第Ⅲ話 特別なメイドさん

 魔力暴走から生還した赤ちゃんがいる。その噂はゆっくりと、だが確実に貴族の間に広まっていった。人の口に戸は立てられない。いくら侯爵家に仕える者達の口が堅かろうと、赤子の容態を見たであろう魔力障害に関する権威が口を噤もうと、行動すれば足跡は残る。


 それが王国の誇る四侯の一つ、イストネル侯爵家であるが故に、ましてや魔力の感知に長けた者を探しているとなれば。憶測推測入り交じり、錯綜する玉石混交する情報の中から真実を見つけ出す者が現れるのも、ある意味当然ではあるのだろう。


 とはいえそこで見つかったのは稀とは言え所詮は赤子一人が助かっただけの話であり、ましてやその赤子は成長したとして竜鱗をも切り裂くイストネルの爪足り得ないともなれば。無駄な労力を費やしたと社交界で話題の取っ掛かりに使われる程度のネタ話となったのである。


 とはいえそれは部外者から見たら場合の話であり、当事者にとって大事であるのは間違いなかった。



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 獣人にとって金と銀の毛並みを持つ者は特別視されます。金の毛並みは次代を担うリーダーとして、銀の毛並みは獣人が崇めるルナサージュ様に仕える神官として育てられることになるからです。かく言う私も狐族に生まれた時からルナサージュ様に仕える巫女として育てられてきました。


 この銀色の毛並みのせいで、私は何もしていないのに勝手に特別扱いされるので小さい頃は好きではありませんでした。お父さんやお母さんとも、他の人達とも違うこの毛並み。他の子と違って私だけ特別扱い。なんで私だけみんなと違うのと駄々を捏ねたのも今ではいい思い出です。


 今はもう慣れましたけど。今では毎日、朝夜のお祈りと毛並みの手入れは欠かしていません。特に尻尾は大事に大事に手入れをします。狐人にとって尻尾はとても大切なものです。狐人の魔核は尻尾にあります。尻尾に魔力を溜め続ける事で、二尾三尾と増えていき、より強く美しい尻尾になっていくのです。


 とはいえ普通に暮らしているだけでは尻尾は増えません。自身にとって相性の良いパートナーから魔力を貰い続ける事で、初めて尻尾が増えるのです。尻尾の多さは狐人にとって何よりのステータス。増やす事は魂に刻まれた本能と言えるかもしれません。そしてそれは銀狐の私も例外ではありません。つまり狐人にとって尻尾が増える位相性の良いパートナーを見つける事は何よりも大事な事なのですが、私は今までそんな人と出会った事がありません。当然ですよね。生まれた場所から一度も外に出た事がないのですから出会いなんてありません。


 たまに族長さんがこれはと思った人を私に紹介しにくるのですが、どうにもピンときません。お父さんやお母さんに聞いた話だと、相性が良ければ一目で運命の人だと分かるみたいなんですが。他の獣人の銀毛や金毛の人達を紹介された事もありますがこれはと思う人は現れません。私はこのまま尻尾も増えずにずっとルナサージュ様にお祈りしながら生きていくのかなぁなんて思いながら暮らしていたのですが。


 2年前。尻尾がビビっとなりました。何でなったかは分かりません。でも確かにビビっとなりました。本能で分かりました。これが運命の人と出会った時の反応なのだと。お父さんやお母さんが言った事は間違いなかったのです。でもビビッとした人は遥か遠くにいる気がします。


 この事を両親や族長さんに伝えたら、探しに行く様言われました。運命の人を見つける事こそが狐人にとって最も重要な事だと。遠く離れた地にいるだろう運命の人を見つけ出す事、それがティオシェーラ様が銀月の巫女としてのお前に課した試練なのだろうと。そういえば金狐のアンジェラちゃんも、運命の人を見つけに行くわ!と1年前に族長さんや家族の制止を振り切って飛び出していきました。アンジェラちゃんも尻尾がビビッと来たのかもしれません。そして私も尻尾がビビッときたので旅立ちの日を迎えたという事です。


 とはいえ、私はアンジェラちゃんと違って戦闘は得意ではありません。一人旅は怖いですし、銀狐は珍しいですから悪い人に捕まってしまうかもしれません。ビビッと来たのは人族が主体のゴアハート王国の方角です。近くにいけばまた尻尾がビビッと来るかもしれません。来なければ家に帰ってまたビビッと来るまで祈りを捧げながら待てばいいだけです。私は両親と一緒に運命の人を見つける旅行に出かける事になったのです。


 本当にビビッと来るのかなぁと、内心疑問に思いながらゴアハート王国の東の玄関口、イストネル領・領都イストネルに着いた時です。尻尾がビビッと来たんです。つまりここに運命の人がいるのです!幸いイストネル領は獣人にも寛容的な領地です。

私は戦闘は得意ではありませんが、毛並みの手入れは中々だと自負しています。この特技を活かすために、私はペットショップで働くことにしました。


 ペットショップで働くようになってから、毎日尻尾がビビッときています。最初はこのペットショップに私の運命の人がいるのかと、ペットの子たち全員をなでなでしましたが空振りでした。雇ってくれた店長さんや従業員の方達も違います。休日は街中をお散歩しながらビビッと来る人を探しますが見つかりません。


 銀色の毛並みという事もあって、この街に住む獣人の方達は良くしてくれますし、住民の方もとても親切です。楽しく暮らせていますけど、運命の人だけが見つかりません。いつの間にか行ってないのは領主様の館だけになってしまいましたが、運命の人を探しているので中に入れて下さいなんて言えるはずもありません。もしかしたら毎日ビビッときているのはなにかの病気なのでは?と疑い始めた時、ペットショップに領主様がやって来たのです。


 これは内心密かな自慢になりますが、私の毛並みの手入れのお陰で、うちの子たちは三割増しで可愛く見えて元気一杯です。お陰でお客さんにも好評です。最近は体調の悪い子たちの毛並みの手入れをしてあげる仕事も始めました。私が毛並みを手入れしてあげると元気になるんですよね。そういえば領主様には小さなお子さんがいらっしゃるようですから、情操教育の一環でペットを探しているのかなと思いました。


 これはこのお店にとってビッグチャンスの到来です!首尾よく事が運べば領主様ご用達のペットショップとして箔が付くかもしれません。店主さんには良くしてもらっていますから頑張りどころです!!元気よく領主様に挨拶して当店自慢のペットたちを紹介して気に入ってもらわなければ!!


 領主様はペットではなく私をご所望でした。

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