第Ⅵ話 メイドは見た

 祝福の儀の結果が、どうしても私は信じられませんでした。だってカティス様に尻尾がビビッときてるんです。旦那様でもなく、弟のアレス様でもない、カティス様にです。カティス様に魔力がないならビビッと来るわけがありません。しかし祝福の儀がカティス様にもたらした結果は、無能の烙印。私は祝福の儀と私の尻尾、どちらを信じればいいのでしょうか。


 祝福の儀の結果に関わらず、カティス様はいつも通り。変わったのは周りでしょうか。カティス様をどこか腫物を扱うかのように、旦那様や奥様もカティス様を刺激しないよう、どこか距離を取っているように思えます。弟のアレス様もカティス様と顔を合わせようとしません。皆さんの気持ちは分かりますが、本人であるカティス様が顔に出さず懸命に前を向いておられるのです。無力な私たちに出来る事はせめて笑顔でカティス様と向き合う事だと思うのですが…一夜にして幸せだった家族の団欒がこの有様です。これでは祝福の儀ではなく呪いの儀ではないでしょうか。一体カティス様が何をしたと言うのでしょうか。巫女としてあってはならない事でしょうが、ルナサージュ様を思わず恨んでしまいそうになります。


 カティス様は内心を顔に一一切出さず、旦那様と奥様に対して魔法関連の書物を見せてくれる様に頼んでおられました。カティス様は祝福の儀で無能を突き付けられて尚、諦めておられなかったのです!


 私の尻尾が感動でブルブル震えてしまいます。これは最早、歳の差なんてどうでも良いのではないでしょうか?そんな事で悩んでいる時間が勿体なく思えてきました。決めました!私は自分の尻尾を信じます!!カティス様は間違いなく私の運命の人なのですから、折を見て尻尾をモフモフしてくださるように頼むべき時がきたのかもしれません!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 カティス様と一緒に書庫に向かいます。カティス様が手に取ったのは『初めて魔法を使う人へ。誰でも分かる魔法の使い方』という本でした。私もこの本を読んだことがありますが、とても丁寧に、分かりやすく魔法の使い方が書いてあるので、初めて魔法を使う人にはぴったりだと思います。


 ですがカティス様はまだ5歳。文字が読めるとは思えません。読み書きの勉強をしている所なんて今まで見た事ありませんし。私が代わりに読みましょうかと助け船を出したのですが、問題ないとそっけなく言われてしまいました。何時の間に読めるようになっていたのでしょうか。きっと誰にも気づかれない所で努力をされているのでしょう。本を読んでいくうちにカティス様の顔が険しくなっていきます。それもそのはず。カティス様のやる気を削がない様に私は黙っていましたが、魔法を使うには神様への祈りと神様からの助けが必要なのです。


 私の場合はルナサージュ様に力を借りますが、カティス様の場合は神様からの祝福がありません。つまり魔力はあっても魔法が使えないという事になります。この事を知ったらカティス様はどれだけ悲しむ事でしょうか。それを思うだけで私の尻尾もふにゃりと項垂れてしまいます。ですがカティス様は暫く考え込んだ後、問題ないと呟いて書庫を出て行きます。当然私は後をついていきました。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 人目につくのを避ける様に、屋敷の外れへと足を運んだカティス様。一体何をされるつもりなんでしょうか。


「マルシェラ」


 この場にいるのは私だけ。そんな私をカティス様は一方的に追い払おうとはしませんでした。


「これからもし何かが起こっても、それは俺と君だけの秘密だ。決して誰にも、父上や母上にも、それが例え神であろうと言ってはいけない。この約束が守れないなら君とはここでお別れだ」


 お別れ!?カティス様は私の運命の人なんですからお別れなんて論外です!当然誰にも言いません!ルナサージュ様にだって秘密にします!!


「俺は絶対に認めない。俺の歩く道を邪魔する者は誰であろうと、何であろうと容赦はしない」


 カティス様の口から零れたのは、今まで誰にも見せる事の無かった胸の内でした。ここまでの激情を、普段滅多に表情を出さない仮面の下に隠されていたのです。


〘この身は剣なり。神を殺す一振りの刃。神を滅ぼす絶死の一太刀。我が前において神の存在を否定する。滅神・神亡かんなぎ


 カティス様が聞いた事のない言語で、聞いた事のない言葉を呟くと同時、振り上げた手を勢いよく振り下ろしました。それと同時に世界が軋むような感覚と、何かの悲鳴が聞こえた気がします。今まさにこの瞬間、世界にとってとても大事な何かが跡形もなく消えてしまったような――――


 辺りを思わず見回しますが、何の変化はありません。私の錯覚だったのでしょうか?


「ふ…ふははははは!なんだ、出来たじゃないか…出来るじゃないか!そうだ、これだよ。俺が求めていたものは確かにあった!これで俺は何にも縛られない…俺は、自由だっ!!」


 そう高らかに宣言した後、ふらりと揺れて倒れ込むカティス様を慌てて駆け寄り支えます。どうやら気絶してしまったようですが、その顔には今まで見た事のない満面の笑みが浮かんでいました。守りたい、この笑顔!そう思わせる程の可愛いお顔をされています。私の尻尾もかつてない程にビビビッと震えています。これはもう、尻尾をモフモフされなければ収まりません!!


 気絶してしまったカティス様を優しく抱っこしてお部屋へとお連れします。私の目にはもうカティス様しか映っていません。だから気付きませんでした。カティス様の腕が振り下ろされた先。屋敷を囲む塀に刻まれた細い亀裂と、その遥か先の小さな山が、跡形もなく消し飛んでいた事に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る