第28話 非情すぎる! 

「――――というわけじゃ」


 お客様エルフが長々と語った驚愕すべき昔話。難しい話が長すぎたせいだろう。朱璃ちゃんはマルシェラの膝の上でこくりこくりと舟を漕ぎ、マルシェラがそんな朱璃ちゃんの頭を撫でる度にぴくぴくと狼耳が反応する。傍から見たらほっこりほわわんな空気が醸成されているように見える中、俺の内心は台風直下の海の如く荒れ狂っていた。


 そんな馬鹿な、いやしかし…もし仮にこいつの言った事が本当ならば、とてもじゃないが許せるものではない。語られた内容はあまりに惨く、そしてどうしようもなく救いのない話であった。



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  ベオウルフがやった事は、一言で纏めてしまえばテロである。非道な行いなのは間違いない。とはいえ、当時人族側の陣営に組した獣人はベオウルフ以外にもいただろうし、現在は敵対していた人族や亜人とも内心はどうか知らないが友好関係を築いている。にも関わらずこいつだけが千年経った今でも蛇蝎の如く嫌われ酷い扱いをされているのは、ベオウルフの行ったテロ活動が獣人達にとって許せなかったからと思われる。


 ベオウルフのみが使えたとされる血炎魔法。簡単に言えば血を燃やすだけの魔法である。それだけならちょっと恰好良いだけの火魔法で済むのだろうが、わざわざ血炎と区別するだけの事はあり、性能的には全くの別物といっていいだろう。


 大きな特徴は二つ。一つ目、血を起点とするからだろうか、普通の火を消す感覚で水をかけても消えない。消そうと思って水を掛けたら消えるどころか勢い増すとか最悪だろう。そして二つ目、血を燃やすことが出来る。自身の血ならかなり離れていても任意で。つまり時限発火装置的な感じで使えるという事だ。


 この血炎魔法を使い、ベオウルフは獣人の本拠地であるムンディア大陸で短期集中で放火をしまくった。結果どうなるか。最初の標的となった当時の王都は三日三晩燃え続け、王城レオパレスを残すのみで燦々たる有様だったらしい。そりゃそうなるだろう。火を消そうと思って水を掛けたら逆に燃えると誰が想像出来るのか。王都を皮切りに近場の街から手当たり次第に放火し続け、対処方法が広まる頃にはムンディア大陸にある2割以上の街が燃え落ちたとかなんとか。


 ここで着目すべきなのは、放火の広がりをどうにか防げたとしても、放火自体を防ぐのはまず不可能という点だろう。起点が血であり、ましてや遠距離から任意で着火が可能など誰が想像できるのか。火勢が血液の量に比例し、血液の劣化で着火距離や火勢共に衰えるというデメリットがあるとしてもだ、血液が起点であるという事に気付けなければ放火を止める手立てはない。


 街を出入りする行商人の馬車や、なんなら人の服や鞄の中に自身の血を染み込ませれば仕込みは完了というお手軽さ。小火を起こすだけなら目立つ血痕である必要はなく、燃えれば証拠も隠滅される。これを完全犯罪と言わずして何と言おう。ムンディア大陸を席巻した放火の原因が判明したのは、ベオウルフ自身が戦場にて血炎魔法を使ったからであり、それがなければ放火の原因は現在に至るまで不明のままであり、それこそ神や悪魔の仕業だなんだ言われていたのではなかろうか。


 ちなみに血炎魔法の発動条件が判明して以降、放火被害を抑える為に取られた措置は多岐に渡るが、その内の一つに服の色が淡色が好まれる様になったというのがある。当然血がついていたらすぐ分かるようにであり、獣人という種族単位の風俗を短期間で強制的に変化させたところからも、どれだけ恐れられていたかが伺えよう。


 血炎魔法は強大な魔法ではない。むしろ戦いにおいてはハイリスクローリターンな欠陥魔法であり、使える状況は限定的である。強敵を相手にした場合は自身の出血を強いねば火力は出せず、出血すればするだけ消耗してジリ貧となる為、相性は非常に悪い。ベオウルフは狼人でありながら近接戦は大したことがなかったらしいので猶更だろう。


 だが見方を変えれば。相手が一騎当千の武人でないのなら。相手が一山幾らの雑兵であり、市井に暮らす一般人なら話は変わる。そう、血炎魔法は雑魚狩り特化のテロ魔法としては最高峰だったのだ。兵士入り乱れる戦場で流れる夥しい血はそのまま業火となって燃え盛り、戦火から遠い平穏な場所は秘匿性に優れた種火によって予測不能の大火となる。神出鬼没、国家に対する壊滅的なテロ活動が可能という破格の性能をもってムンディア大陸を駆け回るベオウルフは、テロ界における英雄といって良いだろう。


 やりすぎた結果が、千年続く緋眼緋毛弾圧運動なわけだが。



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 千年経っても根強く弾圧しているあたり、そういうもんだとムンディア大陸の獣人は刷り込みされてしまってるのかもしれない。何でもかんでも起源を主張して難癖付けてくる癌国や、狂った神を建前に他国で犯罪し放題の狂土人レベルで。末期症状すぎて笑えない。


 いやほんとまじで笑えないんだが。一部地域や狼人限定で弾圧してるだけならまだしも、大陸全土でそういう風習なのだとしたら、朱璃ちゃんが俺の傍にいる以上、ムンディア大陸でもふもふ探しは不可能という事になる。仮に理想のもふもふ獣っ娘を見つけたとて、朱璃ちゃんの存在が知れた時点で敵対まったなし。ムンディア大陸以外にも獣人がいるのが救いだが、分母の数は理想の獣っ娘と出会える可能性に直結するのだ。…ロイヤル獣っ娘との運命の出会いはもう無理なのでは?


 とはいえゲットできるかどうか分からない獣っ娘の為に、かるがもの赤ちゃんよろしく懐いている朱璃ちゃんを切り捨てるなど論外であり、仮にそうした場合マルシェラも激おこで、今ここにあるもふもふパラダイス崩壊待ったなしである。


 これはもう、光源氏計画以外でもふもふを増やす方法しかないのでは?かといって獣っ娘と出会える機会なんてそうそうないし…そもそもムンディア大陸なんて行けないしな…都合よく奴隷なんていないし…マルシェラと朱璃ちゃんと会えただけマシという事なのか?確かにこの二人のもふもふレベルはかなりの物だと思う。特にマルシェラ、比較対象ないけども。目の前のお客様エルフが嘘を言ってる可能性は…なくはないがわざわざ嘘吐く意味ねえしな。つうかこいつ詳しすぎるんだよ、人魔大戦だぞ?一体何歳だよ。はぁぁぁ……やってらんねー。


 カティス・イストネル。この世界に転生して僅か5歳にして、生涯の夢であるもふもふハーレムが砂上の楼閣となった瞬間であった。外に出るまでもなく現実を突き付けられるとは…夢も希望もありゃしねえぜ…

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