第XIV話  選んだ従者

 イストネル侯爵家がアレスの従者を探している。その情報は即座に賛神教総本山アルマトーレに伝わった。アレス・イストネル。神より寵愛を受けし祝福された神子。

極光の王輝を神より授かった者など未だかつて存在した事はなく、それ故に彼の者を

手に入れたいと考える勢力は多かった。とはいえ孤児や市井の子ならともかく、千年王国エタニアルのイストネル侯爵家の嫡男であり、既にその存在は世界中に知れ渡っている。


 正面から行った所で門前払いは確定である。故に絡め手で親交を築き、あわよくば自勢力へと招きたい。アレス自ら帰属する勢力を選ぶのであれば止められる者などいないだろう。そう考える者達にとってアレスの従者という立場は非常に魅力的であった。幼少の頃から共に育ち成長していく存在なのだ。アレスへ与える影響力は時が経つにつれ増していくだろう。それこそ人生に影響を与える程に。従者を介してアレスの思考思想を誘導し、自らにとって都合の良い駒とする事も不可能ではない。

 

 イストネルの不興を買わず、いかにしてアレスに近づくか。多くの勢力が頭を悩ます中、賛神教の決断は迅速であった。即座にエタニアルの王都に各国より祝福の儀にて神に認められし才能を持った子らが、幼いながらに容姿に秀でた子らがかき集められる。各国より集められた子は更に厳選され、珠玉の人材を選定する。全てはアレスに選ばれる為に。前代未聞の極光王輝の祝福には、それほどまでの価値があるのだ。



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「ようこそいらっしゃいました、イストネル侯爵様。御子息の従者を探していると聞き及んでおります。当店におりますは各国より厳選され選び抜かれた者達ですので、きっとご子息の眼鏡にも叶うかと」


 この日の為に選び抜かれた人員は男女合わせて12名。上は三色最上級、それに劣れども、幼いながらに他を圧倒する容姿を持つ者含め、いずれもどこに出しても問題ない、王侯貴族に仕えるに相応しい才能と器量を持った者ばかりである。


「今日はよろしく頼む」


 イストネル侯爵はそう言うと隣にいる子どもの背を軽く押し前に立たせる。そこにいたのは黒髪の男子。それを見た支配人のドレイクは一瞬眉を寄せた。アレスは父母譲りの輝かんばかりの金髪と聞き及んでいる。対して目の前にいるのは黒髪の子ども。であるならばそれは、無能非才の烙印を押された弟に全てを持っていかれたと噂の出来損ないの兄、カティスだろう。


 話が違う!ドレイクは思わず叫びたくなるのをグッと堪えた。何故出来損ないがここにいるのだ!?出来損ないの従者はイストネルで唯一二色最上級の祝福を授かったジェイドという男子ではないのか。アレスの為に採算度外視で各国より選りすぐりの人材をエタニアルに集めたというのに!選び抜かれた珠玉の人材をアレスではなくカティスの従者にするなど、ゴブリンに王女を娶らせるようなものではないか!!


 思わず侯爵に食って掛かりそうになるドレイクだが、そんな事をすれば従者を選ぶどころの話ではなく、息子を不当に扱われたとイストネルから賛神教へと抗議が入りアレスを懐柔する所ではなくなってしまう。当初の目的とは違うが、ここはカティスからイストネルを切り崩していく手段を取るしかあるまい。無能無才には勿体ない者達ばかりではあるが、それ故に盛りのついた犬の様に飛びつくだろう。カティスの従者としてイストネルの懐に潜り込んでしまえば、後はどうとでもなる。


「それでは侯爵様、そしてカティス様、早速ですがご案内いたします。こちらへお越しくださいませ」


 即座に笑顔を張り付け思考を切り替える。動揺したのは一瞬、気取られてはいまい。現に侯爵も出来損ないも気分を害した様子はない。とはいえ…貴重な人材を一人ゴミ箱に捨てるようなもの。情報を寄越した者は厳罰に処さねばなるまい。それにアルマトーレへの報告を考えると今から頭が痛い…だが何よりも避けるべきは侯爵家との軋轢である。侯爵と出来損ないの息子を案内する道すがら、ドレイクの思考は既にカティスが従者を選んだ後の事後処理に追われていた。



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 出来損ないの従者選びはすぐに終わるだろうとドレイクは踏んでいた。見るからに馬鹿で好色そうな子どもである。十中八九見た目で従者を選ぶに違いないと考えていた。そしてその場合、選ばれた者を使って如何にアレスの関心を得るかを考えていたのだが。しかし……


「見た目だけの従者など論外です。アクセサリー替わりにするなら宝石を着けた方が遥かにマシでしょう」


「従者が威圧してどうするんですか?そんな者を引き連れる位なら番犬の方がまだ可愛げがあります」


「無能無才が主人になるのに、従者が才能をひけらかしてどうするんですか?それでは立場が逆でしょう」


「素直なのは良い事ですが、主人を馬鹿にする従者など論外ですね」


 結果はまさかの全滅であった。


「はぁ…この程度が選び抜かれた従者候補なんですか?これならその辺の子どもを従者にした方が遥かに役に立つでしょう。父上、賛神教は僕にまともな従者を紹介するつもりがないらしいですから帰りましょうか」


 呆れたような目でこちらを見ながら父親に退出を促す子どもを見て、ドレイクは確信した。間違いない、この子どもはこちらの思惑を全て理解している。その上で従者を選ばず、賛神教に対する不信を家族に植え付けるつもりなのだと。このままでは不味い。将来、勇者となりうる存在であるアレスと敵対しようものなら、アレスを旗頭に新たな勢力を興しでもしたならば、教会の権威が揺らぎかねない。それだけは絶対に裂けなければ…!!


「お、お待ちください!何か誤解をされているようですが、ここにいる者たちは確かに選りすぐられた者たちばかり!賛神教が自信をもって紹介するに足る人材です!なにとぞ、なにとぞご再考を!」


「…舐めるのもいい加減にしろ。無能無才にはこの程度の従者がお似合いだとでも言うつもりか?貴様は今、目の前にいるのが誰か理解しているのか?本当にこの程度しか用意できないというのなら…貴様らに用はない」


 これが…これが無能無才の子どもだと?ドレイクが5歳の子どもから感じ取ったのは殺気とでもいうべきもの。自らを、いやイストネルを食い物にしようと画策する外敵に対する明確な敵意。弟に全てを奪われた出涸らしなどと…とんでもない。少なくともこの子どもは侮っていいような存在ではない。何とかしてこの場を平穏に切り抜けなければ…とはいえ、この場にいる者達以上に優秀な者がいないのもまた事実なのだ…いや、一人だけいる。だがあれは…


「…話にならんな。父上行きましょう。もうこいつらに用はないです。アレスの事もあります。今後は賛神教との付き合い方を考えるべきでしょう」


 こちらの思惑は既にこの子どもに見透かされており、しかしイストネルと敵対するわけにはいかない。こちらに一顧だにせず、席を立ち扉へと歩いていくカティス。最早一刻の猶予なし。半ばやけになった思考が普段ならば取り得ない行動をドレイクに選択させた。



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 暫しお待ちをと言い残し、急いでドレイクが連れてきたのは獣人の子どもであった。それを見たシグナスは険しい表情を浮かべる。貴族にとって幼少時に付けられる従者は、公私に渡り自身をサポートする為の存在である。故に本来ならば同族の同性が好ましい。他種族が従者となれば慣習の違いで様々な場面で問題が起こり、異性が従者となれば将来婚約や結婚をする際に問題が起こりかねない。


 とはいえ従者を決定するのは最終的には本人の意思である。従者を決めたからといって変更できないというわけでもない。異性を従者にしている者は存在するし、異種族を従者としている者はエタニアルには存在しないが、禁止されているわけではない。加えてイストネルは他の地域と比べて獣人種への差別意識は薄い。普通の獣人であれば、カティスが従者と望んだならば、困った顔をしながらもしょうがないと頷いただろう。だが、この娘は…


 耳は伏せられ、体は痩せこけ、尻尾は萎びている。虐待でもされているかのようなそのみすぼらしい姿は、見る者が見れば義憤に駆られる類のものだろう。だが仮にもここは賛神教直下の斡旋所である。そんな事はあり得ない。つまりこうなっているのはこの娘本人の意思によるもの。そしてその理由はその娘の顔を、正しくは目を見た時に理解した。


 緋毛緋眼。金銀の毛が獣人にとって特別なように、緋眼もまた獣人にとって特別な意味を持つ。ただし悪い意味で、だが。獣人にとっての紅い瞳は禁忌の象徴。遥かな昔、人族と亜人、魔族と獣人に分かれ争った世界大戦、人魔大戦において、人族側に組して多くの同胞をその手に掛けた、人族にとっての英雄、獣人にとっての裏切者。その者は同族の返り血によって緋毛緋眼に染まった狼獣人であったという。


 毛色だけならば問題はない。だがそれが赤い毛並みの赤い瞳をした狼獣人となれば話は変わってくる。その姿は否が応にもかつての大戦の獣人の裏切者を、大戦での敗北を想起させる。そんな存在が獣人に歓迎されるわけがない。


 そして今この場にいるという事。つまりこの子は、その見た目故に、その才能故に種族から、親から蔑まれ、恐れられ捨てられたのだと。ならばその諦観した表情も納得できる、出来てしまう。つまりこの娘は生きる気力がないのだ。この年にして人生に絶望してしまっている。なんという理不尽だろうか。この娘はたまたまこの見た目で生まれただけだというのに。これではまるで…


「父上」


 カティスの呼びかけで我に返る。哀れな獣人の娘を、思わずカティスの境遇に重ねて見てしまっていた。自ら望んだわけでもないものを押し付けられる理不尽さ。だがカティスには私達がいる。私は、シアは決してこの子を見捨てたりなどしない。しかし哀れとは思うが、この娘を助ける事は出来ないだろう。


「どうやらカティスのお眼鏡に叶う従者はここにはいないようだな。相性というものもある。今回は縁がなかったという事だろう」


「いえ、決めました。この娘を私の従者にします」


 予想だにしない発言に思わずカティスの顔をまじまじと見てしまう。とても冗談を言っている顔ではない。この子は本気でこの娘を従者にと望んでいるのだ。   


「…カティス、自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 この娘を従者にする事の意味。貴族でありながら獣人の、しかも異性を従者にする事の意味。そして緋毛緋眼の狼獣人を側に置く事の意味。まだ幼い為に事の重大性が分からないのは無理もない事。ただ物珍しさで従者にと望んだのかもしれない。この子の側には銀狐のマルシェラがずっといた為、獣人が傍にいる事に違和感もないのだろう。だが流石にこの娘は…


「勿論です父上。ですがその前に一つだけ確認をしなければいけません。この娘のこの姿…獣人だからといって粗略な扱いをしていたわけではないですよね?」


 カティスがドレイクへと向ける視線は、普段の表情とは違い怒りに満ちていた。この子がこれほどの感情を露わにしたのは初めて見る。固く握り込んだ小さな手は震えている。カティスは…この子は、この娘の境遇を知った上で、手元に置くことのデメリットを承知した上で従者にすると宣言したのだ。そしてこの娘に代わって怒っているのだ。自身の境遇に重ねているのかもしれない。世界の理不尽さに、自分ではどうすることも出来ない境遇に。であるならば私のすべきことは、この子を否定する事ではなく、何があっても守り抜くと決意を固める事のみだ。


「も…勿論です!この娘は生来の瞳と毛色によって親からも見捨てられた哀れな娘なのです!私としてもどうにかしようと尽くしましたが、ろくに食べようともせず、無理に食べさせても吐く有様で…」


 この男が言っている事は概ね正しいだろう。この場にいる事がこの娘が神によって祝福された存在であると証明しており、そしてそんな存在を教会が無碍に扱う事はしまい。必死な顔で弁明する男を見てカティスも納得したのだろう。


「良いでしょう。その言葉、信じます。父上、今の話を聞いて確信しました。この娘こそ私の従者に相応しい。駄目だと言われてもこの娘は絶対に私が連れて帰ります。この娘の居場所は私の隣、それ以外にはあり得ません」


 力強く、私の目を見て断言するカティス。そこまで覚悟が出来ているのなら私からは何も言うまい。この子は本当に…これで5歳児とはとてもじゃないが思えない。本当に私たちの子どもなのだろうか。それこそ神の落とし子と言われても納得してしまいそうになる。


「お前の従者だ。お前が良いなら問題はない。さて、息子の従者も決まった事だ。契約をしようではないか」


 まさかの破れかぶれで連れてきた獣人の娘が従者として選ばれる珍事にドレイクは動揺を隠せない。しかし最悪は脱した。少なくとも賛神教の紹介によって従者が決まったのは事実である。これで首の皮一枚繋がった。アレスとの関係構築はまた別の手段を用いれば良い。とはいえまだ安全とは言えない。更に好印象を与えるべく畳みかけるべきだろう。


「…は、はい。今回は私共の不手際で侯爵様ならびにご子息に多大なご迷惑をお掛け致しました。お詫びと致しまして、今回の契約料もろもろ無料とさせて頂ければと」


 貴族の従者として紹介できるだけの者、それもこの場にいる者達ならば、それこそ王都に家が一軒建つほどの金額は掛かる。だがイストネルとの友好を金で買えるのならば必要経費として安いものだ。


「お伺いしたいのですが、この場で最も契約料が高い従者の方は幾らするのですか?」


 先ほどまでとは打って変わって、静かな口調で質問するカティス。金額を聞いてくれたのはドレイクにとっては非常に助かった。こちらから切り出せば恩に着せたかのような印象を与えてしまうだろう。


「最も高い子ですと、魔銀貨1枚(10億円)ですね」


 ちらりとその価格のついた子を見やる。本来ならば従者として選ばれるはずの大本命だった娘。孤児ではなく賛神教の枢機卿の一人、クリストフの孫娘である。この場にいる事自体があり得ない、本来ならば従者としてではなく、従者を引き連れる身分であるこの娘がこの場にいるのは、アレスの従者となる事を期待されての事である。


 与えられた祝福も白色王輝であり、見目麗しい。厳選された従者を揃えたとドレイクは言い、その発言に偽りはなかったが、実際にはこの娘をアレスの従者にする為の出来レースと言えるものであった。当然その娘、エステルも従者となる事を了承してこの場にいる。全ては賛神教の為に。


 この場に現れたのがカティスという誤算もあったが、カティスに選ばれたとしてもアレスに近づくという目的は達せられるのだ。その後の手腕はエステル次第。エステルという宝石を奪い合い骨肉の争いをさせるも、アレスに強奪させるも思いのままだろう。だがしかし、それも従者に選ばれてこそ。そんな破格な才能を、金を幾ら積んだところで手に入らない高嶺の花を一顧だにせず切り捨てられた。


 ドレイクの告げた金額はそれでも破格の価格であるが、エステルを選ばなかったカティスへの当てつけの側面があった事は否定できない。お前はそれほどまでの逸材を選ばなかったのだと。本来ならお前程度がどれほど望んだところで一顧だにされず、手を伸ばした所で届きはしない天上の星。それが自ら地上に降りてきたというのに。お前が選んだその獣人は金を払う価値すらないのだと言外に突き付ける。しかし…


「そうですか。では魔銀貨三枚お支払いしましょう。良いですよね父上?この娘には僕にとってそれだけの価値がある。駄目と言うなら働いて僕が払いますので立て替えて下さいますか?」


 無料で良いと言ったにも関わらず、まさかの魔銀貨三枚を払うとの申し出にドレイクは二の句が告げられない。カティスに選ばれなかったエステルも、選ばれなかった時は内心憤慨していたものの、所詮は無能無才の子、私の価値が分からない節穴と内心あざ笑う事で無聊を慰めていたが、その発言を聞いて愕然とした。言うに事欠いてこの私を選ばなかったばかりか、その貧相な獣人が私よりも価値があると言うつもりかと。幼いながらもアレス篭絡の使命を理解出来る程に賢いエステルが受けた衝撃は甚大であった。


「安い金額ではないが…お前がそこまで言うのなら私としても否はない。正し、これからお前の誕生日プレゼントはないと思っておけ」


 その程度で済むなら安い買い物です。最も、働けるようになったらすぐにでも、嫌と言っても魔銀貨三枚、いえ五枚、利子をつけてお返ししますよとこともなげに言い放つカティスを見て、ドレイクは恐れ戦いた。魔銀貨の価値も分からぬ愚かな子ではあるまい。侯爵にとっても痛い出費だろう。にも拘らず払うという事は、賛神教に忖度などせず、あくまでこれはビジネスであり、そして魔銀貨三枚払う事で、この獣人の娘の所属はイストネルであると、この獣人の娘にはそれだけの価値があるのだと誰の目にも分かる形で宣言したのだ。この話は広まるだろう。当然エステルの祖父、賛神教の枢機卿であるクリストフの耳にも入る。孫娘が選ばれず、あまつさえ薄汚い獣人が魔銀貨三枚で選ばれた経緯を知れば、その怒りはどれほどのものか…そして自分にはそれを隠しとおせるだけの権限も権力もない。


 些細な意趣返しのつもりが、まさかここまで手痛いしっぺ返しを食らうとは…ここに至り、不要な発言は自らの首を絞めるだけと悟ったドレイクは、粛々と手続きのみを行う事を選択する。


「それでは、この獣人の娘とカティス様の従者契約を執り行わせて頂きます」


「そんなものは必要ありません。それよりもこの娘はもう連れ帰ってもいいのでしょうか?であるならば今すぐに支度をして下さい。ドレイクさんと言いましたか。有難うございました。まさか従者がここで見つかるとは思っていませんでしたよ、期待はしていませんでしたので。これが神の思し召しというやつですかね?」


 歳相応に無邪気に笑うカティスに対して、曖昧な笑顔でお茶を濁す事しかドレイクには出来なかった。

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