第Ⅴ話 異例だらけの祝福の儀

「ワクワクしますね、父様、母様」


「そうねアレス。どんな結果が出るか私も楽しみだわ」


 今日は我が子たちの5歳の誕生日。つまり祝福の儀を執り行う日だ。今年は我が子達が5歳になる為、領民で5歳になった子達は私達に合わせて祝福の儀を行う事を延期していた。そのせいで街は非常に賑やかでお祭り騒ぎになっている。教会に行く道すがら、アレスは馬車の中から外を眺めて歳相応の子どもらしくはしゃいでいた。そしてそれはもう一人の息子、カティスも例外ではなかった。


 カティスはアレスと違い普段は大人しい。それを強いている私としては忸怩たる思いはあるが、それでも不満らしい不満を見せず今まで屋敷の中で過ごしてきたカティスにとって初めての外出だ。アレスの様に声に出してはしゃぎはしないものの、外を一心不乱に見つめている。思えばこの子には不自由な想いばかりさせてきた。これを機に多少の自由はやはり許すべきだろう。シアは難色を示すかもしれないが…今のカティスを見て何かしら思う事があったのか、目に涙を浮かべている。何にせよ全てはこの祝福の儀次第。神よ。創世神アルマンテよ。願わくば我が子らに希望と祝福を与え給え。 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「シグナス様、オルテシア様、ようこそおいで下さいました。この地に住まう者を代表して、今日この日を迎えることが出来た事、賛神教司教・マルグレーテがお祝い申し上げます」


「ありがとうマルグレーテ殿。そしてここに集まってくれた多くの領民達よ。よくぞ我が子カティスとアレスの祝福の儀を祝いに集まってくれた。今日この時、我が子らは神の祝福を授かる事になる。この子らがいれば我らがイストネル領は安泰だ。そして今日まで祝福の儀を待った子らも、祝福の儀の結果がどうあろうとも大切な領民である。皆で子どもたちの未来を温かく見守り、共に盛大に祝おう!」


「「領主様万歳!イストネルに栄光あれ!!」」


「領主様と奥方様の間にいるのがアレス様ね?」


「アレス様はご領主様に似て輝くような黄金の御髪をされておられる」


「あ、こちらを見て笑われたぞ!なんて可愛らしい!!」


「見るからに聡明な顔つきをされておられる。これは祝福の儀の結果が楽しみだな!!」


「さあ皆さん。何時までもここにいては本日の主役である子どもたちが待ちくたびれて寝てしまいますよ?中に入りましょう」



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 祝福の儀において行われることは簡単明瞭である。三神より与えられるという神霊石。それに手を触れる事で神霊石が光り輝き、触れた者を祝福する。その光が大きければ大きいほど、輝きが複雑であるほど、その子は神に祝福された愛し子として皆に愛され、期待される事となる。とはいえ人々が熱狂するほどの輝きを持つ者は稀であり、イストネル領においては現当主シグナス以来、神霊石の輝きでもって魅せる子どもは生まれておらず、それもあってシグナスの子どもの祝福の儀は領民にとって一大イベントであり、期待を抱くべき存在であった。


「ロイドの子、ロジャー。黄の中光。地の加護と祝福あらんことを」


「マルコの子、エド、赤の下光。火の加護と祝福あらんことを」


 子どもたちが祝福を授かるたびに拍手が起きる。それは祝福の拍手であると同時に予定調和の拍手でもある。何故なら多くの人達にとっては単光である事が普通であり、中光であれば上出来であるからだ。だが、時として、


「ジェリルの子、ジェイド。赤緑の最上光!雷の加護と大いなる祝福が授けられた!」


「「おおおおおお!!」」


「でかしたジェイド!お前は我が家の誇りだ!!」


 大いなる輝きをもって祝福される子が存在する。二色の最上光、シグナスに比するだろう未来の傑物の誕生に教会内が歓声に沸いた。


「おめでとうございますジェリルさん。ジェイドさん。神より与えられたその恩寵を正しきことに使われますよう」


「有難うございますマルグレーテ様。我が子ジェイドは必ずやこのイストネルに幸いをもたらしましょう!」


 一際大きな歓声によって、今名前を呼ばれた子が特別だと理解したのだろう。アレスが隣に座る母親に問いかける。


「母様。今の子はどのくらい凄いの?」


「そうね。あなたの父様であるシグナスが三色の最上光といえば、少しは凄さが分かるかしら?」


「父様はあの子より一色多いの?」


「そうよ。でも二色を賜るだけでも凄く珍しい事なのよ。それがましてや最上光ともなれば、王国内でも100人いないんじゃないかしら」


「そうなの?母様はどうなの?」


「私?私は青の最上高よ」


「母様も凄いんだね!!」


「ふふ、そうね。そんな父様と母様の間に産まれたのがあなた達だもの。きっとびっくりするような祝福を授かるわ。でもね、仮にそうでなくても可愛い私たちの子どもである事は変わらないわ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 祝福の儀は続かなく進行していく。赤緑の最上光の祝福を得たジェイド以降、目立った者は現れなかったが、教会内にいる者達は祝福された子達を拍手でもって寿ぐ。そして最後に残ったのは二人。この祝福の儀での大本命とも言えるカティスとアレスであった。期待の眼差しで幼い子を見つめる領民達を余所に、アレスはやっと自分の出番が来たかと期待と好奇に満ちた視線を気にもせず嬉しさを隠そうともしなかった。


「それでは最初はどちらから…」


「はい!ぼくがやりたいです!良いかなにいさま?」


「いいよ。アレスの好きにするといい」


「ありがとう兄さま!」


 にっこり笑いかけて神霊石に駆け寄るアレス。その天真爛漫な姿を見て教会内の空気が和らいだ。


「それではアレス様。この神霊石に触って神様にお願いをして下さい」


「わかりました。かみさま。どうかぼくに、このイストネルをまもるちからをお与えください!」


 まだ5歳という幼さながら、その口から紡がれた言葉に内心驚くと共に感心する司教マルグレーテ。5歳にしてこれほどまでに聡明ならば、結果がどうあれイストネルの未来は明るいだろう。そう思いながらアレスが神霊石に触るのを見守る。そしてアレスが神霊石に触れた瞬間――――眩いばかりの極光が教会を埋め尽くした。


 赤緑黄青、そして何より眩いばかりの極光が、見る者の目を焼かんばかりに教会内を染め上げる。あまりの眩しさに目を瞑る者達の中で、しかしその現象を引き起こしたアレスは色とりどりの色彩に喜びの声を上げる。教会を埋め尽くした極彩色の輝きは、アレスが神霊石から手を放すまで消える事はなかった。


 誰もが何も言わず、息をする音さえ不敬だと言わんばかりにただ押し黙る。先ほどの現象は果たして夢か現実か。静寂が満ちる教会の中、我に返った司教マルグレーテは震えを隠そうともせず、告げてはならぬものを告げるかのように震えながら、厳かに結果を口にした。


「シグナス様とオルテシア様のお子であるアレス様……極光……王輝。三神の寵愛を受けし神の愛し子の誕生を、まさかこの目で見る事が叶うとは…この瞬間に立ち会えたこと、神に感謝いたします」


 司教マルグレーテから告げられたその言葉。誰もが耳を疑い、しかし先ほどの光景を思い出す。あれは夢でもなければ幻覚でもない。現実なのだと。教会にいる者たち全てにその事実が染みわたり、そして―――


「「「わああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」


 割れんばかりの、悲鳴にも似た大歓声が響き渡った。それもそのはず。極光、即ち闇属性を除いた全属性など記録に残っているのはこの世界においてただ一人、遥昔において邪神を封印した勇者レイのみであった。そして極光のみならず王輝。魔法の才能、魔力量共に最高峰。神の寵愛を一身に受けた者、即ち神子、おとぎ話の英雄、伝説の勇者の再臨に立ち会ったのだと人々の感情は箍を外れ収まる気配を一向に見せない。


 それはアレスの父親であるシグナスも同様である。この様な結果が出るとは想像すらしていなかった。この結果は瞬く間に王国全土、いや世界中に広まるに違いない。

だが――――無表情でアレスを見つめるカティスが目に入った瞬間、喜びが鳴りを潜める。まだカティスの祝福の儀が残っている。こんな結果になると知っていれば、先にカティスに受けさせたものを…後悔の念が鎌首を擡げるが、しかしとすぐに思い直す。双子であるアレスがここまでの結果を出したのだ。ならばカティスも同等と言わずとも、胸を張れる結果を出せるはずだ。極光と言わずとも二色、王輝と言わずとも上光であれば…アレスの出した結果にやはり動揺を隠せないのだろう、自身の上げた条件が埒外なものである事に気付けない。


 一向にやまない歓声の中、何時まで経っても名前を呼ばれない事に辟易したのか、カティスが席を立ち、神霊石へと向かう。その動きに気付けたのは両親と同伴を許されたマルシェラのみ。誰にも咎められることなく神霊石の前に立ち、手を伸ばし、触る。


 この場にもし魔王と呼ばれる存在が、勇者と呼ばれる存在が居たのなら、驚愕に目を見開いただろう。神霊石とはその名のとおり神の魔核、この場合は神核と言うべきか。正確には封印された邪神の神核の一部である。粉々に砕けたその欠片は浄化され邪神としての力は失われている。しかしそれでも神の一部であった物であり、容易く壊れるような代物ではない。しかしこの場にその事を知っている者は存在せず、その事実を知っている者は片手に満たない。故に誰もが事の重大性を理解できず。神霊石が砕け散った。

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