「働いてないと人から馬鹿にされますよ」


「『不名誉』スキルで平気だ」


「アンドレーさんは性欲はありますよね? だったらちゃんと働いてかっこいいとこ見せないと」


「性欲は『イケメン』スキルにおまかせだ」


(やばい……、こいつ仕上がってもうとる)


 彼には女神のいうことを聞く必要がまるでなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る