第23話 その瞳に映るもの・2

「重たいものは胃が受け付けないでしょうから、けもこちゃんのご飯は当分はおかゆですよ。お口に合えば良いんですが。熱いからふーふーしてあげます!」


「けもこちゃん、お風呂に入りましょうね。大丈夫です。私に任せて下さい!今に素敵なもふもふになりますよ」


「おやすみなさい、けもこちゃん。ふふふ、こどもはやっぱり温かいですね。けもこちゃこちゃん、苦しくないですか?ぎゅーってしてくれていいんですよ」


 ここに連れて来られてから、銀の毛並みのお姉さんがわたしにつきっきりで世話を焼いてくる。こんなわたしをかまっても、良い事なんて一つもないのに。だから放っておいて欲しいのに。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 赤い目が不気味だと言われた。赤い毛並みが不吉だと言われた。赤眼赤毛の狼人族は同族殺しの魔獣だと、お父さんやお母さん、他の人たちに嫌われた。好きでこんな見た目になったわけじゃないのに。なんで見た目が同じだけでこんな辛い目に遭わないとダメなんだろう?わたしはお父さんやお母さんを傷つけたりしない、他の子たちを傷つけたりしないのに。そんな人と一緒にしないで欲しい。


 わたしは違うと分かって欲しくて、いつも笑顔で、良い子になればきっとみんな好きになってくれると思ったのに、小さいのに物分かりが良すぎると、なにを考えているのか分からなくて気味が悪いともっと嫌われた。


 そして5歳の誕生日、わたしの祝福の儀。きっとここで変わるんだと、神様が祝福してくれると、わたしは昔の同族殺しの人と一緒じゃないと分かってくれるに違いないと、祝福の儀の結果で騒いでる人たちを見て、わたしも心の中でわくわくして自分の番を待つ。


 そして待ちに待ったわたしの番。静かになった教会で、神霊石に触る。眩しいほどに赤色の光が教会に広がった。今まで祝福の儀を受けた子たちよりも眩しく光るその光景は、きっとこれからのわたしを祝福してくれているんだろうと嬉しくなった。


 …だれも何も言わない。教会は静かなままで。他の子たちの結果が出たらみんな騒いでたのに。こんなに光ったんだから、きっと神様はこれからのわたしを祝福してくれたに違いないのに。神霊石から手を放して振り返る。教会にいる人たちがわたしを見ている。その目はいつもわたしを見る目と同じ、いや、それ以上に怖い目をしてわたしを見ていた。なんで、どうして…


「ベオウルフ…」


 誰かがぽつりと呟く。ベオウルフ。同族殺しのベオウルフ。


「緋眼緋毛だ」


緋眼緋毛、その赤い瞳は目に映るもの全てを燃やさんばかりの怒りに染まり、赤い毛並みは同族の血で染まりより鮮やかに。


「赤色王輝」


その祝福は大地を、森を、街を、敵を燃やし尽くしたという。


「ベオウルフだ!俺達を殺す為に蘇ったんだ!!」


 誰かが叫ぶ。人魔大戦にて、人族に組し数多の獣人を屠った狼人。遥か昔の話といえど、おとぎ話などではない実在したその存在が残した爪痕は、今もこうして忌むべき存在として語り継がれている。


「静まれ、まだそうと決まったわけではない。本当にベオウルフなら使えるはずだ、忌まわしき魔法、血炎を」


 騒然とする人々の中でそう告げる教会の神父が、ちらりと娘とその親を見る。表情を強張らせたまま立ち上がり、娘へと近づく父親。不安げな顔で父親を見やる娘の前でナイフを抜く。


「なにするの?やめてお父さん!わたしなにも悪い事してないよ!」


「そうだ、お前は何も悪くない。だがその眼が、毛並みが、かつての悪夢を思い出させるのだ。我ら獣人にとって忌むべき存在を。そして赤色の祝福まで同じとなれば今この場で確認せざるをえんのだ。だが、その身に宿るのが血炎でなければお前も私たちも忌まわしき呪縛から解放される」


 ナイフを持った父親が娘に切りつける。誰もそれを止めようとはしない。腕を斬りつけられ、蹲り泣きじゃくる娘から滴り落ちる血が教会の床を赤く染め上げ、そして燃え上がった。


「血炎だ!本物のベオウルフだああああ!!」


  燃えがる炎によってパニックになる教会。誰かが反射的に炎を消そうと水魔法を放つが、その水魔法を飲み込んでより激しく燃え上がった炎は、紛れもない血炎魔法の特徴であった。泣き叫ぶ幼女と、パニックになり教会から我先にと逃げ出す人々。炎上した教会に幼女を置いたまま人々は逃げ出し―――炎が鎮火した後に残ったのは、焼け落ちた教会と無傷で蹲り嗚咽する幼女だけであった。


 ベオウルフの再来―――狼人族にとっては悪夢といって良いだろう。ただでさえ今まで見た目が同じというだけで誰もが厄介者、腫物扱いをして来た上に、祝福の儀でみせた血炎魔法。事ここに至り幼女をぞんざいに扱ってきた者達は恐怖した。いずれこのまま成長したら復讐されるのではないか、と。


 ここで幼女を殺すという判断を取らなかったのは、後ろめたさか罪悪感か、無意識にでも同族意識が働いたのか。出された結論は獣人種の治めるムンディア大陸から、人族の治める貴人大陸への追放。それに対して異を唱える者は誰一人おらず、幼女は逃げ出さないよう檻に入れられ、今後、ムンディア大陸に足を踏み入れてはならないという制約を一方的に課された上で、賛神教へと引き渡されたのであった。



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 ここに来てから、ろくに反応しないわたしの面倒を嬉々として見ている銀狐のお姉さん。この人はわたしが怖くないんだろうか?お父さんもお母さんも、最後はわたしを見ようともしなかった。近づこうともしなかった。誰もがみんな、わたしをおばけみたいに怖がった。


 なんでわたしは産まれてきたんだろう?神様にいっしょうけんめいお祈りしても、何も変わらなかった。いや、お祈りした結果がこの祝福なんだろうか?こんなことならお祈りなんてしなければよかった。みんなわたしを見てくれない。みんなわたしを怖がるなら、わたしなんていなくなった方がいいんだと思ったのに。


 裏切者の獣人のおとぎ話を、このお姉さんは知らないんだろうか?だとしたら、それを知ったらこの人も、お父さんやお母さんみたいにわたしを嫌うんだろうか。どうせわたしを嫌うなら、優しくなんてしないで欲しい。わたしは誰からも好かれないんだから…気が付いたらお姉さんに今までの事を話していた。  


 ああ…なんでわたしは言ってしまったんだろう?なにを期待してたんだろう?きっとこのお姉さんもわたしを嫌って怖がって、ここでもまた一人になってしまうんだと出なくなった涙がぽたりと落ちる。そんなわたしをお姉さんはぎゅっと抱きしめてくれた。


「大丈夫ですよけもこちゃん。私もそのお話は知ってますけど、そんな事でけもこちゃんの事を嫌ったりはしませんよ?けもこちゃんはけもこちゃんです。ベオウルフさんとは違います。ですがカティス様がなんでけもこちゃんを従者に選んだのか分かりました。きっとカティス様はけもこちゃんを救いたかったんですね」


 救う?わたしを?


「けもこちゃんが昔の人のせいで大変な目に遭ったように、カティス様も大変な目に遭ってこられましたから。きっと他人事とは思えなかったのでしょう」


 あの子がわたしと同じ目に?…信じられない。だってお父さんと仲良く一緒にいたじゃない!


「カティス様とはちゃんとお話ししてないでしょう?お話しすればきっと分かりますよ。ですからけもこちゃん、カティス様とちゃんとお話しできるように、少しでも元気になりましょうね!そういえば、けもこちゃんのお名前はなんて言うんですか?」


 わたしの名前…だれもわたしの名前なんて呼んでくれなかった。みんなから嫌われた名前なんていらない。


「ずっとけもこちゃんと呼ぶわけにもいきませんし…そうですね、けもこちゃんはカティス様の従者になるんですから、カティス様に素敵な名前を付けてもらうと良いかもしれません。ふふ、カティス様が帰ってくるのが楽しみですね!」

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